先日、しとしとと一日中雨が降る日に『情事の終り』を再読した。
ロンドンを舞台にしたこの物語、最初の場面は主人公モーリスがかつての不倫相手の夫と偶然出会うところから始まる。
その夜は激しい雨が降っている。心の芯まで冷え込んでしまうような雨だ。きっと、だからこそヘンリー(元不倫相手の夫)は、モーリスにあんなことやこんなことまで打ち明けてしまったのだろう。
その雨の描写が印象的で、その冷たさがページの間から伝わってくるようだった。雨の日に読んだからこそ物語にすっと寄り添うことができた気がした。
さて、もうすぐ梅雨入り。晴耕雨読という言葉通り、読書を楽しめる季節の到来でもある!
今日は雨の日に読みたい小説(海外文学)をまとめてみた。
- 『情事の終り』グレアム・グリーン
- 『雨・赤毛』サマセット・モーム
- 『黄色い雨』フリオ・リャマサーレス
- 『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ
- 『バビロンに帰る』F・スコット・フィッツジェラルド
- 『レベッカ』ダフネ・デュ・モーリア
- 『停電の夜に』ジュンパ・ラヒリ
- 『エレンディラ』ガブリエル・ガルシア=マルケス
- 『思い出のマーニー』ジョーン・G・ロビンソン
- 『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ
- 『密会』ウィリアム・トレヴァー
- 『フランケンシュタイン』メアリー・シェリー
- 『愛は束縛』フランソワーズ・サガン
- Bangkok Wakes to Rain / Pitchaya Sudbanthad
- 番外編
『情事の終り』グレアム・グリーン
新潮文庫の『情事の終り』表紙も、雨ですね。
小説家モーリスは、サラという人妻と不倫関係にあった。しかしサラはある日突然彼に別れを告げる。他に恋人ができたのだと感じたモーリスは、別れてしばらくしてから探偵を雇い、サラの周辺を調査するのだが……。
グレアム・グリーン自身の体験が元になっており、カトリックという宗教と人間の欲望について考察された小説。
『雨・赤毛』サマセット・モーム
- 作者: サマセット・モーム,William Somerset Maugham,中野好夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1959/09/29
- メディア: 文庫
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南太平洋(サモア諸島)に降り続く雨で、小島に滞留することになった宣教師。同じ宿には、自堕落な娼婦も雨をしのぐため泊まっていた。娼婦は宿でもお客を取り、音楽をがんがんにかけているため、周囲は迷惑している。宣教師はなんとか彼女を改心させようと試みるのだが……。長い雨が人の心を迷わせる例。
新潮文庫では、『赤毛』、『ホノルル』という、同じく南太平洋を舞台にした短編小説が収録されている。
暑い島の自然やカナカ人(ポリネシア系原住民)の娘の美しさが夢のように語られた後でシニカルなオチが待ち受けている『赤毛』も絶品。
『黄色い雨』フリオ・リャマサーレス
住民が自分一人になってしまった過疎の村に降り注ぐ、黄色い雨。
雨は家屋に入り込み、全てを黄色く染めていく。「わたし」の肺までも。
村で暮らした人生を振り返りながら死を待つ男の物語。
『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ
この物語の世界は深い霧に覆われている。景色はもちろん、人々の記憶も。舞台はアーサー王亡き後のブリテン島。老夫婦のアクセルとベアトリスは、長年暮らした村を去り失われた息子を訪ねる旅に出る。
カズオ・イシグロお得意の「記憶」にまつわる謎とイギリスならではのジャンル「ファンタジー」が合わさり、唯一無二の「神話の終わりから始まる物語」が語られている。現代の紛争や難民問題などが、本の中のブリトン人とサクソン人の戦いに重なる。
さっきまで降っていた雨で常に濡れているような土地を彷徨いながら、自分にとって「どうしても取り戻したい記憶・愛」は何なのかつい考えてしまう。
『バビロンに帰る』F・スコット・フィッツジェラルド
バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)
- 作者: フランシス・スコットフィッツジェラルド,F.Scott Fitzgerald,村上春樹
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2008/11/01
- メディア: 単行本
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はじめて日本語に訳された時のタイトルは、「雨の朝パリに死す」 だったのがフィッツジェラルドの短編Babylon Revisited。今は村上春樹訳が最新版として出版されている。
アルコール中毒になり、リハビリに入所し、やっと更生して、娘を引き取るためにパリにやってきた男だったが、物事は望み通りには進まない。努力しても、悪夢のようにバビロン(放蕩の都。聖書では、バビロンは退廃的な街とされている)に戻ることになってしまう。その堂々巡りっぷりが、雨の日らしい。
他にも「結婚パーティー」や「カットグラスの鉢」など、フィッツジェラルドの短編の中でもひときわ輝きを放つ作品ばかりが5つ収録されていて、村上春樹のエッセイ付き。とっても楽しめる1冊。
『レベッカ』ダフネ・デュ・モーリア
やっぱり「雨」というと思い浮かぶのはイギリス人作家の本が多め。こちらは小説内ではそれほど雨の描写が多いわけではないのだけれど、映画化された際に雨が効果的に使われていた。
「ゆうべ、またマンダレーに行った夢を見た」という非常に印象的な一文から始まり、「わたし」がどのように貴族の後妻に迎えられマンダレーに建つ彼の邸宅を訪れたかが語られる。雨のロンドンを離れ訪れるマンダレーの夢のように美しいこと。しかし、だんだんと亡くなった美貌の妻レベッカの影が「わたし」をさいなむようになり……。
雨で家を出られない時にぴったりのゴシックロマン。
『停電の夜に』ジュンパ・ラヒリ
- 作者: ジュンパラヒリ,Jhumpa Lahiri,小川高義
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2003/02/28
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この短編集に、雨は出てこない(と思う)。のだが、全体に漂う静けさと、どこかしらアジアを感じさせるような湿度の高さが雨の日にぴったりである。
表題作『停電の夜に』は、アパートが毎晩1時間停電になることになり、ロウソクを灯したどこかしら非日常な食卓で、秘密を打ち明け合う若い夫婦の物語。
『セクシー』は、不倫をしている若い女性・ミランダがひょんなことから友人のいとこの子供を預かる話。くだんのいとこは、夫が不倫したらしい。離婚も視野に入れているとか。
その子供は、ミランダがドレスアップしたところを見て、「セクシーだ」と言う。「その言葉の意味分かってるの?」とミランダが尋ねると、子供は小さい声で言う。
知らない人を好きになること。
……おとうさんがそうなったんだ。知らない人が隣の席にいて、それがセクシーな人で、おかあさんよりそっちのほうが好きになった。
ミランダは、子供が目撃したのであろう夫婦喧嘩について思いを巡らせる。
そして自らの不倫相手に、「もう会えない」と告げるのだった。
ジュンパ・ラヒリはお気に入りの作家の一人。どの作品も素晴らしいが、この短編は特におすすめ。
『エレンディラ』ガブリエル・ガルシア=マルケス
- 作者: ガブリエルガルシア=マルケス,鼓直,木村栄一
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1988/12/01
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この短編集に含まれる「大きな翼のある、ひどく年取った男(Un señor muy viejo con unas alas enormes)」は、雨が降り出して三日目に浜辺で大きな羽の生えた老人を見つけた村人の物語。
老人を天使だと言い張る村人もいるが、
我慢のならない日なた臭さが体に染みつき、翼の裏側には海藻がびっしり生え、大きな羽毛は地上の風に痛めつけられていた。
雨の匂いや、灰色の空や海が目に浮かぶような話だ。
初めてのガルシア=マルケスとしてもおすすめの一冊。
『思い出のマーニー』ジョーン・G・ロビンソン
ジブリプロダクションがアニメ化したことで有名になったこの作品。
岩波少年文庫を読んで育った方にとっては(私も!)思い出深い作品なのではないだろうか。
家族を失い、学校にも馴染めないアンナは静養のため海辺の村を訪れる。(ただし、避暑地のような場所ではない。イギリスなので、海辺の村といえども、どこかぬめぬめ、じっとりしている沼のような海がある村、なのだ)
アンナはある日「湿地屋敷」と呼ばれているお屋敷に住むマーニーという少女と知り合う。
仲良く過ごすアンナとマーニーはひょんなことから仲違いしてしまう。その後マーニーは引っ越すこととなり、最後に二人が会うのは激しい雨が降る日。屋敷の窓から見えるマーニーの姿は、雨でだんだん見えなくなる……。
その後、湿地屋敷には別の家族が移り住み、アンナはその家族とも仲良く接するようになる。そして屋敷で見つかったマーニーの日記をアンナも見せてもらうのだが……。
『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ
- 作者: ミランダ・ジュライ,岸本佐知子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/08/31
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ミランダ・ジュライの短編に登場する人々はみな、心の中に寂寥感を抱えていて、それがなんとなく雨の日に感じる寂しさとリンクする。でもその寂しさは、心地よくもある。
温かい飲み物でも作って、ソファに丸まって読みたい1冊。
『密会』ウィリアム・トレヴァー
- 作者: ウィリアムトレヴァー,William Trevor,中野恵津子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/03/01
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アイルランド人作家トレヴァーによる短編集。どこにでもいそうな人々の、忘れられない出来事を描いている。カフェなどでじっくり読んで、外に降る雨を見ながら反芻したくなるような作品ばかり。
雨はほとんど出てこないけれど、原初の表紙(Penguin Books)は傘をさす男女の写真だった。
『フランケンシュタイン』メアリー・シェリー
パーシー・シェリーと駆け落ちし、バイロン卿の館に身を寄せた作家のメアリー・シェリー。梅雨みたいに長引く雨で、屋敷に閉じ込められていたとき、バイロン卿はシェリーを含む友人らに「1人1話ずつ怪談(ghost story)を書こう」と提案した。
このとき構想を練り始め、後になってシェリーが書き上げたのが『フランケンシュタイン』ということで、なんとなく雨の日に読み返したくなる。
『愛は束縛』フランソワーズ・サガン
- 作者: フランソワーズサガン,Francoise Sagan,河野万里子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/10
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江國香織が自身のエッセイの中で、
お酒をたっぷり吸ったブランデーケーキみたい
と評していたサガンの小説。まさにその通りである。
甘すぎて頭痛がするほどの香水の香りが、パリの街の雨の匂いとまざりあっているような。小説に登場する音楽も「にわか雨」と、雨を五感で感じさせてくれる小説。
Bangkok Wakes to Rain / Pitchaya Sudbanthad
東南アジア版リョサの趣もあり、プイグを彷彿とさせるようなところもあり、大好きな小説。19世紀から未来(2040年頃)にわたるバンコクという都市を描いた、今や半分バンコクを離れてしまった著者からの、バンコクへの愛と賛歌。
時代も国籍も性別も人間・非人間まで入り乱れてごった煮のように始まる小説のあり方が、混沌としたバンコクという都市そのもののようで心を惹かれる。雨がよく降り湿度が高く、いつもみずみずしく潤んでいるようなバンコクの街を味わうことができる。
番外編
日本文学では、『たけくらべ』の後半に出てくる雨がなんとも言えず印象的だと思う。
雨の日、主人公・美登利の家の前で下駄の鼻緒が切れてしまい、立ち往生する信如。
美登利は顔を赤くして信如を見つめるが、信如は美登利を無視する。美登利は何も言わないまま、赤い縮緬手ぬぐいを信如に向かって投げ、その場を立ち去るのだった。
ほとんど会話のないまま幼い恋心が芽生え、実ることなく二人は分かれた道を行くのだが、だからこそ季節の情景が匂いたつように美しい。
そして、『雨月物語』も。この現代語訳は本当に読みやすくておすすめ。
怪談だけれど、ここに収録されたお話はどれも温かい雨の中でおぼろげに見える月のような、どこか優しい作品ばかり。
ちなみに、カルロス・フエンテスの短編「アウラ」は『雨月物語』の「浅茅が宿」からインスピレーションを受けて書かれたそう。
梅雨は読書にぴったりの季節ですね。
みなさま、素敵な本と楽しい時間をお過ごしください♡
www.tokyobookgirl.com
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