[Капитанская дочка]
もう始まってしまいました、宝塚・宙組による『黒い瞳』の博多座公演が。このブログを見てくださる方は海外文学好きな方がほとんどだと思うので、「宝塚なんのこっちゃ」かもしれないけれど、この上演作品の原作は『大尉の娘』、主人公の名前が変わっているものの大筋は同じで、「大尉の娘」たるマーシャと恋に落ち、プガチョフと友情を結ぶ青年貴族の物語である。
*2020-04-19
光文社古典新訳文庫からも発売に。
岩波文庫は絶版、単行本なら未知谷から出版されているようだ。私は上記の、新潮社から出ているKindle版を読んだ。
訳者は中村白葉で1954年に訳されたものと古いが、読みにくさはほとんど感じられなかった。
『大尉の娘』
なぜプーシキンは大詩人と讃えられるのか? ちなみに私には学生の頃プーシキン研究をしていた友人があり、この辺りは何度も教えてもらった記憶があるのだが、面白く解説してある記事があったのでリンクを貼っておく。
つまりはジャンルを問わず書いて書いて書きまくりロシア文学の礎を築いた、というところなのかな。
『大尉の娘』は彼の作品の中ではそれほど多くない散文小説で、プガチョフの乱を元にして創作された恋愛物語だ。
のびのびと育った青年貴族のピョートル・アンドレーイチは十七になると「しっかり働いて欲しい」という父親の思いもあり、軍隊に務めることとなる。
「やった〜、都会で生活できるぜい」と喜んだのもつかの間、ものすごい田舎で勤務することになり落胆する。ピョートル・アンドレーイチはちゃっかり者の召使い、サヴェーリイチと二人で旅立つ。
途中で道に迷うが、出くわした男に道案内をしてもらい、こと無きを得る。ピョートル・アンドレーイチは、ぶつくさ言うサヴェーリイチを無視して、薄着だった男に兎の皮衣をくれてやるのだった。
さて、勤務地に着くとピョートル・アンドレーイチは長閑な日々を送ることとなる。大尉の娘であるマーシャ(マーリヤ・イワーノブナ)と恋に落ち、シワーブリンという若者と恋の鞘当てをし、青春を謳歌する。
ところが平和な日々は長くは続かず、プガチョフの乱が巻き起こると攻めてくるコサックたちと戦うことになる。あわや殺されるかと思いきや、なんとプガチョフが、以前兎の皮衣をくれてやった男だということが判明し、敵同士のはずなのに奇妙な友情が芽生え……。
という兵隊勤めの苦労話あり、ユーモアあり、恋愛あり、友情ありの今読んでもただただ楽しめる小説である。
絵に描いたようなおっとりしたボンボンのピョートル・アンドレーイチが、「薔薇色の丸顔をした」低脳女だと思っていたマーリヤ(本当はすごく賢い)と恋に落ち、サヴェーリイチはピエロ的な役割を果たし、プガチョフは敵にもかかわらずひたすら格好良く描かれている。
その中に、白馬に跨り、抜身の剣をひっさげて、真紅の長衣をまとった男がひとりいたーーそれが当のプガチョーフであった。……(略)……彼の顔立は端正で、可なり感じがよく、兇暴らしい様子は少しもなかった。
やはり、共通点など何もなさそうな男二人の不思議な友情が心に残る。
エカテリーナ二世も登場するだけでなく物語に絡んでくるし、当時のロシアの情勢を知るにもぴったりの一冊だ。
宝塚の「ここがすごい」話
さて、『黒い瞳』で青年貴族ニコライ(ピョートル・アンドレーイチのこと、名前が変わっている)を演じるのはスターオーラがまばゆいばかりの宙組トップスター真風涼帆さん、マーシャを演じるのはいつまでも可憐で初々しいが相当の実力派・トップ娘役の星風まどかさん。プガチョフを演じるのは、一癖も二癖もある人物を演じさせたら天下一品の愛月ひかるさん(以前ラスプーチンを演じ喝采を浴びたこともある)。
今の宙組にぴったりの演目なので、本当に楽しみ!
本ブログを読んでくださる方にとっては「宝塚なんのこっちゃ」かもしれない……と冒頭に書いたのだけれど、宝塚で上演されている海外文学が原作の作品って素晴らしいものばかりなのだ。有名どころでは『風と共に去りぬ』が挙げられるのだが、それだけではない。『ドクトルジバゴ』から『ギャツビー』まで、色とりどりの作品が名うての脚本家によって舞台に仕立て上げられる。
上映時間は約二時間半、よくもここまでと思うくらいポイントを掴んで素敵にまとめあげられていると思う。
先日感想を書いた『アンナ・カレーニナ』では、冒頭で、貴族の館で供される晩餐会で出てくる食べ物と登場人物を重ね合わせて紹介する、という工夫が、アンナの兄でグルメなオブロンスキーの小説における食のエピソードと相まって分かりやすく面白かったし、とにかく海外文学原作の作品にがっかりさせられたことは一度もない!
ちなみに宝塚は世界的に見ても、商業という面で大成功を収めている劇団であり(母体が阪急、トップスター制度、などなど理由はいくつもあるが)、タカラジェンヌの美貌と才能だけではなく、小道具や舞台セットの精巧さ・贅沢さ、生オーケストラ、オリジナル脚本の素晴らしさ、お衣装の美しさ、たくさんの組子(団員)を総動員して作り上げる舞台の豪華さには息を飲む。
海外ミュージカルを再演する場合も、歌詞やセリフの翻訳の素晴らしさは日本の他の劇団と比べてもピカイチだと感じられる。こういうところまでお金がかかっているのではないかな、と。
海外文学ファンとしては見て損はないと思う。チケットは友の会などに入っていないと入手困難なことが多いので、初めての方は映画館でのライブビューイングに足を運ぶことをおすすめします。