トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

At Night All Blood is Black / ダヴィッド・ディオプ(アンナ・モスコヴァキス訳)

[Frère d'âme]

 今年の国際ブッカー賞を受賞したDavid Diop(ダヴィッド・ディオプ*1)の作品。いや〜とんでもない化け物みたいな本でした。読者を掴んで離さない。

 翻訳小説としてはかなり珍しいことに、先日発表されたばかりのオバマ元大統領のサマーリーディングリスト入りも果たしている(これについては後述)。

 語り手はアルファ(Alfa Ndiaye)という青年で、冒頭から読者との距離がかなり近い。ひとりごととも語りかけともつかない言葉を、隣に座って聞いているような気分になる。言葉の途切れ目に、鼻から吸う息の音が聞こえるような気さえする。

...I know, I understand, I shouldn't have done it. I, Alfa Ndiaye, son of the old, old man, I understand, I shouldn't have. God's truth, now I know. My thoughts belong to me alone, I can think what I want. But I won't tell. 

 

...je sais, j'ai compris, je n'aurais pas dû. Moi, Alfa Ndiaye, fils du très vieil homme, j'ai compris, je n'aurais pas dû. Par la vérité de Dieu, maintenant je sais. Mes pensées n'appartiennent qu'à moi, je peux penser ce que je veux.

 何をそれほど後悔しているのかというと、兄弟のようにして育ったマデンバ(Mademba Diop)の死だ。戦場で敵に撃たれ、内臓が腹から飛び出しているのに意識も失わず苦しみ続けるマデンバは、何度もアルファに懇願する。後生だから殺してくれ、楽になりたいんだと。アルファはその願いを聞き入れなかった。友人を手にかけることなどできない。祖国セネガルに帰ってから彼の家族になんと話せばいいのか。マデンバは長時間苦しみ抜いて息絶える。

 1人残されたアルファは、繰り返しマデンバのことを考える。どうして一思いに殺してやらなかったのか? 殺してやる方がよほど「人間的」だったのではないか? 復讐というよりはむしろマデンバへの償いのように、アルファは殺人機械と化してドイツ軍の兵士を次から次へと斬殺していく。仲間は最初こそ彼を賞賛したものの、次第に疎んじるようになる。

 これは第一次世界大戦を舞台とした物語だ。植民地セネガル生まれのアルファは、多くの青年と同じように戦争に駆り出されている。彼はフランス語がわからない。大尉の言葉も、通訳なしでは理解できない。一体何のための戦いで、何のための死なのか。

"You, the Chocolats of black Africa, are naturally the bravest of the brave. France admires you and is grateful. The papers talk only of your exploits!"

 物語は次第に戦場を離れ、マデンバが死ぬ日の朝やセネガルでの2人の様子、神話やおとぎ話が綴られるのだが、その流れがまた巧みで圧巻だ。無邪気さやちょっとしたいたずら心が生んだ取り返しのつかない出来事から、2人のあまりの若さに気づきはっとする。歴史の犠牲となるのはこうした若者たちなのだ。

 アルファは語る。自分や親友の黒い肌、黒い瞳も、敵や上司の白い肌、青い瞳も、暗闇ではみな同じだ。夜流される血も、みな等しく黒い。

 

 同じ言葉が何度も繰り返される力強く詩的な文章は、どこか町田康や舞城王太郎にも似ている。

 

 さて、毎年(夏&年末)発表されるオバマ元大統領のリーディングリストは、人種的・民族的マイノリティ作家、フェミニズム、LGBTQ関連など確固とした読み手の意思を感じる作品が厳選されていて、作家の出身国もアメリカのみならず古今東西なのだけれど、あくまで英語圏の作品が主で翻訳文学はあまり見当たらない。本作品以外に翻訳文学でリスト入りしていたのって、『三体』、『女のいない男たち』、イスラエル人作家デイヴィッド・グロスマンの『To the End of the Land』くらいじゃないだろうか。

 ダヴィッド・ディオプはフランス人として初めて国際ブッカー賞を受賞。無骨で散文のような文体を英語に翻訳した詩人のアンナ・モスコヴァキスにも、素敵な作品をありがとうございますっっと心から感謝したい気持ち。

*1:フランス語読みで。ただしDiopは、同姓同名の詩人の作品が日本語に翻訳された際「ジョップ」とされています。スポーツ選手などではディオプ読みが多いかなと思います。