トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

洋書レビュー

The Promise / Damon Galgut: 2021年のブッカー賞受賞作

デイヴィッド・ロッジは『小説の技巧』(柴田元幸・斎藤兆史訳)で、意識の流れについて、こう書いている。 明らかにこの種の小説は、内面がさらされている登場人物に対する読者の共感を喚起しやすい。その意識がいかに虚栄に満ち、利己的で、下劣であったと…

白人として生きる黒人女性の話『Passing』(ネラ・ラーセン)

ここ数週間、やたらと出版社さんのSNSでネラ・ラーセンのPassingを見かけるので、???と思っていたら、Netflixで映画化されていたのだった。 www.netflix.com いい機会だから読んでみようと購入した原作も短めだし、映画も1時間半ちょっとと短めなので、さ…

夏〜秋に読んだ世界文学

いつの間にか夏が終わり、9月1日からぐっと冷え込み、秋らしい秋を感じることのできないまま11月がやってきた。 我が家では9〜10月、コロナの影響で保育園休園、夫が不調でMRI(問題なしだった、よかった)、わたしは料理中に「彼女の体とその断片……薬指の標…

オスカー・ワイルドの『An Ideal Husband / 理想の結婚 / 理想の夫』と、宝塚歌劇団星組の『ザ・ジェントル・ライアー』

少し前に発表された宝塚歌劇団・星組の東上公演は、オスカー・ワイルドの戯曲『An Ideal Husband(角川文庫では『理想の結婚』)』をもとにした『ザ・ジェントル・ライアー』。もうそろそろ配役が出る頃ですね。 kageki.hankyu.co.jp 角川文庫版は絶版になっ…

Girlsplaining: A (Sorta) Memoir / Katja Klengel(Nika Knight訳)

[Girlsplaining] どっぷりとはまってしまった自伝的グラフィックノベル。著者はドイツの方で、わたしが読んだのは英訳(原書は2018年、翻訳は2021年出版)。 Girlsplaining (English Edition) アーティスト:Klengel, Katja 作者:Klengel, Katja BOOM! - Arch…

Second Place / レイチェル・カスク: ブッカー賞ロングリストノミネート作品

2021年ブッカー賞ロングリスト、3冊目。装丁が印象的。 Second Place: Longlisted for the Booker Prize 2021 作者:Cusk, Rachel Faber & Faber Amazon www.tokyobookgirl.com レイチェル・カスクはノンフィクション(育児や離婚といった自身の体験について…

Tender is the Flesh / Agustina Bazterrica: ヒトがヒトを食べるようになった世界を描くディストピア小説

[Cadáver exquisito] アルゼンチンの牛肉は格別においしい、とよく聞く。パンパを走り回り、牧草を食べて育つ牛の肉は締まっていて脂身が少なく、いわゆる肉らしい肉なのだと。牛肉消費量も年間285万トンで日本の2倍*1、1人あたりの消費量はなんと日本の6倍…

Animal Wife / Lara Ehrlich

『文藝』2021年夏号(もふもふ〜)でカミラ・グルドーヴァの「ねずみの女王」を翻訳された上田麻由子さんが「人間が動物に変身する話」が近頃かなり多くみられると解題に書いていらしたのだが、読みながらこくこくとうなずいてしまった。本当〜〜〜に多い。…

At Night All Blood is Black / ダヴィッド・ディオプ(アンナ・モスコヴァキス訳)

[Frère d'âme] 今年の国際ブッカー賞を受賞したDavid Diop(ダヴィッド・ディオプ*1)の作品。いや〜とんでもない化け物みたいな本でした。読者を掴んで離さない。 翻訳小説としてはかなり珍しいことに、先日発表されたばかりのオバマ元大統領のサマーリーデ…

カズオ・イシグロが読んでいた本

そういえば数年前、「イシグロの次の小説はSFだろうな」と思ったことがあったな、なんでだっけな……と考えていて、思い出した。イシグロが読んでいる本に、テクノロジーについての作品があったのだった。The Guardianのお気に入り記事の1つに、作家が読んでい…

サリー・ルーニーの"At the Clinic"とか、その他の短編とか

今年はルーニーの3作目、Beautiful World, Where Are Youが発売される予定。その前にオンラインで読める短編は読んでおきたいなと思っているところ。とりあえず、こちらに備忘録としてまとめてみる。 Beautiful World, Where Are You: from the internationa…

The Dangers of Smoking in Bed / マリアーナ・エンリケスの原点(Megan McDowell訳)

[Los peligros de fumar en la cama] 国際ブッカー賞のショートリストにノミネートされていた、マリアーナ・エンリケスのThe Dangers of Smoking in Bedを読んだ。エンリケスの初短編集。読みながら何度も、「いいなあ……好きだなあ……」としみじみ思う。何度…

『肉体の悪魔』ラディゲ(中条省平・訳): いつ読んでも印象がまったく変わらない不思議な小説

[Le diable au corps] 僕は愛などなくてもいられるように早く強くなりたかった。そうすれば、自分の欲望をひとつも犠牲にする必要がなくなる。 Je souhaitais d'être assez fort pour me passer d'amour et, ainsi, n'avoir à sacrifier aucun de mes désirs…

『フィーメール・マン』とか『女の国の門』とか

『フィーメール・マン / Female Man』ジョアナ・ラス(友枝康子訳) 数年前、『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだときに「あ、あれ再読しよう」と思い、先日ついに発売されたよしながふみの漫画『大奥』の最終巻を読んで「あ、今度こそあれ読もう」と思っ…

『ロミオとジュリエット』シェイクスピア(小田島雄志・訳、松岡和子・訳、宝塚歌劇団星組): 疾走する命

[Romeo and Juliet] このブログには本のことだけ書こうと思っているのですが、東京宝塚劇場での上演が始まったばかりの星組『ロミオとジュリエット』を観劇(&感激……)したところなので、今日は星担による星組礼賛日記になってしまいそう。 さて、宝塚歌劇…

Chicas Muertas / セルバ・アルマダ: 女性だったから殺された女の子たち、フェミサイドについて

[Dead Girls] 「わたし、絶対にぜーったいにアルゼンチンの男の人とは結婚しないんだ。ていうか、イスパノアメリカの男の人とは結婚しない*1」 16歳のころ、アルゼンチン出身の友人がそう言った。「どうして?」と問うわたしたちに、彼女はいまだに根強いマ…

Normal People / サリー・ルーニー: フツーのひとって、どんなひと

(ふつうのひと) 2018年のブッカー賞にもノミネートされた、サリー・ルーニーの長編2作目。2020年には映像化もされた(下にApple TVのリンクを貼りました。ドラマもよかったですね〜!)。描かれるのは2011年から2015年にかけて起こったできごと。高校から…

『Klara and the Sun / クララとお日さま』/ カズオ・イシグロ(土屋政雄・訳)

コロナ禍で両親以外の人の口元(マスクをしていない顔)をほとんど見る機会がないということが幼い子どもの脳に与える影響について、さまざまな国で研究が行われている*1。保育園児の母としては、大きな不安と焦りを感じる毎日だ。マスクをつけていなければ…

Open Water / Caleb Azumah Nelson: 愛しさも哀しみも怒りも溶け込んだ水

最近、恋愛小説が読みたくてたまらない。けれんみのない恋愛小説を心が求めている。どうしてだろう……と考えをめぐらせ、はたと気づく。これって、バブルの狂騒の時代に吉本ばななの小説が大ヒットしたのと同じ原理なのでは? 物質主義的な時代に辟易した人々…

The Happy Readerに夢中

The Happy Readerなんて、素晴らしすぎるタイトル。この記事を読んでくださっているあなたもわたしも、きっとa happy readerですよね。 これ、ペンギン・クラシックス(Penguin Classics)とFantastic Manが共同で出版している「Bookish Magazine」である。…

Sansei and Sensibility / カレン・テイ・ヤマシタ: 『三世と多感』、日系三世とジェイン・オースティンから「こんまり」、ボルヘスまで

こちら、珍しくAmazonがすすめてくれて購入した本。「なんか違うんだよね〜」が多かったAmazonのおすすめタイトル、最近妙に精度が上がってきた。長い付き合いを経て、やっとわたしのことを理解してくれるようになった!?(キラキラ)と感激したのも束の間…

『冬物語』 シェイクスピア(The Winter's Tale、小田島雄志・訳、松岡和子・訳)

トーマス・C・フォスターによる『大学教授のように小説を読む方法』(矢倉尚子訳)には、「疑わしきはシェイクスピアと思え……」という章がある。 芝居が好き、登場人物が好き、美しい言葉が好き、追い詰められてもウィットを忘れない台詞が好き。……おそらく…

Sisters / デイジー・ジョンソン: 自分たちだけの世界に閉じこもる姉妹

みなさまが「つい買ってしまう」(小説の)テーマやモチーフってなんですか? 『文藝 2020年春夏号』の「源氏! 源氏! 源氏!」特集で、江國香織さんが「姉妹ものが好きで、姉妹と見るとつい買ってしまう」というような発言をされていた。読みながら、「わ…

Little Eyes / サマンタ・シュウェブリン(Megan McDowell訳): あなたは「見る」人? 「見られる」人?

英語訳のタイトルがとてもいい。"I spy with my little eyes..."のLittle Eyes。 そしておそらく、"big brother"をも意識しているのだろうと思われる。『一九八四年』でジョージ・オーウェルが描いた監視社会を、シュウェブリンも描こうとしているから。しか…

Conversations with Friends / サリー・ルーニー: 現代の『夜はやさし』

(カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ) 当ブログでも、キーワード検索される方が一際多いアイルランドの新星、サリー・ルーニー。2017年には、カズオ・イシグロが「色々な人から、素晴らしい作家が現れたと聞いたから。本当にそうなのか、読んで確かめて…

Girl, Woman, Other / バーナーディン・エヴァリスト: 2019年を代表する1冊

最初の数ページを読んだだけで、はっと驚き、早くもこの小説のとりこになる。 Amma is walking along the promenade of the waterway that bisects her city, a few early morning barges cruise slowly by to her left is the nautical-themed footbridge w…

My Friend Anna / Rachel DeLoache Williams: アンナ・デルヴィー、「ソーホーのペテン師」と嘘まみれの人生

ノンフィクションなのだけれど、いろいろな小説を思い起こさせる1冊だったのでブログに投稿しておく。 2017年に逮捕され、2019年に裁判が行われた、「ソーホーのペテン師」アンナ・ソロキン(アンナ・デルヴィー)について書かれた1冊。 My Friend Anna: The…

Weather / ジェニー・オフィル: Twitterのような

2019年の驚きといえば、「友人(それも複数名)がマッチングアプリで出会った人と結婚した」ことだろう。 マッチングアプリ!!! 未知の世界すぎて、結婚に至るまでの道のりを根掘り葉掘り聞いてしまった。友人いわく、「今や出会いを求めている人はマッチ…

Spring / アリ・スミス: 悲しみを和らげてくれた1冊

(春) アリ・スミスのSeasonal Quartetも、ついに3冊目。残すは今夏出版予定のSummerのみ。ここまで読み進めて、ようやくアリ・スミスの素晴らしさを実感した! すごい、すごい、すごい。なんて面白いの。 Spring (Seasonal Quartet) 作者: Ali Smith 出版…

Celestial Bodies / Jokha Alharthi(Marilyn Booth訳): 変わりゆくオマーンの女性たち、男性たち

[سيدات القمر] 2019年のブッカー国際賞を受賞した、オマーン人作家Jokha AlharthiによるCelestial Bodies(Marilyn Booth訳)。平塚らいてうの「原始、女性は太陽であった」という言葉をなんとなく思い出してしまう題名ではないですか。 原題はSayyidat al-q…