トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『ロミオとジュリエット』シェイクスピア(小田島雄志・訳、松岡和子・訳、宝塚歌劇団星組): 疾走する命

[Romeo and Juliet]

 このブログには本のことだけ書こうと思っているのですが、東京宝塚劇場での上演が始まったばかりの星組『ロミオとジュリエット』を観劇(&感激……)したところなので、今日は星担による星組礼賛日記になってしまいそう。

 さて、宝塚歌劇団では繰り返し上演されてきた『ロミオとジュリエット』*1。2010年からは、フランス版ロックミュージカルの『ロミオとジュリエット(Roméo et Juliette)』を上演している。作詞作曲はジェラール・プレスギュルヴィック。こちらの動画(↓)は劇中歌『Aimer』の世界各国ダイジェスト版(日本からは城田優さん&フランク莉奈さんバージョンが)。

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 今回の宝塚での上演は8年ぶり5度目の上演ということで、話題を呼んだ。多くの宝塚ファンはこのニュースを受け、大いに喜んだのだが、心の中でため息をついた方も少なくはないはず。

 

大きな話題となった理由

トップスター礼真琴の出世作

 星組トップスターの礼真琴さんは、柚希礼音さんがロミオを演じた初回上演時、宝塚版で新たにつくられた「愛」という役に大抜擢された。男役ながら可憐に演じ*2、その類稀なる身体能力が話題に。

 

『ロミジュリ』をやるために生まれたようなトップコンビ

 宝塚のトップスターとしては意外なほどあどけない、まんまるな瞳に丸顔のことちゃん(礼真琴さん)。が、舞台では素晴らしい歌唱力とダンスの腕前を活かし、さまざまな役を演じ分ける。

 入団4年目にしてトップ娘役となった、なこちゃん(舞空瞳さん)。若い、けれどファンの間では「舞空プロ」と呼ばれるほど完成度の高いダンスや演技力を披露。

 どちらも若々しく、初々しい印象があるとともに優れた演じ手でもあり、トップコンビが発表されたときから多くの宝塚ファンは「これは『ロミジュリ』やるな」と思っていた。

 

2番手スターが「死」!

 この演目には「愛」と「死」という概念が登場する。どちらも一言も発しないが、巧みなダンスで観客を魅了し、登場人物らの感情を浮かび上がらせる役割を担う。通常は若手スターが演じることが多いのだが、今回はなんと2番手スターの愛月ひかるさんが「死」(役替わり公演で、ティボルトも演じている)。

 2番手の愛ちゃんが、言葉を発しない「死」!! と話題になったのだが、生で観てみたらこれが本当によかったです。愛月ひかるさんは男役になるべく生まれてきたようなスターさん。背が高く、足も手も思いっきり長く、ダイナミックなダンスが持ち味。舞台の後ろでただ立っているだけで、少し手を動かすだけで、冷気を感じるような、まさに『エリザベート』のトートのような、すばらしい「死」を演じていた。まだ宙組だったとき、『神々の土地』ではこれまた宝塚にあるまじきラスプーチン役を怪演し、拍手喝采を浴びた愛ちゃん。あのときの口を開くことなく妖気を漂わせる感じが、この役にも活きていた。

 

有沙瞳さんが乳母!

 雪組から星組に異動して以来、いわゆる「娘2」*3として活躍してきた有沙瞳さんが乳母。専科から特出してベテランが演じるような役、乳母。若すぎ、美しすぎるのでは……というファンの懸念や若干の失望(汚れ役というか、あれですから)をよそに、とんでもなくすばらしい乳母を演じていらっしゃいます。

 今まで観てきた乳母の中で一番よかった。演歌で培ったというドスの効いた声、迫力のある姿(肉襦袢巻いてる)、ユーモアのセンスももちろんながら、自分が産んだわけではないけれどジュリエットを娘として大切に育ててきたことや深い愛情がひしひしと伝わってくる。

 これまでは、最後に乳母が「パリスと結婚なさい」というところがどうも腑に落ちなくて、キャピュレット夫妻の圧に押されているのか?とか、大人って身勝手よね〜とまで思っていたけれど、みほちゃん(有沙瞳さん)の乳母を観て、「そうか……この人はジュリエットが愛しくて愛しくてたまらないんだ。ジュリエットの幸せを考えたときに、パリスしかいないと思ったんだな」と初めて感じた。

 

お衣装に賛否両論(わたしはすごくいいと思ってます)

 一新された今回のお衣装*4。これがかなり話題となりました。初演の柚希礼音さんは、革ジャンっぽい感じのお衣装で、髪も短めのストレートで、ロック味が強い印象。今回のことちゃんロミオは、より現代っぽい、ナチュラルなものが目立つ。フードがついていて、全体的にルーズなシルエット。髪もウェーブをかけた長めのスタイルで、巻毛の少年を意識しているのかなと思った。前評判は微妙でしたが、わたしはめちゃくちゃ推してます!!!! 

 ことちゃんロミオは、声のやわらかさが特徴的。若干高めの声をつくっていて、涙もろく優柔不断なところもある、ベンヴォーリオとマーキューシオの弟的存在としてのロミオを演じている。この「弟」感は特に役替わりのB公演で顕著。ことちゃん自身も、『GRAPH』5月号にて、あかさんベンヴォーリオ(綺城ひか理)&ぴーすけマーキューシオ(天華えま)について「この二人が居るからこそ仲間に入れてもらえているんだという感覚があ」ると語っている*5。そういうロミオを、的確に表現したお衣装だと思う。

 そしてなこちゃんジュリエットも。ジュリエットにしては妖艶な雰囲気漂う赤のドレスに、仮面舞踏会のお衣装(ミニスカートに編み上げブーツ)は、なこちゃんのフレッシュな持ち味を打ち消しているという意見が多々みられたように思うが、これまたイケコ先生(小池修一郎)によるジュリエットの「強さが強調された演出」*6をしっかり反映していて、わたしはすごく好き。このミュージカルではジュリエットは16歳の設定。原作を読むと特に感じられる、「大人ぶりたい」少女の意識や、誰よりも強固な意思がしっかりと表現されている。

 

It's a man's world

 これが「心の中でため息」の理由。この演目、娘役さんの出番があまりにも少ない!!!!のですよね……。男役さんはいい。ロミオにティボルト、マーキューシオにベンヴォーリオにパリスと見どころたくさん。

 娘役はトップのジュリエット以外だと、乳母、キャピュレット夫人、モンタギュー夫人と、セリフがあるのってこの3名だけでは!? この3名はどちらかというと「女役」を演じることのできるベテランの娘役さんに割り当てられるお役。歌がうまい娘役さん、新進気鋭の娘役さんがその他大勢に甘んじているのを観るとやっぱり悲しい気分になる。女性性であるとされる「愛」も男役さんが演じるし。なにしろジュリエットに友だちがいないものね。

 宝塚ファンにとって宝塚歌劇は、「現実には存在し得ない理想の男性像を男役に見る」だけではなく、「憧れの女性像を娘役に見る」ものにもなりつつある。少なくともここ10年その傾向は顕著で、たとえば過去の大ヒット作だがヒロインを男役が演じる『風と共に去りぬ』や『ベルサイユのばら』が滅多に上演されなくなっているのもそのためであろう。それよりは、娘役もちゃんと活躍する『スカーレット・ピンパーネル』や『エリザベート』が観たいのだ、わたしたちは。

 

原作を読んで 

ロミオとジュリエットの関係性

 「It's a man's world」はそのまま原作を読んだ感想でもある。今回は英語、松岡和子訳、小田島雄志訳を読みました。下卑た笑いで満ちあふれ(下ネタ満載)、マーキューシオとベンヴォーリオ(乳母もかな)の無敵感がすごい。一見コメディのよう。ヴェローナの人々がこうだからこそ、若きロミオとジュリエットが無垢であるかのように見えるけれど、決してそんなこともなく、ロミオはロミオでチャラ男っぽいところもある。

 だが、今一度読み返してみると、目につくのが若き2人の関係性だ。翻訳者の松岡和子さんは『深読みシェイクスピア』で、ロミオとジュリエットの「対等性」について語り、今までの日本語翻訳者が男性ばかりだったからか、ジュリエットを必要以上に「深窓の令嬢」化してしまったことに疑問を呈している。確かに、対等どころか、ロミオが何度も迷い涙するからこそ、ジュリエットが恋愛をリードしていく様子が際立つ。2度目の逢瀬でさっそくロミオにyou(usted / vous)ではなくthou(tu)と語りかけ、結婚の約束を引き出すのも彼女なら、「どこで、いつ式を挙げるか*7」さっさと考えるよう促すのも彼女だ。「籠の中の小鳥」ではあっても、決して「待つだけの女」ではないのである。

Romeo and Juliet

Romeo and Juliet

 

 

シェイクスピアは時間の魔術師

 『シェイクスピア 人生劇場の達人』で河合祥一郎は「シェイクスピア・マジック」として、シェイクスピアの「時間」の操り方の巧みさに触れている。

シェイクスピア 人生劇場の達人 (中公新書)

シェイクスピア 人生劇場の達人 (中公新書)

 

 それがもっとも発揮されているのが『ロミオとジュリエット』ではないかなと思うことがある。大人に翻弄される子どもたちの悲劇(といってもキャピュレット夫人だって原作ではジュリエットを14歳のときに産んだと発言しているから28歳なんだけど!)だからこそ、それぞれが人生という舞台を早足で駆けていく。

 ロミオがジュリエットに想いを馳せていると思ったらいつのまにかキャピュレット家のバルコニーの下にたどり着いている。2人が初めて一緒に過ごす夜はあっという間に明けてしまう。時間をかけて両親を説得していれば、カッとならずに落ち着いて対処していれば(マーキューシオ&ティボルト殺害)、もう少し長くロレンス神父を待っていれば……。読んでいる&観ているほうが、本や舞台に手を差し伸べ、よれた糸をまっすぐに戻すように時がもたらすちょっとしたいたずらをなかったことにしたい、疾走する命たちをその場に留めたいと願っても決して叶わない。叶わないからこそ、この物語はいつまでもうつくしい。

 

大好きなセリフ

 『冬物語』について書いたときも大好きなセリフについて書いたので、今回も……。

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 『ロミオとジュリエット』には「You kiss by th' book」、 「Was ever book containing such vile matter So fairly bound?」(どちらもジュリエット)、「This precious book of love, this unbound lover, To beautify him only lacks a cover」(キャピュレット夫人、パリスについてジュリエットに語る)など、「book」にまつわるセリフがいくつもある。中でもロミオのこちらのセリフは、心の中で繰り返しつぶやいてしまう。

Love goes toward love as schoolboys from their books; But love from love, towards school with heavy looks.

 

恋人にあう心は下校する生徒のようにうきうきし、

恋人と別れる心は登校する生徒のようにうかぬもの。(小田島雄志訳)

 

恋人に会う時は、下校する生徒のように心がはずみ、

恋人と別れる時は、登校する生徒のように心が沈む。(松岡和子訳)

 400年以上前の若者も、今の若者とまったく同じだなと思うと、かつてないほどシェイクスピアが身近に感じられませんか?

 

ライブ配信されますよ(5月23日の千秋楽)

 さて、そんな星組のロミジュリ、5月の千秋楽はライブ配信されます(楽天TVのリンクを貼りました)。おうちからでもしっかり観劇できますよ! 

tv.rakuten.co.jp

 ちなみに今ちょうど、ジャニーズの道枝さん主演の『ロミジュリ』も上演中なのですね。こちらは松岡和子訳ベースの演出とのこと。これも観たかった! もう梅芸に旅立ってしまっていた。

 それではみなさま、今週後半もhappy reading!

*1:松岡和子訳の『ロミオとジュリエット』に収録されている「戦後日本の主な『ロミオとジュリエット』上演年表」の一番最初に1950年4月に上演された星組の『ロミオとジュリエット』の名が。ロミオ=南悠子、ジュリエット=浅茅しのぶ、マーキューシオ=水原節子、乳母=須波千尋子。

*2:対する「死」は現在の宙組トップスター真風涼帆。

*3:実質的な娘役2番手。別箱でヒロインを演じたりと活躍する。

*4:宝塚ファンは、衣装のことを「お衣装」と呼びます。

*5:『GRAPH』5月号107ページ。

*6:『GRAPH』5月号108ページ。

*7:松岡和子訳。