トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Sansei and Sensibility / カレン・テイ・ヤマシタ: 『三世と多感』、日系三世とジェイン・オースティンから「こんまり」、ボルヘスまで

 こちら、珍しくAmazonがすすめてくれて購入した本。「なんか違うんだよね〜」が多かったAmazonのおすすめタイトル、最近妙に精度が上がってきた。長い付き合いを経て、やっとわたしのことを理解してくれるようになった!?(キラキラ)と感激したのも束の間、課金しまくったからだということに気がつく。コロナの影響で本屋さんに行くことが減ったのと、紙の本をなかなか読めなくなってKindle読書量がうんと増えたのが原因みたい。

 Sansei and Sensibilityというタイトルを見て「お!」となり、カバー(ジェイン・オースティンの肖像画がパズルになってる)を見て「おお!」となって、最初の短編の冒頭の十行を読んで「おおお! おもしろい!」と唸り、即購入した。 

Sansei and Sensibility

Sansei and Sensibility

 

 そう、これ短編集なんです。タイトルからてっきり『分別と多感』をもじった長編で、分別のある日系三世の女の子と、多感な女の子が登場するのかと思い込んでいた。

分別と多感 (ちくま文庫)

分別と多感 (ちくま文庫)

 

 短編集で、一部と二部に分かれている。それで、目次の冒頭にこう書いてあった。

 Note to Janeite readers in search of Jane Austen: kindly skip to part II

 当ブログも、ジェイン・オースティンについて読みたい方は、↓の第二部までスキップしてください。

 

第一部「Sansei」(三世)

  第一部のタイトルは「Sansei」で、著者が1970年代から2000年代の間に書き溜めた短編が収録されている。タイトルの通り、どの作品にも日系三世が登場する。これが多種多様で面白い! 

 印象に残った作品の感想を一言二言綴りました。

 

"The Bath"(1975年)

 お風呂が大好きで「私の唯一の贅沢」と公言してはばからない母親と、娘たち(双子)の物語。クラシカルな文章と、米国と日本を行き来するストーリーに魅了される。舞台となっているのも1970年代で、浅間山荘事件等が登場。 

 

"The Dentist and the Dental Hygienist"(1987年)

 ある日、とある日系三世の男性が営む歯科医院に、歯科助手として働きたいとやってきた女の子、キャンディ・ユアサ。知り合いの(これまた)日系三世の娘さんなので、今までほとんど会話したことはなかったものの、歯科医はその場で採用を決める。

 キャンディは人畜無害に見えたが、実は町の人の事情に精通しており、治療にやってくる人すべてに色々な話をして辟易させる。歯医者の評判はガタ落ちに。彼女の目的は一体……?

 モームの短編のような味わいで、ハッピーエンドなのがよい。

 

"A Gentlemen's Agreement"(2006年)

 短編というかノンフィクションというか。著者自身の祖先(日系一世)の話と、ブラジルの日系二世、Lucio Kuboの祖先の話。著者はブラジルに渡って研究を行っていたので、その頃の出会いなどを書いたのだと思われる。自分のルーツを調べたくなる。

 

"Borges & I"(2011年)

 タイトルが示す通り、「ボルヘスと私」をモチーフにした作品。日本語ではこれ(↓)に収録されているようだが、あいにく手元になく……でも、原文はこちらで読めます!

 この作品でフォーカスされるのはあくまでマリア・コダマ。冒頭はこんな感じ。

The other one, the one called Maria Kodama, is the one things happen to. Over the years, I hae watched her through our looking glass- her dark straight hair, cut precisely at shoulder length, turn white, her youthful features mature. And yet, I believe her to contain the same dewy innocence and singularity of elegant strangeness in a sea of sameness as she did on the day she first met, in Buenos Aires, Jorge Luis Borges in the musty confines of the university.

 ちなみに「ボルヘスと私」はこんな感じ。

The other one, the one called Borges, is the one things happen to. I walk through the streets of Buenos Aires and stop for a moment, perhaps mechanically now, to look at the arch of an entrance hall and the grillwork on the gate; I know of Borges from the mail and see his name on a list of professors or in a biographical dictionary. I like hourglasses, maps, eighteenth-century typography, the taste of coffee and the prose of Stevenson; he shares these preferences, but in a vain way that turns them into the attributes of an actor.*1

 "The other one"としてマリア・コダマが出てくるのにはっとさせられる。ボルヘスの目となり耳となり生きてきた人だから。

 この話の続きには光源氏や清少納言、ヨーコ・オノまで登場し、ボルヘスさながらの迷宮世界を垣間見せてくれる。書き連ねられる言葉のふくらんでいく様に酔いしれる。ボルヘスとマリア・コダマの写真を見たりエピソードを聞いたりするのが好きなので、すごく楽しかった。

 ちなみにこの短編が最初に発表されたのはInternational Journal of Okinawan Studies: Special Issue on Women & Globalization(琉球大学)となっていて、何の関係が?と思ったのだけれど、アルゼンチンの日系移民は沖縄(と鹿児島)の人が多かったらしい。そうなんだ! 知らなかったよ。マリア・コダマの祖先も沖縄の方なのかもしれないですね。

 

 

"KonMarimasu"(2017年)

 タイトルが示す通り、こんまりがモチーフとして登場する短編。

 「私」はある日「近藤麻理恵って知らないの?」と聞かれる。全然知らない、そんな三世いたっけ? と思いを巡らせていると、New York Timesを差し出され、こんまりメソッド(片付けの魔法)で世界を席巻している日本人女性の写真を見せられるのだ。世間では誰もが"KonMari"しているらしい。

 その後、親戚の死により"KonMari"された遺品が「私」のところに集まり、物でいっぱいになってしまうところ、こんまりとは対局にある博物館巡りが始まるところなんかがいい味を出している。

 

"Sansei Recipes"

 普通に、ガーデナ在住の三世の方による好きな食べ物レシピ。なんだけど、最後の一言にそれぞれの性格や置かれている状況が感じられて楽しい。

 

"A Selected L.A./Gardena J.A.Timeline"

 ほとんどの短編の舞台となっているロサンゼルスのガーデナで、そのガーデナにおける日系人の歴史年表。愛を感じる。

 

第二部「Sensibility」(多感)

 こちらは全編、ジェイン・オースティンのオマージュ! どれも結構短いから、どんなもんだろうと面白さを疑ってかかったが、現代的なユーモアとひねりが効いていて、さすが。作家の腕がうかがえる。ただし、これだけ短編を続けて読むとちょっと胸焼けが……どれも面白いので、どれか一つ元ネタを選んで、すべて合わせた長さの長編を書いてほしい。あと、オースティンを読んでいないと面白くないかも。

 著者自身も相当なジェイン・オースティンファンのはず。ちなみに著者の妹さんはオースティン協会の会員で名前がJane、著者の娘さんの名前もJaneとのこと(こちら参照。面白い本に出会うと、ストーカーのように著者について調べまくるわたし……)。

 オースティン作品を思い返しながら読み進んだので、本家本元の方の感想も一言二言つけている(かなり前に書いた感想だけど)。

 今Netflixの『ブリジャートン家』にはまりまくってて、そろそろオースティンも読み返したい気分。Lady Susanは読んだことがないので、今年は読んでみようかな。

 

"Shikataganai & Mottainai"(Sense & Sensibility / 分別と多感)

 Mukashi, mukashiという枕詞と、日本庭園の描写から始まる物語。日系三世の姉妹、エリナーとマリアンが登場するが、本作品で恋に飛び込んでいくのはこの二人ではなく……。

分別と多感 (ちくま文庫)

分別と多感 (ちくま文庫)

 

 個人的に、オースティン作品の中で一番のお気に入り。家族愛に焦点があたり、珍しく母と娘、そして姉と妹の仲睦まじいところが読んでいて心温まる。理性の姉・エリナーと感情のまま生きる妹・マリアン。理性主義から感情の時代へと移り変わるイギリスで描かれたとあって、全体的にはマリアンびいき。でも、エリナーの落ち着きと「秘するが花」の態度が素敵で憧れる。それにしても、婚約したかしていないかに関する男女のやりとりは、現代の「告白されていないが付き合っているのか?」と似たところがあって、面白い。

 

"Giri & Gaman"(Pride & Prejudice / 高慢と偏見)

 日系の人が多く在籍するガーデナの高校を舞台とした「義理と我慢」。漢字にすると、一気に任侠映画感が笑。「ギリとガマン」かしら。プロムが近づき浮き立つ高校生たちや周りの大人たちを描いている。

 登場人物らの名前はこんな感じに!

エリザベス・ベネット → リジー・ベニハナ

(賢く、あまり男の子に興味がない)

フィッツウィリアム・ダーシー → ダーシー・カブト

(若かりし日の三船敏郎似の美男子かつフットボールチームのキャプテン)

ジェーン・ベネット →  ジェイニー・ベニハナ

(リジーの姉。特に大人から愛される、ミス・パーフェクト)

ビングリー氏 → ベンジ・リー

(ダーシーの親友。この名前ちょっと笑った。人当たりがよく大人受け抜群)

高慢と偏見(上) (光文社古典新訳文庫)

高慢と偏見(上) (光文社古典新訳文庫)

 

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"Monterey Park"(Mansfield Park / マンスフィールド・パーク)

 モントレー・パークには、マリオ・ワダという日系男性とタミー・ウーヤという中国系女性の家が建っている。この家の大黒柱はタミーで、忙しく働き巨万の富を築いている。マリオはトロフィー・ワイフならぬ、トロフィー・ハズバンド。しかし四人の子どもと何匹ものパグを育て、幸せな生活を送っていた。

 そんなある日、マリオの妹であるフランシーが白人の夫に捨てられ、シングルマザーとなる。四苦八苦している妹を見たマリオは救いの手を差し伸べるつもりで、子どものファニーを自分の家に引き取り、面倒をみようと約束するのだった。「ゴーゴーファニー!」って感じのエンディング。

 ながーい小説だが、あっという間に読めてしまう。ファニーは珍しくユーモアも皮肉もない、とにかく生真面目で道徳的な女性。まさに「クリスチャン的ヒロイン」。ただ、その割にミス・クロフォードに対する態度は陰険というか、一番悪巧みしてる感がある。イギリスの田園風景の描写が見事。四季が美しい。 

 

"Emi"(Emma / エマ)

 エマならぬ、エミ。エミのテキトーかつ唐突な受け答えとか、無知っぷりが「そうそう『エマ』ってこんなだったわ〜!」と記憶を呼び起こしてくれた笑。 

エマ (上) (ちくま文庫)

エマ (上) (ちくま文庫)

 

 『ルールズ』のごとく恋の駆け引きに関するdos & don'tsが示されている。エマはオースティン作品の中では珍しく美人ということになっているが、一番軽率、愚か、でしゃばり、生意気、世間知らずかもしれない。強烈。だかしかし脇役も強烈個性豊かで楽しく、ページを繰る手が止まらない一冊。ナイトリー氏は名前通りのナイトっぷりで、読者の心をかき乱してくれる。人物それぞれの恋愛模様もさることながら、この時代のイギリスの階級意識や慣習(食事の時間や散歩)が手に取るようにわかるのも面白く、最後の大団円も美しい。

 

"Japanese American Gothic"(Northanger Abby / ノーサンガー・アビー)

   本家本元はラブコメ最高〜と崇めたくなるような作品。女の子同士の友情や兄弟間での楽しいやりとり、ちょっと抜けている主人公と完璧でツンデレなヒーロー。ヤマシタの作品は、すべてを盛り込んだ二世、三世の物語に。

ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)

ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)

 

 古臭さの全くない200年前の物語、女の子から「好き」というサインを出すことやそれに対する皮肉が斬新。 キャサリンはとてもいい子で素直、もっというとバカ正直。ゴシック小説が大好きで妄想癖あり。このどたばた加減が楽しい。

 

"The PersuAsians"(Persuasion / 説得)

 冒頭がすごく印象的で、「あれ? これってオースティン作品もそうだったっけ?」と思わず調べる。が、ヤマシタのオリジナルであった。もう完全に、オースティン作品のような息遣いになっている感じ。

 The PersuAsiansはバンド名(他の短編にも登場)で、音楽あふれる物語。 

説得 (ちくま文庫)

説得 (ちくま文庫)

 

 主人公のアンは27歳、「花もやつれ始める年頃」なんて描かれている(ひどい)。家族の引越し、結婚した妹の義両親とのつきあい等々の中で、偶然19歳の頃愛した人と再び巡り会う。アンとウェントワース大佐以外の人の描かれ方がひどすぎて(爵位にこだわりすぎ、見た目だけの男、お金目当て)笑える。『高慢と偏見』や『ノーサンガーアビー』と比べると、急転直下型の結末でご都合主義かなという感じは否めないが、それでも面白い。若いうちの失敗は買ってでもしろというけれど、アンを愛するあまり結婚を許せなかったラッセル夫人の気持ちもよく分かる。ウェントワース大佐のラブレターが素敵すぎて♡

 

"Omaki-san"(Lady Susan

 Lady Susanをまだ読んだことがない! ので、そちらを読んでから読もうと思って、とっています。かじり読みしちゃった感じ、英語と日本語ちゃんぽんの書簡体小説。

Lady Susan Illustrated

Lady Susan Illustrated

  • 作者:Austen, Jane
  • 発売日: 2021/01/16
  • メディア: ペーパーバック
 

 カレン・テイ・ヤマシタは一冊だけ日本語訳が出版されている。

熱帯雨林の彼方へ

熱帯雨林の彼方へ

 

 みなさま、今週もhappy reading!

*1:Labyrinths: Selected Stories and Other Writings, New York: New Directions, 1964, pp. 246-47. Trans by James E. Irvy and Donald

A. Yates