トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『すべての火は火』 フリオ・コルタサル

[Todos los Fuegos el Fuego]

『すべての火は火』を初めて知ったのは、ティーンエイジャーだった頃。

国語(Literature)の先生とコロンビア出身の友人と話しているときに「今読んでいる本」の話になって、友人が「All Fires the Fireというコルタサルの本を読んでいる」と言った。

その題名に「???」となった先生と私は「原題は?」と聞いたのだけれど、彼は「Todos los Fuegos el Fuego」と答えて、さも当然かのようにニコニコしていた。

その不思議な題名は私の頭にずっと残っていた。

それから数年後、大学のラテンアメリカ文学の授業でこの本を読むことになった。

収録されているのは「南部高速道路」、「病人たちの健康」、「合流」、「コーラ看護婦」、「正午の島」、「ジョン・ハウエルへの指示」、「すべての火は火」、「もう一つの空」の8編。

コルタサルはアルゼンチン人だが、フランスに留学しその後の人生をフランスで送った。ラテンアメリカを代表する作家ではあるものの、ヨーロッパを舞台にした作品を多く残している。エドガー・アラン・ポーをはじめ、英語圏の作家の作品を多く読んで育った彼は非常にヨーロッパナイズされているというか、他のラテンアメリカの作家のように土着の文化とヨーロッパ文化の融合を描いているわけではない。ごく自然にヨーロッパとアルゼンチンを行ったり来たりする作家という印象だ。

すべての火は火 (叢書アンデスの風)

すべての火は火 (叢書アンデスの風)

 

 

 

「南部高速道路」

最初のうち、ドーフィヌの若い娘はどれくらい遅れたか時間を計ってやるわと息巻いていたが、プジョー404の技師はもうどうでもいいという気持になっていた。 

日曜の午後、パリへ向かう南部高速道路で渋滞が起きる。渋滞は夜が明けても解消される気配はなく、ドーフィヌの娘やプジョーの技師は周りの人々と声をかけあい、食料を分ける。小さいコミュニティが形成される。死人が出たり、恋をしたり、赤ちゃんができたり。しかし、渋滞が解消される時、全ては無になってしまう…。

現代における脆い社会を風刺したような作品。

渋滞に疲れた人々の描写が印象的。最近だと、映画『ラ・ラ・ランド』の冒頭シーンを見ている時にこの物語を思い出した。

先日夫(フィクションはほとんど読まない)にストーリーを説明した時も、「ラ・ラ・ランドでみんなが急に踊り出してミュージカルワールドに突入するみたいだね」と言っていた。

 

「正午の島」

仕事中に機内から見るギリシアの島に心を奪われたフライトアテンダントのマリーニ。いつしか仕事も忘れて島にみとれ、島での生活を想像するようになるのだが…。

とても短い話なのになぜか忘れられない。飛行機に乗って窓から島々を見つけるたびにこの短編のことを考えてしまう。夢と現実の境目がだんだんなくなり、奇妙に混じり合っていくのはコルタサルならではのテクニック。

 

「すべての火は火」

ローマ時代の円形闘技場で命をかけて戦う剣闘士を鑑賞する提督と妻のイレーネ。

現代のフランスにおける、男と2人の女の三角関係。

全く接点のないように思える2つの物語が交錯し、次第に1つとなっていく様子が息を飲むほど美しい。

剣闘士の攻撃と、女の言葉を巧みにかわす男。女の網にかかり自由がなくなったと感じる男と、腕が思うように動かなくなる剣闘士。

最後はどちらも炎に包まれていく。

 

「もう一つの空」

「僕」はブエノスアイレスに暮らす青年。イルマという婚約者がいて仕事もうまくいっているものの、今後の生活がどこか閉鎖的なものになりそうだという予感がある。

「僕」はグエメス・アーケードという回廊をぶらぶらしている時に、ふとヴィヴィアンヌ回廊というパリの回廊に迷い込んでしまう。ブエノスアイレスは真夏なのに、パリでは真冬である。

時代背景も少し違うようで、パリではローランという殺人鬼が出没し、皆が恐れおののいている。「僕」はそこでジョジアーヌという娼婦や怪しい南米人の男と出会う。

奇妙な印象を受けるのは、この物語の中で時空を超えて行ったり来たりしていることがさも当然かのように扱われ、主人公も何の疑問も持たないからだ。むしろブエノスアイレスでの生活が煮詰まると、「早くパリに行ってジョジアーヌに会いたい」などと考えたりするようになる。

これは、おそらくアルゼンチンとヨーロッパを行ったり来たりしていたコルタサルだからこそ書けた物語なのだろうと思う。

南半球のアルゼンチンは真夏でも、北半球のフランスは真冬。同じ時間が流れているはずなのに、アルゼンチンにいるときはヨーロッパでの出来事が夢のように遠く感じられる…。

頻繁に時差のある二国間を行ったり来たりするときは、違う言語で話す自分のアイデンティティまでも異なるようで、二重生活を送っている気分になるものだ。

最終的にはローランと南米人の死がきっかけで「僕」がパリに戻ることはなくなるのだが、この物語とのお別れと同じくらい、それが寂しく思える。

さて、舞台になっているグエメス・アーケードはおそらくこちら。

(ブエノスアイレスの"Galería Güemes")

Galería Güemes (Buenos Aires) - Qué saber antes de ir - ¿Qué es lo que la gente está comentando? - TripAdvisor

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 パリのヴィヴィエンヌ回廊はこちら。

2018年 ギャルリーヴィヴィエンヌへ行く前に!見どころをチェック - トリップアドバイザー

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確かによく似ている。

 

それではみなさま、今日も¡feliz lectura!

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