トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

夏に読んだ翻訳文学(WIT month)

 いよいよ8月も最終日。皆様はどんな読書の夏を過ごしましたか? わたしは実に4年ぶりに、読書に没頭できる夏休みを堪能しました。いろんな方と本の話をする機会もあり、readathonにも挑戦したりして、それはそれは楽しい夏でした!

 さらに8月はwomen in translation月間。ということで、こちらは最近読んで素晴らしいと感じた女性作家の作品(あるいは翻訳者が女性の作品)リスト。1か国1冊ずつ。4年間積みに積んだ「夏に読みたい本」と、新刊本です。半分くらいはInstagramにも投稿済み。

 

女性作家の作品

🇲🇽『赤い魚の夫婦』グアダルーペ・ネッテル(宇野和美訳) 

 表題作は、赤い戦闘魚(ベタ)を飼うことになった夫婦の物語。オスとメスの魚の関係性と人間の夫婦の関係性、主人公の女性が抱える未来への不安とメスの状況がいつの間にやら交錯し……と書くとどことなくコルタサルの「山椒魚(アホロートル)」のようだが、妊娠・出産・育児の辛さなども描かれていて、「うっ」となったり「あっ」となったり。

 少年とゴキブリを描いた「ゴミ箱の中の戦争」も、読み終わってから何度も最後のページが記憶に甦る。味わい深い余韻が残る物語ばかり。もっとスペイン語圏の女性作家の作品の翻訳を!と訳者の宇野さんがあとがきに書いていらして、今後がとっても楽しみになる。

 あと、ネッテルの幼少時代のエピソード(目が悪くて片方眼帯をして過ごしていた)が吉本ばななのそれと同じでびっくり。吉本さんは確かエッセイでその頃のことを書かれていて、そういう状況だったからあの世とこの世がすごく近くて、自由に行き来できるような気がしたと語っていた記憶がある。そういう体験が両作家の卓越した想像力を生んだのだな。

 

🇺🇸『幸いなるハリー』イーディス・パールマン(古屋美登里訳)

 アリス・マンローとも比較されることの多いパールマン。でもマンローが心を凍った手で鷲掴みにされるような忘れ難い「あの瞬間」を描いていることが多いのに対して、パールマンはより幅広い年代や性別の語り手を用い、何気ない日常を描写しているようでおとぎ話や神話、シェイクスピアなど多くのテーマやモチーフを忍ばせる作家だという気がする。『蜜のように甘く』で印象的だった登場人物がまた出てきたりして、嬉しい気分に。

 プログラマーとしてIBMで勤務していたとのことで、なんだかその経歴に納得してしまうような、独特の奥行きがある構造的な物語ばかり。『蜜のように甘く』もだが、書体がまた素敵。パールマンの文体にぴったり。手元に置いて何度も読み返し、愛でたくなる作品。 

 

🇮🇹『リラとわたし(ナポリの物語)』エレナ・フェッランテ(飯田亮介訳)

 ずっと積んでいたこちら、いつの間にか四部作すべての日本語訳が出版されていた。ナポリの下町出身の主人公エレナの元に、ある日電話がかかってくる。幼馴染リラの息子からの電話で、リラが失踪したのだという。それを聞いたエレナは、2人の半生を思い起こす。

 『リラとわたし』には、幼年時代から少女時代の2人が登場する。リラは幼い頃からなんでもできて、エレナは絶えずリラを意識している。リラより勉強ができるようになりたい、リラより男の子の注意を惹きたい。すべてにおいてリラが基準だ。そんな2人の人生が進学と就職、思春期、恋愛と結婚をきっかけに少しずつ、少しずつ変わっていく様子が綴られている。

 エレナとリラに限らず、ナポリの下町の若者たちの様子が印象的。父親みたいな男になりたくない少年たちと、母親みたいな女になりたくない少女たち。狭い町内で敵対したり、親を超えようともがいたりする姿は『ロミオとジュリエット』の若者たちを彷彿とさせる。

 エレナは勉強を続けることによって、リラは裕福な青年と婚約することによって、それぞれ現状からの脱出を試みるのだが、自分は「惨めな場所にずっと置き去りに」されるのだと絶望するリラの兄リーノがまた印象的だった。家父長制の犠牲者は女性だけではないのだ。

 

🇨🇦『THIS ONE SUMMER』マリコ・タマキ、ジリアン・タマキ(三辺律子訳) 

 思春期のもやもやした感じ、どうしようもない苛立ちや憧れや焦燥感がしっかり刻み込まれたグラフィックノベル。絵で心の機微や時間の経過を巧みに表現しているところも印象的。ジリアン・タマキは別の作品も複数の方におすすめしていただいたので、読みたいです。どんどん積読が増えていく。

 

🇸🇪『禁断の果実ー女性の身体と性のタブー』リーヴ・ストロームクヴィスト(相川千尋訳) 

 スウェーデンのフェミニズム・ギャグコミック。なぜ女性器はタブー視されているのかという疑問からスタートし、その「タブー」の始まり、オーガズムやクリトリスや生理に関する考え方の変遷を、キレッキレのジョークを交えて分析する。「文化によってセクシャリティが作られる」という言葉が印象的。そして『眠れる森の美女』と生理の関連性にははっとさせられた。ブルーム・ベッテルハイムのことをもっと知りたい……!

 

🇰🇷『声を上げます』チョン・セラン(斎藤真理子訳)

  楽しみに待っていたチョン・セランの新作。ぐぐっとSF寄りの短編集で、2021年に読むのにふさわしい1冊だという気がする。

 プラスチックを食べる巨大ミミズとか、自ら望んで収容所暮らしをするグールとか、ぶっ飛んだ設定の物語に挟まれる現代の韓国、ひいては社会全体への問いかけがセランらしい。「十一分の一」がすごくよかったな……もう会えなくなってしまった人たちのことを考えた。

 

🇯🇵『The Hole』(穴)小山田浩子(David Boyd訳)

The Hole

The Hole

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 英語訳を読んだ。『不思議の国のアリス』と日本の民話を組み合わせたような、カフカ的不条理劇のような『穴』。しかしこの小説は本質的に「名前を失くした女性」の物語で、「お嫁さん」という破壊力のある言葉がキーだと(日本語で読んだときは)考えていたので、どういう訳なのか気になって。辛島デイヴィッドの『文芸ピープル』で姑の名前を出さないわけにはいかず、英訳では名前をつけたとあったのも興味が湧いた。

 「お嫁さん」は大体は"the bride"、要となる場面では"Matsuura-san"が使用されている。どこか差別的なニュアンスを表現するのは難しいだろうと思っていたのだが、会話の雰囲気も含めとても美しく訳されていた。

 小山田浩子は書評も絶品。小山田さんが書評でおすすめされる作品はすべて読んでいます! 書評もまとめて出版してくれるといいな〜。

 こちらはスペイン語版。

 

女性翻訳者の作品 

🇹🇷『セヘルが見なかった夜明け』セラハッティン・デミルタシュ(鈴木麻矢訳)

 トルコ文学というとオルハン・パムクくらいしか読んだことがなく、こちらを読んで「もっともっと翻訳されてほしいなあ」という思いを強くした。パムクとは180度違う魅力を放つ作品。

 作者は男性だが、冒頭の言葉どおり傷つき苦しむ女性の物語も多く含まれており、感傷的になることはまったくないのに温かさを感じられる視線が印象に残る。

 

🇫🇷『神さまの貨物』ジャン=クロード・グランベール(河野万里子訳)

神さまの貨物

 河野万里子さんの翻訳された本を年初に読んだのだが、とても気に入り、もっとこの方の訳書を読んでみたいと思い手に取った本。

 現在のアフガニスタンを写したとある写真や、『夜と霧』を思い出した。最後の「覚え書き」を何度も何度も読み返す。子どもにはぜひこうした良質な作品をたくさん読んでほしい。

 まだ読めていない『光のうつしえ』も夏が完全に終わる前に読もうと思った。

Soul Lanterns

Soul Lanterns

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日本語から英語に翻訳された作品

 今年は本当に多くの日本人女性作家の作品が英訳されているけれど、その中で一度も読んだことのない作品を見つけたので、日本語で読んでみました。3冊。

 

『幼児狩り・蟹』河野多惠子 

 初・河野多惠子。こういう感じなのか。確かに谷崎潤一郎を彷彿とさせる。

 表題作の「幼児狩り」は、タイトルを念頭に読んでいくと「狩り」という言葉の持つ意味が最初はたとえば「紅葉狩り」などの「狩り(見る)」を指していたものの、語り手の夢想を通じて「猪狩り」のような「狩り」に変わっていくという言葉の妙が興味深かった。

 英訳はLucy North。英語版にはさらに多くの短編が収録されており、村田沙耶香が序文を寄せている。英語圏の日本文学愛好者だと、安倍公房とかお好きな方が好みそう。 

  

『かがみの弧城』辻村深月

かがみの孤城
Lonely Castle in the Mirror

Lonely Castle in the Mirror

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 めちゃくちゃかわいい表紙の本だな、と思っていたら『かがみの弧城』の英訳だった。実は辻村深月作品を読むのは初めて! 

 毎年夏が終わると、学校に戻りたくなくて自殺した学生の数が発表され、胸が引き裂かれる。狭い狭い学校という社会、馴染めなくたって気にすることなんてないし、大したことないんだよ。と大人のわたしが言うのは簡単だが、解決策が見つからない絶望感もわかる。まだ若く1年があまりに長いあの時期だからこそ、もうどうすることもできないと思ってしまうんだろうな。この作品に文字通り命を救われた子どもがどれほどたくさんいるだろうか。

 シンプルな文体のようでいて、少女漫画っぽい、英語とはまた違う「ダッシュ」の使い方が登場するし、どういう風に訳されているのか気になる。ちなみにAmazon.comでは「それ……ネタバレになってるよ〜」なジャンル分けがなされているので、見ていてちょっともやっとする笑。

 

『帰命寺横丁の夏』柏葉幸子作、佐竹美保絵 

 柏葉幸子作品は『千と千尋の神隠し』の元となった『霧のむこうの不思議な町』しか読んだことがないものの、無国籍のファンタジーを書く作家さんというイメージ。

 ところがこちらはタイトルからしてしっかり日本らしい作品。登場人物たちの年齢と出来事からすると、どうも1980年代が舞台のよう。「トイレの花子さん」や「口裂け女」などの怪談が大流行していた時代を背景にした、なんとも夏らしい児童文学である。

 主人公のカズはある夜、自分の家の1階から女の子の幽霊が外に出ていくのを目撃する。ところが次の日学校に行くと、なんとその幽霊がクラスメイトになっているではないか。しかも周りの人は皆、その子がずっと昔からいると言い張る……。作中作もあるのだが、こちらは(わたしのイメージする)柏葉さんらしいファンタジーで、めちゃくちゃ面白くて、一粒で二度美味しい。

 どちらも挿絵が佐竹美保さんだから、というわけではないのだけれど、ダイアナ・ウィン・ジョーンズが好きな子ども(と大人)は好きだと思うなあ。