Oh William!
今日はブッカー賞のショートリストの発表日だ。今年読んだロングリストノミネート作品は、もともと積んでいたエリザベス・ストラウトの Oh William! だけ。「ルーシー・バートン」シリーズ(?)の3作目である。
3作目といっても、これらの作品は独立しているので、前作を読んでからでないと楽しめないというわけではまったくない。Oh William! から読み始めると、ルーシー・バートンという人の現在地がよくわかっていいかもしれない……のだけれど、やっぱり3冊まとめて読み返してみると、1冊ずつ読んでいたときには見落としていた共通のメッセージがあるように感じる。
Oh William! は、3作品の中では最もアメリカ文学的といえる。なにしろロード・ノヴェルなのだ。
語り手はすでに著名作家となったルーシー・バートン。60代で、2人目の夫デイヴィッドを昨年亡くしたところ。そんなルーシーが、1人目の夫で2人の娘(クリッシーとベッカ)の父でもあるウィリアムに起こったことについて語る。
2年前、69歳だったウィリアムはさまざまな生活の変化を体験し、家族の秘密を探るため、母キャサリンの故郷を訪れることを決意する。そして、再びひとり暮らしをスタートさせたルーシーに同行を求めるのだった。2人は飛行機と車を乗り継ぎ、メイン州ホールトンへ向かう。
ルーシーといえば中西部、イリノイ州アムギャッシュ(架空の町)のとんでもなく貧しい家庭出身で、今は大都会ニューヨークで作家として生きていることもあり、過去と現在のギャップについて思いを馳せることが多い。おそらくぱっと見ではわからない苦しみを抱えているから、他人の孤独や欺瞞、偏見にも敏感だ。
善意でコーティングされた悪意や優越感を、冷静な視線で観察している。自分はこんなに意地悪なんだ、頭の中ではすっごく意地悪なこと考えてるの!と、気の置けないウィリアムに打ち明けることはあっても、その「すっごく意地悪」な考えを口に出すことは決してないし、それが書かれることもない。その分、タイトルにもなっていて文中でも何度も登場する「Oh XXX(色々な人の名前)」の「Oh」に込められた万感の思いが、読者であるわたしの心を締め付けるのだった。
ああ、かくして人生は進む、と私は思った。
(いまでも思う。人生は進む。進まなくなるまで進む)
『わたしの名前はルーシー・バートン』で、なぜだか何度も登場した「いま」と「昔」。
いまとなっては昔なのだが、
「いま」は、こんなにも後のことだったのだなあ。アメリカ各地の多様な風景と、どこにでもいそうな人々の瑣末な逸話について綴られているだけなのに、深淵を覗き込んでいるようだ。1作目で本当にさりげなくつぶやかれたルーシーの思いに共鳴する。
生きるということは、多分に当て推量であるようだ。
誰も、どうやって生きるべきかなんてわかっちゃいない。若かりし頃はもちろん、歳を重ねてからだって。運転初心者のようにおっかなびっくりハンドルを握り、よろよろしながらもどうにか進んでいるのだ。ルーシーも、ウィリアムも。あなたも、わたしも。
日本語訳の装丁もすてき。『Oh William!』はどんな感じになるのかな。
2022年ブッカー賞ロングリスト
ロングリスト、今年はアメリカ勢が目立つ。Trust、Small Things Like These、After Sapphoを読みたいなと思っています。ショートリストの発表も楽しみですね!