トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Second Place / レイチェル・カスク: ブッカー賞ロングリストノミネート作品

 2021年ブッカー賞ロングリスト、3冊目。装丁が印象的。

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 レイチェル・カスクはノンフィクション(育児や離婚といった自身の体験について綴った作品など)もフィクションも手がけている作家で、ギラー賞ノミネートの常連でもある。ブッカー賞にノミネートされるのも2度目*1

 本書は語り手が「女性の作家」Mということで、読む前はオートフィクションかと思っていたけれど、実在の人物から着想を得た物語だった。Mからジェファーズ(Jeffers)という人物への語りかけという体で描かれている。

 作家Mは湿地帯にある家に夫のトニー(Tony)と2人で暮らしている。家の隣には空き家(second place)があり、夏の間にそこで制作活動をしてはどうかと、かつては著名だった画家のLを招待する。MはLとはまったく面識がないものの、若かりし頃にパリで見かけたLの作品に感銘を受けたのだった。Lはその招待を受け入れやってくるのだが、ブレット(Brett)という30代の女性も連れてくる。同時期にMの娘であるジャスティン(Justine)もボーイフレンドのカート(Kurt)を伴い、Mの家に滞在するようになったため、生き方も好みも年代も職業もバラバラの6人が同居に近い生活を送ることとなる。

 先述のとおりジェファーズという人物への語りかけという形の作品なので、実際の出来事をなぞっているだけではなく、その出来事が引き金となり、Mの思想はさまざまな方向へ漂っていく。独身だったころの思い出、トニーとの出会い、母となることの意味、娘への愛などについても細かく考察されている。また、人と人が築く関係、女性が背負わされる重荷、男性優位主義、内なる世界などさまざまな問題が提起される。

 最初(2人が手紙をやりとりしている段階)からMに対してかなり失礼なLだが、MはとことんLに心酔しており、その奇妙な関係や冷静を失ったように思えるMの行動はたとえばOutlineの語り手の様子とは大きく異なる。と思ったら、最後のacknowledgementにモデルとなった人物やインスピレーションを受けた作品が記載されていた。それがメイベル・ドッジ・ルーハンという女性。1930年代に作家のD・H・ロレンスにニューメキシコの住まいを提供したパトロンだ。2人の愛憎関係を綴った『タオスのロレンゾー』という伝記も後々出版している。 

 うつくしく哲学的な描写に刺激を受け、内容からは学生時代に初めてボーヴォワールのThe Mandarins(レ・マンダラン)を読んだときに感じた「よくわからないけどなんだかすごいものを読んでいる」気持ちを思い出したのだった。

 わからないままよく600ページも読んだな〜と思うのだが、それはひとえに同じアパートメントに住んでいたすてきなマダムが日光浴しながら読書しているわたしを見て「わたしもあなたくらいの年齢のときに読んだわ! 人生を変えてくれた本!」とお声をかけてくださったり、フランス語のクラスで読書の話になったときにこれまたすてきな先生が(ちなみに先生の名前もSimoneだった)が「あら、いい本読んでるのねえ! どの辺まで進んだ?」と尋ねてくださったりしたおかげ。なんとなく最後まで読まねばという気になり頑張った記憶がある。

 という読書をめぐる会話の楽しさを思い出したのは、Second Placeを読む前にカスクの前作Outlineを読んだからかもしれない。Outline3部作の1作目で、長らく積んでいたのでいい機会になりました。ありがとうブッカー賞さま。

 オートフィクションで、夏の間にギリシャで創作を教えることとなった語り手フェイ(Faye)が飛行機で隣り合わせた人物から授業を行う学校の同僚や生徒まで、さまざまな人から聞いた話を記録したという体の作品。人との関係を通して初めて、自己を理解することができる。あまりよく知らない人とこれほど深い話をしたのはいつが最後だっただろうと読みながら思わず考えてしまい、せわしない現代社会では忘れがちな会話と内省の重要さを改めて噛み締めた。

 日本語訳も3部作すべて出版されています。

 今年のロングリストからはあと2冊積んでいます。ショートリストの発表までに読めるかな? 

 みなさま、今週もhappy reading😻

 
 
 
 
 
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*1:2005年にIn the Foldがロングリストにノミネートされている。