[Aura y otros cuentos]
「これ、知っている」というのが、フエンテスを初めて読んだ時の感想だった。ちなみに初めて読んだのはラテンアメリカ文学の授業で、「女王人形」と「純な魂」だったと思う。
悪い夢を見ているような、子供のころ怖い話を聞いて夜中にトイレに行くのが怖くなったときのような、気持ちにさせられる小説。妙に身近に感じられた小説。
読みながら、芥川龍之介の『羅生門』や『六の宮の姫君』を思い出した。芥川が『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』をもとに書き上げた物語たちである。
その後、メキシコ人であるフエンテスが外交官を父に持ち、アメリカやブラジル、ウルグアイといった様々な国で育ったことを習った。夏休みだけメキシコシティで育ったフエンテスの目には多くのメキシコ人にとっては当たり前でしかない母国の文化が一風変わって映っただろうし、だからこそ土着の風習を取り入れた小説を多く書くことができたのだろう。
多くの国で語り継がれてきた物語や怪談は、驚くほど似通っている。DNAが教えてくれる何かがそこにある……気がする。
岩波文庫の『フエンテス短編集』に収録されているのは「チャック・モール」、「生命線*1」、「最後の恋*2」、「女王人形」、「純な魂」、 「アウラ」の6編。
「チャック・モール」
"Chac Mool"
チャック・モールとはメキシコ・マヤ文明の雨の神のこと(画像はWikipediaより)。
ある男が家にチャック・モールの彫像を持ち帰ったところ、彫像から苔が生え、色が変わり、やがて喋り出し、自在に動くようになる……というゴシック調の短編。
解説にも書かれているが、「1952年ヨーロッパでメキシコ美術の展覧会が開催されることになり、チャック・モールの像を船に積み込んで大西洋を渡ったところ、航行中に嵐が起こり、ヨーロッパ全土に記録的な大雨をもたらした」という出来事があり、古代メキシコの神の力は衰えていないと話題になったのだという。このニュースを聞いたフエンテスが執筆した物語で、メキシコ古来の神の末恐ろしさを語ると共に、土着文化とキリスト教文化の融合の難しさも語っている。
一時期日本で話題になったボリビアのエケコ人形を思い出した。どこで買ったのだか、「エケコ人形を部屋において、毎日タバコ(?)をくわえさせて、彼氏ができますようにってお願いしてたら彼氏ができたの!」と目をキラキラさせながら教えてくれた先輩が会社にいて、「そんな不条理な話があるかい!」と突っ込みたくなるのを抑えながら相槌を打っていた日々。今探してみたらAmazonにもたくさん出品されていて驚いた……。
「女王人形」
"La Muñeca Reina"
アミラミアは友だちのこと忘れません。ここにかいてある場所へ探しに来てください。
そう書かれたカードが本に挟まっていて、「僕」は子供の頃に会ったアミラミアという少女のことを思い出す。7歳年下だがどこか大人びていた栗色の髪の女の子。
大人になってふと、彼女が住んでいた家を訪ねた「僕」を待ち受けていたのは世にも恐ろしい光景だった……。
まず、「アミラミア(Amilamia)」という非常に変わった名前に惹きつけられる。おそらく「ラミア(Lamia)」"という妖魔から来ているのだろう。
ボルヘスの『幻獣辞典』によると「ラミア*3」は
腰から上は美しい女の姿で、腰から下は蛇だった……ラミアーたちは話す能力をもたなかったが、音色のよい口笛を鳴らし、砂漠では旅人をだまして貪り食った。

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メキシコでは、ラミアは子供の死(子供を亡くした母親)に関連づけられているそう。
理想の女性を探し求めた主人公が見た彼女の残酷なまでに変わり果てた姿は様々な神話を彷彿とさせる。
「純な魂」
"Una Alma Pura"
スイスで暮らし始めた兄フアン・ルイスとメキシコに残った妹クラウディアは手紙をやりとりする。まるで双子のようにいつも一緒に過ごし、深い愛情で結ばれていた二人。フアン・ルイスが様々な国の女性を関係を結び遊び暮らしているのを手紙で知り面白がっていたクラウディアだったが、彼がクレールという女性と出会い真剣に愛するようになってから一変する。
だけど、私たちを縛りつけている因襲から逃れることは本当にむずかしいわね。あなたは型通りの人生をいやがって外国へ逃げ出した。だけど、結局のところ両親をはじめすべての人が期待していたとおりの人間になりつつあるのね。
クラウディアは故郷メキシコに残されたアイデンティティであり、クレールはヨーロッパで見つけた新たなアイデンティティ。まるでフエンテスの心の葛藤がそのまま小説になったようで、いつまでも心に残る。
「アウラ」
"Aura"
ちょっとゴシック小説の趣がある中編。
「若い歴史家求む」という住み込みの求人に応募した主人公は、狭い路地に建つ家にたどり着く。
周りがよく見えないほど真っ暗で黴くさい古い邸宅。そこに住むのはコンスエロ夫人という老女と、その姪のアウラ。コンスエロ夫人の亡き夫、リョレンテ将軍がフランス語で書いた自伝を編集する仕事をしながら、主人公はアウラに恋してしまうが……。
パリで映画の『雨月物語』を観てインスピレーションを受けたという物語。「浅茅が宿」のようなストーリー。
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メキシコ映画がお好きな方に。
女性の神秘性というのは、Y tu mamá tambiénに通じるものがあるかも。
『雨月物語』がお好きな方にも。
水木しげるファンも楽しめる一冊だと思います。チャック・モールなんて、子供の頃大好きだった妖怪画談を思い出した。
フエンテスの短編をスペイン語で読みたい方はこちらから。

Cuerpos y ofrendas / Bodies and Offerings (Literatura / Literature)
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みなさま、今日も¡feliz lectura!
*1:長編『澄みわたる大地』の一部。

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*2:長編『アルテミオ・クルスの死』の一部。
*3:『幻獣辞典』では「ラミアー」と表記。