*この記事では「国際ブッカー賞」について書いています。2021年の「ブッカー賞」の記事はこちら(↓)です。
2021年の国際ブッカー賞ロングリストが発表された。今年も多様な作品がノミネートされている。
残雪のノミネートは2019年に引き続き、2度目ですね。あとは1980年代生まれの作家の台頭が印象的。
The International Booker Prize 2021 | The Booker Prizes
- I Live in the Slums: Stories / 残雪(Karen Gernant、Chen Zeping訳)
- At Night All Blood is Black / David Diop(Anna Moschovakis 訳)
- The Pear Field / Nana Ekvtimishvili(Elizabeth Heighway訳)
- The Dangers of Smoking in Bed / マリアーナ・エンリケス(Megan McDowell訳)
- When We Cease to Understand the World / Benjamín Labatut(Adrian Nathan West訳)
- The Perfect Nine: The Epic of Gikuyu and Mumbi / グギ・ワ・ジオンゴ(グギ・ワ・ジオンゴ訳)
- The Employees / Olga Ravn(Martin Aitken訳)
- Summer Brother / Jaap Robben(David Doherty訳)
- 『失われたいくつかの物の目録』An Inventory of Losses / ユーディット・シャランスキー(Jackie Smith訳)
- Minor Detail / Adania Shibli(Elisabeth Jaquette訳)
- In Memory of Memory / Maria Stepanova(Sasha Dugdale訳)
- Wretchedness / Andrzej Tichý(Nichola Smalley訳)
- The War of the Poor / エリック・ヴュイヤール(Mark Polizzotti訳)
- トーキョーブックガールの読みたいリスト
I Live in the Slums: Stories / 残雪(Karen Gernant、Chen Zeping訳)
中国語から翻訳
I Live in the Slums: Stories (The Margellos World Republic of Letters) (English Edition)
- 作者:Can Xue
- 発売日: 2020/05/01
- メディア: Kindle版
残雪の最新短編集の翻訳とサイトには書いてあるのだけれど、日本語訳はまだ出版されていないかな? 紹介を読む限り、残雪らしい不条理で不可思議な世界を堪能できるよう。
At Night All Blood is Black / David Diop(Anna Moschovakis 訳)
フランス語から翻訳
個人的に大好きなスモールプレス、Pushkin Pressからの1冊。セネガル育ちのフランス人、Diopによる2作目の小説で原題はFrère d'âme。
第1次世界大戦にてフランス軍に参加し、ドイツと戦ったセネガル人のアルファとマデンバという2人の兵士を描いている。2人は助け合い、懸命に攻撃を続けるのだが、マデンバは負傷し亡くなってしまう。1人残されたアルファは呆然とし、孤独感に苛まれるものの、そのうち戦いにのめり込むようになり、暴力や死を求めてさまよう。
翻訳者のMoschovakisは自身も作家&詩人として活動している。
The Pear Field / Nana Ekvtimishvili(Elizabeth Heighway訳)
グルジア語から翻訳
日本語訳は出版されていない作家Ekvtimishviliが2015年に発表したデビュー小説。
独立を果たしたばかりのジョージア(ということは1991年あたりが舞台か)。首都トリビシの外れには、知的障害者向けの学校がある。ちまたでは「ばかの学校」と呼ばれるこの学校では、親に見捨てられた子どもたちが暴力やネグレクトの被害をこうむっていた。主人公のLelaもその1人だ。18歳になり、卒業が間近に迫ったLelaは出て行きたいのだが行くあてがなく、学校にとどまっている。そんなとき、養子がほしいという米国人夫婦が学校を訪れる。Lelaは、可愛がっている男の子Irakliが選ばれるよう画策するのだが……。
The Dangers of Smoking in Bed / マリアーナ・エンリケス(Megan McDowell訳)
スペイン語から翻訳
The Dangers of Smoking in Bed: Stories (English Edition)
- 作者:Enriquez, Mariana
- 発売日: 2021/01/12
- メディア: Kindle版
2021年に英語に翻訳された、アルゼンチン人作家・エンリケス待望の短編集。原題はLos peligros de fumar en la cama(原書、Kindleでも読めます。最近はスペイン語の本も続々Kindle対応になっていて本当にありがたい)。スティーブン・キングが好きだと本人は語っていたことがあったが、悪夢のようなホラーとフェミニズムな視点をミックスさせた作風が特徴的。前作では「引きこもり」問題を取り上げていたのが心に残った。
こちらの短編集もアルゼンチンの現代社会が舞台となっていて、行き場のないティーンエイジャー、魔女、家をなくした幽霊などが登場する。ちょうど読んでいるところなので、また別途ブログに書きたいと思う。翻訳はもちろん(?)、Megan McDowell。読みたいなと思ったスペイン語作品の英語訳は大体この翻訳者さんなので、名前をしっかり覚えてしまった。サマンタ・シュウェブリン作品も訳されている。
マリアーナ・エンリケスは『わたしたちが火の中で失くしたもの』(Las cosas que perdimos en el fuego)が翻訳されている。これもすごくよかった。
When We Cease to Understand the World / Benjamín Labatut(Adrian Nathan West訳)
スペイン語から翻訳
こちらも面白い現代ラテンアメリカ文学を多く翻訳しているPushkin Pressから。Labatutはロッテルダム生まれのチリ人作家。外交官の息子として、オランダやハーグ、ペルーで育ったとか。カルロス・フエンテス(外交官の息子)の系譜?とか思ったりするが、バレリア・ルイセリ(外交官の娘)とは年齢も近い若手作家。
第1次世界大戦中に東部戦線から手紙を受け取ったアインシュタイン。中には、一般相対性理論の方程式に対する答えが入っていた。数学者のグロタンディークは自身の発見が及ぼす影響を恐れ、世間を遠ざける……。科学の歴史における決定的な瞬間を、フィクションとノンフィクションをミックスしながら描き出す作品とのこと。
The Perfect Nine: The Epic of Gikuyu and Mumbi / グギ・ワ・ジオンゴ(グギ・ワ・ジオンゴ訳)
ギクユ語から翻訳
The Perfect Nine: The Epic of Gikuyu and Mumbi (English Edition)
- 作者:wa Thiong'o, Ngugi
- 発売日: 2020/10/08
- メディア: Kindle版
作家本人による英語訳作品がノミネートされるのは、国際ブッカー賞でも初めてかも? 日本でも多くの作品が翻訳されているケニア人作家、グギ・ワ・ジオンゴの小説。
ギクユ(キクユ族の創始者とされる)とその妻ムンビや、2人の間に生まれた勇敢な娘たちの物語。「The Perfect Nine」と呼ばれる美しい9人の娘たちのもとに、99人の求婚者が訪れる。ギクユとムンビは選択を娘たちに任せ、しっかりと考えて選ぶようにと告げる。娘たちは求婚者らを見定めるため、彼らを従えて危険な冒険に赴くのだが……。という、民間伝承や伝説を組み合わせた物語とのこと。
The Employees / Olga Ravn(Martin Aitken訳)
デンマーク語から翻訳
「Structured as a series of witness statements complied by a workplace commission」とあるので、なんとなく芥川龍之介の『藪の中』を思い出す。舞台となっているのは、未来の宇宙船。登場人物は宇宙船の乗組員たちで、人間もいればヒューマノイドもいる。彼らは「New Discovery」と名付けられた惑星からいくつもの奇妙な物体を拾い集めるという任務についているのだが、乗組員たちはなぜかその物体に感情を揺さぶられ、この世を去った知り合いや子育てのこと、もう今は消滅した地球について思いを馳せるのだった。
人間として生きる意味を問うとともに、仕事や生産性で縛られた生活を批判するような作品とのこと。
Summer Brother / Jaap Robben(David Doherty訳)
オランダ語から翻訳
語り手は13歳のブライアン。ブライアンにはルシアンという兄がいるが、ルシアンには知的障害があるため施設に預けられている。ところが、施設が改修工事を行うことになり、ある夏ルシアンが久しぶりに家に戻ってくる。ネグレクト気味な父親はブライアンにルシアンの世話を任せっきりにする。
『失われたいくつかの物の目録』An Inventory of Losses / ユーディット・シャランスキー(Jackie Smith訳)
ドイツ語から翻訳
日本語訳が出版されているのは、このロングリストの中では本作品のみ。
Minor Detail / Adania Shibli(Elisabeth Jaquette訳)
アラビア語から翻訳
1948年にイスラエルの兵士らがパレスチナの若い女性をレイプし、殺害して砂漠に埋めた。何十年も経ってから、ラマラ(パレスチナ自治区)の若き女性が、自分が生まれるよりずっと前に起こったこの出来事に関心を持ち、調査を始める。パレスチナ人の作家による作品。
In Memory of Memory / Maria Stepanova(Sasha Dugdale訳)
ロシア語から翻訳
詩人・エッセイスト・ジャーナリストでもあるロシア人作家Stepanovaが2018年に発表した作品。
あらゆる苦難を乗り越え、生き延びてきたユダヤ人一家の物語。おばの死を受けて、Stepanovaが色褪せてしまった写真や昔の絵葉書、手紙、日記などをもとに書き上げたエッセイ・フィクション・伝記・旅行記・歴史資料とのこと。
Wretchedness / Andrzej Tichý(Nichola Smalley訳)
スウェーデン語から翻訳
チェコ&ポーランド出身、現在はスウェーデン在住の作家による作品。ブラザーフッドを描いた、ヨーロッパの多くの都市が登場する小説らしい。
The War of the Poor / エリック・ヴュイヤール(Mark Polizzotti訳)
フランス語から翻訳
The War of the Poor: Longlisted for the International Booker Prize 2021 (English Edition)
- 作者:Vuillard, Eric
- 発売日: 2021/01/07
- メディア: Kindle版
『その日の予定』が日本語にも翻訳されているヴュイヤールが2019年に発表したLa guerre des pauvresの英語訳。
16世紀の宗教改革を通して、ブルジョワと貧しき者の格差を描き出す。
過去の受賞作はこちら。
トーキョーブックガールの読みたいリスト
またまた積読が増えてしまう魅力的なロングリストでした。わたしが読みたいなと思ったのは、マリアーナ・エンリケス以外では、EkvtimishviliのThe Pear Field(こういう子どもの集団生活やcoming of ageものが好き)、グギ・ワ・ジオンゴのThe Perfect Nine(ケニア・キクユ族の民話、ちょっと探して読んでみたらすごく面白かったのでジオンゴがどういう風に仕上げているのか気になる)、Olga RavnのThe Employees(人間とアンドロイド、私生活を侵食する仕事を組み合わせたという時点ですごくおもしろそう)。
みなさま、今日も明日もhappy reading!