トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Chicas Muertas / セルバ・アルマダ: 女性だったから殺された女の子たちについて

[Dead Girls]

「わたし、絶対にぜーったいにアルゼンチンの男の人とは結婚しないんだ。ていうか、イスパノアメリカの男の人とは結婚しない*1

 16歳のころ、アルゼンチン出身の友人がそう言った。「どうして?」と問うわたしたちに、彼女はいまだに根強いマチスモについて、通りを歩いていると投げかけられる卑猥な言葉やつきまとうような視線について、腕を引っ張られたり足をつかまれそうになったことについて、女性であるだけで日々感じる身の危険について話してくれた。

 あのとき感じた寒気を思い出したのは、Selva Almadaの本を読んだからである。

Chicas muertas (Spanish Edition)

Chicas muertas (Spanish Edition)

  • 作者:Almada, Selva
  • 発売日: 2014/05/01
  • メディア: Kindle版
 

 最初にスペイン語で読んだけれど(Kindleもあるの、うれし〜!)、本の存在を知ったのは大好きなCharco Pressから英訳が出ていたから。Charco Pressは翻訳文学専門の出版社で、ラテンアメリカの作品を多く英訳している。

Dead Girls (English Edition)

Dead Girls (English Edition)

  • 作者:Almada, Selva
  • 発売日: 2020/09/03
  • メディア: Kindle版
 

 Chicas muertasは、アルゼンチンの作家Selva Almadaによる「journalistic fiction」だ。Almada自身だと思われる語り手「わたし」は、アルゼンチンの小さな町で過ごした少女時代について回想する。そして、そのころラジオのニュースで聞いた殺人事件についても。20キロほど離れた町で、19歳の少女が殺害されたというニュースだった。しかも、自宅で。自室のベッドで。そして「わたし」はこう思うのだ。この世に安全な場所なんてないのだと。

Mi casa, la casa de cualquier adolescente, no era el lugar más seguro del mundo. Adentro de tu casa podían matarte. El horror podía vivir bajo el mismo techo que vos.

 

My house, any teenager's house, wasn't really the safest place in the world. You could be killed inside your own home. Horror could live with you, under your roof.

 「フェミサイド」という言葉がアルゼンチンで広く知られるようになるずっと前のことだ。その後同じようなニュース、つまり若い女性が殺害され、ゴミ捨て場などに放置された遺体が見つかったが、犯人は見つからないままというニュースを何度も耳にすることになるのだが、そのたびに「わたし」はこの19歳の少女、Andrea Danneのことを考えるようになる。一体どのような人生を送ってきて、フェミサイドの標的となったのか。

No sabía que a una mujer podían matarla por el solo hecho de ser mujer, pero había escuchado historias que, con el tiempo,fui hilvanando. Anécdotas que no habían terminado en la muerte de la mujer, pero que sí habían hecho de ella objeto de la misoginia, del abuso, del desprecio.

 

I didn't know a woman could be killed simply for being a woman, but I'd heard stories that gradually, over time, I pieced together. Stories that didn't end in the woman's death, but that saw her subjected to misogyny, abuse and contepmt.

 大人になった「わたし」は、Andreaを含む複数名の「男性によって殺害された」若い女性たちについて取材する。彼女たちが生きた町や村を訪れ、家族や元の恋人や友人から当時の話を聞く。そこから浮かび上がってくるのは、殺害されてもまだ「彼女は身持ちが悪かったから」、「(殺されるようなことをした)あの子が悪い」というミソジニスティックな考え方だったり、圧倒的な貧富の差(たとえば殺害された女性は売春を選択するほかないほどの貧困にあえいでいたりする)だったり、軍事政権から民主主義に舵を切ったばかりの*2アルゼンチン社会が抱える数々の闇だ。

 もちろん、この作品に書かれているような事件はアルゼンチンに限ったことではないし、「1980年代のことだから」と片付けてしまえるような話でもない。女性であるからというだけで、同じように傷つけられているひとがこの瞬間にも存在しているのだ。

 

 Charco Pressは、ホームページを見たらわかるように、作家と同じくらい翻訳者にも重きを置いていて、活躍しているのはJennifer Croft(トカルチュクの英訳でブッカー国際賞を受賞)、Sophie Hughes(エンリーケ・ビラ=マタスなど)、Fiona Mackintosh(The Adventures of China Iron)、Megan McDowell(シュウェブリン、マリアーナ・エンリケス)など多数。ちなみに翻訳者Daniel HahnさんによるTranslation Diaryなるものも連載されていて、これもめちゃくちゃ面白い。スペイン語→英語訳の、1回目の下書き(ところどころ訳に悩んでいる部分がスペイン語のまま)、2回目、3回目……と赤裸々に載せられていたりする。

charcopress.com

 

*1:ここにブラジルが含まれなかったのは、わたしたちの共通の知り合いにBくんというブラジル人の男の子がいて、その子がモデル級のイケメンな上に物静かなジェントルマンで、いわゆるステレオティピカルなラテンアメリカの男の人像からかけはなれた存在だったからである。なので、友人がラテンアメリカの悪口を言うとき、ブラジルは意識的にことごとく除外されていた。Bくんはたった1人でブラジルのイメージ向上に貢献していた。

*2:1983年。