本棚をぼんやり見つめていて思った。「火」や「燃える」という言葉がタイトルになっている本のなんと多いことか。私はかなりの断捨離アンで(座右の銘は真風涼帆さんと同じく「部屋の乱れは心の乱れ」、こんまりさんも大好きです!)、読み終えた本は基本的には手放している(譲る・売る)ため、本棚に残っている=相当お気に入りということなのだけれど、どうも「燃える」海外文学が好きなようだ。そういえばブログでレビューを書く本の表紙も、オレンジ〜赤〜ピンクといった暖色の表紙の作品が妙に多い。
今日は同じく「炎」に惹かれる方向けに、寒い冬に心をあたためてくれるかもしれない? 作品をリストにしてみた。
- 『すべての火は火』フリオ・コルタサル
- 『燃える平原』フアン・ルルフォ
- 『わたしたちが火の中で失くしたもの』マリアーナ・エンリケス
- 『ラテンアメリカ怪談集(火の雨)』J・L・ボルヘス他
- 『クリック? クラック!(火柱)』エドウィージ・ダンティカ
- 『火の娘たち』ジェラール・ド・ネルヴァル
- 『ぼくを燃やす炎』マイク・ライトウッド
- 『青白い炎』ウラジーミル・ナボコフ
- Girls Burn Brighter / Shobha Rao
- 『月と六ペンス』サマセット・モーム
- 『華氏451度』 レイ・ブラッドベリ
- 『わたしの名は赤』オルハン・パムク
- 『奇跡の大地』 ヤア・ジャシ
- 番外編:『女王ロアーナ、神秘の炎』ウンベルト・エーコ
- 番外編:八百屋お七
『すべての火は火』フリオ・コルタサル
まずは、なぜだか燃え盛っている作品が多く見受けられるラテンアメリカ文学から。『すべての火は火』はアルゼンチン作家・コルタサルの作品のなかでも特にお気に入り。円熟期の作家の美しい物語と文章を楽しめる。
タイトルにも選ばれている短編「すべての火は火」は、異なる場所・異なる時代で燃える火が物語の中でいつしか一つに重なっていく……という時空を超えたコルタサルらしい作品。
『燃える平原』フアン・ルルフォ
寡作ながらいついつまでもその才能をたたえられているメキシコの作家兼フォトグラファー、ルルフォの短編集。
表題作「燃える平原」はメキシコ革命における反乱軍と政府軍の小競り合いを描いた作品。炎をつけられ燃えていく平原をバックに、男たちの命も燃え盛る。
文章がシンプルな分、戦いの様子や兵士たちに訪れる死がくっきりと浮かび上がる。
他の作品からも、メキシコの燃えるような太陽やからからに乾いた土地を感じることができる。
『わたしたちが火の中で失くしたもの』マリアーナ・エンリケス
アルゼンチン出身のマリアーナ・エンリケスによる短編集で、日本語に訳されたのはこれが初めて。一言で言うならば、ホラー・フェミニズム短編集といった趣。
表題作「わたしたちが火の中で失くしたもの」では最初に、夫や恋人に憎まれ、火をつけられて全身に火傷を負った女性たちについて語られる。その後、女性たちは自分で自分に火をつけるようになる。「燃える女たち」は社会現象となり、女性たちは死に方を選ぶ権利があるのだと主張するようになる……。
マチスモが色濃い社会で生きる女性たちの声を拾い上げたような物語。
『ラテンアメリカ怪談集(火の雨)』J・L・ボルヘス他
これまたアルゼンチンの作家、レオポルド・ルゴネスによる短編「火の雨」が収録されている。
聖書のレビ記から、ゴモラについての描写が引用されていて、物語の舞台もゴモラのような古代の都市だ。女や都会、酒池肉林の馬鹿騒ぎに飽き飽きしてしまい、今は静かな独身生活を送る男。一人で食事をすること、本を読むことがもっぱらの楽しみだ。ところがある日、火の雨が降り注ぐようになり……。
炎の熱さや匂いを感じられるような描写が特徴的。ボルヘスやカサレスにも影響を及ぼした作家だといわれている。
『クリック? クラック!(火柱)』エドウィージ・ダンティカ
ハイチの作家による短編集。
「火柱」に登場するのは貧しい三人家族。ギーとリリの息子は学校の演劇にて、ハイチで奴隷反乱の指導者となったブークマンを演じることになる。息子は何度も何度もブークマンの言葉を繰り返し、聞いているギーはハイチ人としての誇りに満ち溢れる。その一方で、彼は職を失い今後の人生に不安を抱えている。まるで炎のようにゆっくりと立ち上がってくる不安が、そのうち彼を焼き尽くしてしまうことになる。
『火の娘たち』ジェラール・ド・ネルヴァル
*2020-04-19
岩波文庫からも発売に。
- 作者: ジェラール・ドネルヴァル,G´erard de Nerval,中村真一郎,入沢康夫
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プルーストが『失われた時を求めて』を書くきっかけになったといわれる「シルヴィ」が収録されているネルヴァルの短編集。
「アンジェリック」、「シルヴィ」、「ジェミー」、「オクタヴィ」、「イシス」、「コリッラ」、「エミリー」というそれぞれ登場する少女の名がタイトルとなった短編と、「幻想詩篇」が含まれている。
その時間構成が不思議で、「今」も「昔」も忘れて語り手の記憶の中を漂っているような心持ちにさせられるところがいい。もう思い出の中にしか存在しない少女たちの存在は美しい炎のよう。
『ぼくを燃やす炎』マイク・ライトウッド
スペインの人気ブロガーが書いた、青春小説。LGBTQの若者の声を代弁しており、日本ではサウザンブックス社の「PRIDE選書」シリーズ第1作目となっている。
ゲイで、男の子ばかりを好きになるオスカルはある日親友への恋心を告白したことで、いじめにあうようになる。それがきっかけで自傷行為を繰り返すようになるのだが、セルヒオという青年に出会うことで少しずつ人生が変わっていく。オスカルとセルヒオの恋がかわいらしくて、十代であることの素晴らしさを物語っている。スペインらしさは全くなく、『ウォールフラワー』やジョン・グリーン、様々なポップソングが登場するYA賛歌といった趣。
『青白い炎』ウラジーミル・ナボコフ
詩人ジョン・フランシス・シェイドが書いた詩『青白い炎』に、学者キンボートによる注釈からなる作品。シェイドに執着するキンボートとともに、自分の頭もおかしくなってくるような錯覚に陥る。読書とは、文学研究とは、何なのか。膨大な知識に裏打ちされたナボコフにしか書けない作品だ。冷たく燃える炎を想起させる。
今年は『淡い焔』として新訳も出ているので、こちらも読んでみたい。
Girls Burn Brighter / Shobha Rao
Girls Burn Brighter (English Edition)
- 作者: Shobha Rao
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虐待され、暴行され、命を燃やされるような二人のインド人の少女プルミナとサヴィタ。片腕を切断され、顔の半分に火傷を負っても、二人はお互いに会うためだけに命を紡ぎ続ける。どれほど傷ついても、損なわれても、明るく燃えるような命が印象的。
『月と六ペンス』サマセット・モーム
- 作者: サマセットモーム,William Somerset Maugham,金原瑞人
- 出版社/メーカー: 新潮社
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実際に作中に登場する炎として、いつまでも忘れられないのがこちら。ゴーギャンをモデルとした登場人物ストリックランドが癩病にかかり死を目前にして家の壁一面に絵を描く。そしてそのあと、自分が世界からいなくなるのと同時にこの家も作品ごと燃やしてしまえと原住民の妻に命令する。
実際の火の描写はないものの、ストリックランドの心に燃え盛る情熱の炎と重なって圧倒される。
『華氏451度』 レイ・ブラッドベリ
いい仕事さ。月曜にはミレーを焼き、水曜はホイットマン、金曜はフォークナー。灰になるまで焼け、そのまた灰を焼け。ぼくらの公式スローガンさ。
焚書という行為につきまとうこの恐怖感は一体何だろう。
華氏451度は本が燃える温度。このディストピア小説で憎悪の対象となるのはあらゆる書物で、全てがファイアマンによって燃え尽くされていく。しかしある日、とある少女と出会った一人のファイアマンは世界に疑問を抱くようになり……。
今読むと、ブラッドベリが執筆当時ラジオなどに抱いていた、人々が「今、ここ」に生きなくなってしまうという危機感を感じるとともに、それが普通となった現代(ブラッドベリは2012年に亡くなっているが)をどう思っていたのだろうと感じる。
『わたしの名は赤』オルハン・パムク
- 作者: オルハンパムク,Orhan Pamuk,宮下遼
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オルハン・パムクは谷崎純一郎の作品がお好きなようで、確かに親和性があるというか、谷崎ファンもパムクの作品が好きだろうと常々考える(私もその一人)。
舞台は16世紀のオスマン帝国(現トルコ)の冬。皇帝の命を受け、絵師たちは細密画を描くことになった。しかし、絵師の一人が殺されてしまう。原因は細密画そのものにあるようだが、誰が何のために殺したのか。
ミステリー仕立てになっている文学で、「赤」という色そのものが語りだす章や、主人公の絵師カラと美貌の寡婦シェキュレの恋愛が燃え立つように感じられる。
日本語訳のタイトルが初訳は「紅」で、新訳は「赤」になっているのも興味深い、トルコ人ノーベル文学賞受賞作家の作品。
『奇跡の大地』 ヤア・ジャシ
アフリカ大陸の、現在のコンゴにあたる村にはファンティ族とアシャンティ族が暮らしていた。ファンティ族はイギリス人と組んで奴隷を売る立場になり、アシャンティ族は人質として捕えた人々をファンティ族などに売る立場に。
半分血を分けたファンティ族の娘と、アシャンティ族の娘。それぞれの子孫がその後数奇な運命をたどり、巡り合うまでを何百年というスパンで描いた物語。
ファンティ族は「火の女」伝説があり、何度も「炎」が怒りや女性の力、恐怖を象徴するモチーフとして登場する。
番外編:『女王ロアーナ、神秘の炎』ウンベルト・エーコ
未読なので番外編ということで。去年日本語訳が出版されたエーコの作品。原題もLa misteriosa fiamma della regina Loanaで、「炎」が入っている。なんとなく女王の名前や「炎」という言葉からは狂女王フアナを連想してしまうが、エーコの自伝的小説ということで愛読していることが広く知られていたアメコミのことや、イタリアのファシズムについても書かれているそう。
番外編:八百屋お七
日本で炎、というとやっぱり「八百屋お七」が一番に思い浮かぶ。火消し衆である想い人に一目会いたいがために、江戸中に火をつけて回る女、お七。その恋心と、夜の江戸に広がる火の手が重なる様が印象的で、人を恋うる激しい気持ちを表すのに、これ以上の物語はなかなかないと思ってしまう。