GWまでもう少し。ニューヨーク編*1に続いて、今日はスペインを舞台にした小説を思いつくままあげてみる。
現代スペイン文学はさほど日本語に翻訳されないのが残念。それでも、いい作品はたくさんある。
スペインに行く際はぜひお供に。脳内スペイン旅行にも!
- 『白い心臓』ハビエル・マリアス
- 『これもまた、過ぎゆく』ミレーナ・ブスケツ
- 『黄色い雨』フリオ・リャマサーレス
- 『グルブ消息不明』エドゥアルド・メンドサ
- 『ロルカ詩集』ガルシーア・ロルカ
- 『緑の瞳・月影』ベッケル
- 『ドン・キホーテ』セルバンテス
- 『わがシッドの歌』
- 『螺旋』サンティアーゴ・パハーレス
- 『プラテーロとわたし』J・R・ヒメーネス
- 『蝶の舌』マヌエル・リバス
- 『カルメン』プロスペル・メリメ
- 『誰がために鐘は鳴る』アーネスト・ヘミングウェイ
- 『陽はまた昇る』アーネスト・ヘミングウェイ
- 『なにもない』カルメン・ラフォレット
- 『ダイヤモンド広場』マルセー・ルドゥレダ
- 『ぼくを燃やす炎』マイク・ライトウッド
- 番外編
- スペイン各都市を舞台にした小説リスト
- 内戦時および内戦後のスペインを舞台にした小説リスト
せっかくなので、スペイン人作家による小説から。
『白い心臓』ハビエル・マリアス

- 作者: ハビエルマリアス,Javier Mar´ias,有本紀明
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2001/10
- メディア: 単行本
- 購入: 2人 クリック: 9回
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原題はCorazón Tan Blanco(こんなにも白い心)。
なんというか非常にスペインらしい作品。スペインで、夜中のラジオ番組の告白コーナーを聞いているような気分にさせられる。
「話を聞く」という行為を通して共犯者となってしまう男と女の関係の危うさを描いており、それぞれのエピソードが鮮やかで映像のように美しく記憶に残る。エピソードがまとまって1つになる最後も圧巻。舞台は主にマドリードだが、ハバナ、ニューヨーク、ジュネーブなども出てくる。
原文が話し言葉のような散文的な文章で書かれており、これは日本語からはかけ離れた書き方だと思う(スペイン語やフランス語ではままある文章)。それに伴い訳も分かりにくいところがあるので、海外文学にある程度親しんだ方におすすめ。
タイトルの『白い心臓』は『マクベス』がモチーフになっている。罪を犯したマクベスと話す、マクベス夫人の言葉である。
My hands are of your colour; but I shame
To wear a heart so white.
Mis manos son de tu color, pero me avergüenzo de llevar un corazón tan blanco.
私の手はあなたと同じ色。でも、
私は心臓までそんな風に青白くしたくない。
ハビエル・マリアスはノーベル文学賞候補とも言われる作家。
『これもまた、過ぎゆく』ミレーナ・ブスケツ
現代スペイン文学はなかなか日本語訳されないので、2016年に出版されたこちらは貴重な一冊。
バルセロナに住むブランカは著名人だった母を亡くしたばかり。元夫や現恋人たちとともに、母が残したカダケスの家を訪れる。しっちゃかめっちゃかになった彼女の心を描き出す夏休みの物語。
『黄色い雨』フリオ・リャマサーレス
アイニェーリェ村は過疎化が進み、今や住む人はほとんどいない。
主人公は、妻と犬と最後まで村に残った男である。人間が生まれ死んでいくように、繁栄しその後収縮、死に絶えていく村。男が語る断片的な記憶から、彼が愛した人や村が立ち上がってくるよう。
アイニェーリェ(Ainielle)はスペインの北部、フランスと接するアラゴン州に実在する村である。
リャマサーレスの小説から受けるイメージそのままの風景が広がっているようだ。
『グルブ消息不明』エドゥアルド・メンドサ

グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし―スペイン編)
- 作者: エドゥアルドメンドサ,Eduardo Mendoza,柳原孝敦
- 出版社/メーカー: 東宣出版
- 発売日: 2015/07/17
- メディア: 単行本
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この小説の舞台はオリンピック開催を控え、日々目まぐるしく変化していくバルセロナ(バルセローナ)。
この地に降り立った宇宙人グルブが行方不明となり、グルブと行動を共にしていたもう一人の宇宙人(名前は語られない)がグルブを探し回るという奇想天外の話なのだが、人間を観察する視点がめちゃくちゃ面白く、癖になる一冊。
もしかして、今までの人生で出会った少し奇妙な人々は宇宙人だったのかもしれないと考えてしまう。
バルセロナの穏やかな海や夏の空気、美味しいごはん(チューロス! ポルボローネス!)も多く登場し、なんだか主人公と一緒に街を散策している気分に浸れる。
『ロルカ詩集』ガルシーア・ロルカ

- 作者: ガルシーアロルカ,Garc´ia Lorca,小海永二
- 出版社/メーカー: 土曜美術社出版販売
- 発売日: 1996/11
- メディア: 単行本
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フェデリコ・ガルシーア・ロルカは1920-30年代に活躍し、スペイン内戦時代にファシストに銃殺された詩人である。その後、フランコ大統領が70年代に死去するまでロルカの作品はスペインでは発禁となり、人々はロルカの作品を語ることも許されなかった。
彼の詩はどれも自由や愛や死で溢れており、スペインという国に対する思いをひしひしと感じることができる。
一番有名な詩は、"Romance Sonambulo"(「夢遊病者のロマンセ」)だろう。
Verde que te quiero verde.
Verde viento. Verdes ramas.
緑色 わたしの好きな緑色
緑の風、緑の枝よ
というなんとも印象的な言葉から始まるこの詩は、読んだ瞬間からさーっと緑色の風が吹き抜けるのが目に見えるようである。まるで、5月そのもののような。
私がこの詩に出会ったのは大学のスペイン文学の授業でだったが、あまりの美しさに読んだ瞬間に「わーっ」と小さく叫んでしまったことを今でも覚えているほどだ。
『緑の瞳・月影』ベッケル
モデルニスモに多大なる影響を与え、国民的詩人として愛されるベッケルがスペインの伝説をもとに描いた短編集。
妖精や妖怪というものは、どこの国にも面白い言い伝えがあり魅力的だが、ベッケルの描く「この世」と「ここではない世界」の境界線は限りなく薄い。南スペインの描写や森の風景、緑の瞳を持つ女はひたすら美しくて幻想的。
マドリードに憧れ、若い時に故郷セビーリャを飛び出したベッケルだが、この本に描かれているのはセビーリャやトレドといった南の街ばかり。貧しい暮らしの中で故郷を恋しく思っていたのだろうか。
『ドン・キホーテ』セルバンテス
一番有名なスペイン文学は、やっぱり『ドン・キホーテ』だろう。
騎士道物語を読みすぎて現実と物語の世界の区別がつかなくなり、騎士になったつもりで冒険に乗り出すラ・マンチャのドン・キホーテと、彼を取り巻く人々の物語。
出版当時(17世紀)は騎士道物語をおちょくったコメディとして好評を博したが、現代ではドン・キホーテの感情を重視した「悲劇」として、また「理想をあきらめない、いつまでも夢を見る男」=「理想の生き方」としての読み方が主流になっている(気がする)。
『わがシッドの歌』
Cantar de Mio Cid という武勇伝はまさにドン・キホーテが憧れる騎士の物語であり、最古のスペイン文学にして、その礎である。
エル・シッドはレコンキスタ時代の英雄。ブルゴスの領主で、カスティーリャ王のためにセビーリャを守ろうと奮闘する。語り口がユニークで面白い。
スペイン文学を深く知りたい方におすすめ。
『螺旋』サンティアーゴ・パハーレス

- 作者: サンティアーゴパハーレス,木村榮一
- 出版社/メーカー: ヴィレッジブックス
- 発売日: 2010/02/27
- メディア: 単行本
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ベストセラー小説『螺旋』の作者トマス・マウドは、本名や住所を明かさない謎多き作家。彼を見つけ出すよう社長に命じられた編集者のダビッドは妻とともに、マウドがいると噂されているピレネー山脈近くの村を訪れる。
一方、麻薬中毒者の青年はフランは偶然『螺旋』を手に入れ読み始める。
ミステリーがお好きな方に。
『プラテーロとわたし』J・R・ヒメーネス
ノーベル文学賞を受賞した詩人、フアン・ラモン・ヒメネスによる「散文詩集」。
「わたし」は、お月様のような銀色をした可愛いロバのプラテーロに延々と話しかける。子供も大人も楽しむ事ができる物語だが、ロバや蝶々といったスペインらしいモチーフを楽しむことができるのは大人の特権かもしれない。
舞台となったヒメネスの故郷モゲールはのどかな田舎町。プラテーロの銅像も建っている。
『蝶の舌』マヌエル・リバス

- 作者: マヌエルリバス,野村美也子,Manuel Rivas,野谷文昭,熊倉靖子
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2001/07/13
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ガリシア出身の作家マヌエル・リバスが、全編ガリシア語で書いた短編小説集。
美しく牧歌的な風景があると思えば、現代を生きる人々の喜びや悲しみも色鮮やかに描かれている。
いくつかの短編を1つのストーリーに仕立てたものが映画化もされていて、好評を博した。
マヌエル・リバスが2016年に受けたインタビューを見つけたので、リンクを貼っておく(タイトルは「ガリシアは悲しい顔をしたマスクだ。内側の顔は笑っている」)。
Manuel Rivas: "Galicia es una máscara triste que tiene detrás un rostro que ríe" - LA NACION
『カルメン』プロスペル・メリメ
ずばり、「フランス人が見たスペイン」。
スペイン旅行をしたフランス人作家がスペインで得たインスピレーションを元に書き上げた物語。奔放で美しい女、カルメン。とんでもない女だと思いながらも惹かれていくホセ。どんなにあけすけな嘘をつかれても、彼女を信じたいと思ってしまう気持ち。
悪女といえば、カルメン
赤いバラといえば、カルメン
黒髪といえば、カルメン
スペインといえば、カルメン
という様々なイメージの泉というかアイコンになっていることが、メリメの作り上げたカルメンという女性の圧倒的なパワーを物語っている。
ちなみにメリメ自身が描いたカルメンの絵はこちら。ふっくらした頬とつり上がった涼しげな目元が印象的。いかにも、という悪女ではなく一見清楚だが実は悪魔…というのがfemme fataleの定説なのだろうか。
オペラにも映画にもフラメンコショーにもなっている『カルメン』だが、このDVDは本当に珠玉の名作! かなりおすすめ。
アントニオ・ガデス舞踏団という実在する舞踏団が出演している。
ストーリーは、こんな感じ。
『カルメン』を踊ることになった舞踏団。ホセ役を務めるアントニオ・ガデスは新人カルメンをカルメン役に起用する。リハーサルを続けていくうちに、アントニオはカルメンを本当に愛するようになる。しかし、彼女が舞踏団内で浮気をしたことに嫉妬し……。
『カルメン』の練習をする登場人物を、それぞれが演じる役と同じ運命が待ち受けている。フラメンコも美しい。
スペイン内戦を描いた作品、といえば。
『誰がために鐘は鳴る』アーネスト・ヘミングウェイ
アメリカ人の義勇兵ロバートは、スペイン内戦に参加する。
その活動の中で、ゲリラのグループと協業することになるのだが、ゲリラがかくまっていたスペイン人の娘マリアと激しい恋に落ちる。
恋愛小説、ではあるのだが、そこはel macho(エル・マッチョ)のヘミングウェイ。彼がスペイン・スペイン人から受けたイメージや内戦についての意見が熱く語られている。www.tokyobookgirl.com
『陽はまた昇る』アーネスト・ヘミングウェイ

- 作者: アーネストヘミングウェイ,Ernest Hemingway,高見浩
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2003/06/28
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こちらも、ヘミングウェイによるスペイン内戦を舞台にした小説。
アメリカのロスト・ジェネレーション(第一次世界大戦を背景に育った世代、いわゆるフィッツジェラルドの世代)はあまり未来に期待を抱いていない。ロバート・コーンはそんな若者の一人である。仕事も結婚生活もうまくいかず、どちらにも終止符を打ちパリを訪れる。
その後ジェイクというアメリカ人男性、ブレットというイギリス人女性と知り合い、サン・フェルミンの闘牛を見物するために3人はスペインのパンプローナへ旅行するが……。
『なにもない』カルメン・ラフォレット

Nada: Una novela (Modern Library Classics)
- 作者: Carmen Laforet,Mario Vargas Llosa
- 出版社/メーカー: Modern Library
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Carmen LaforetのNadaもバルセロナを舞台にした素晴らしい小説。レビューはこちら。
<Update: 2019-02-03>
60数年ぶりに? 日本語訳が出版されたということで、リンクを貼っておく。
『ダイヤモンド広場』マルセー・ルドゥレダ
こちらも、内戦下のバルセロナを舞台とした作品で、ナタリアという女性の少女時代から、子供たちが大きくなるまでを描いている。自由気ままで歌うような文章が特徴的で、読書を通して彼女の一生をともに辿ることができるのは大きな喜びだ。
『ぼくを燃やす炎』マイク・ライトウッド
スペイン在住の人気ブロガー(兼翻訳者)が自身や知り合いの若者らの恋愛体験(LGBTQ)を綴った物語。ジョン・グリーンの小説や映画『ウォールフラワー』が登場したりと、スペインらしさは全くないのだけれど、逆に現代社会に暮らす若者の苦悩や喜びが身近に感じられる。とともに、小さな村の閉鎖性、主人公を苦しめるマチスモなども本を通じて知ることができるYA小説。
番外編
ペドロ・アルモドバル監督による映画の原作シナリオ。映画も素晴らしいが、シナリオに見るマドリードの様子や、そこに暮らす人々も素晴らしい。
『エル・カミーノ』、『風の影』もスペイン人作家の作品としてよく名前が挙がる小説。

- 作者: ミゲルデリーベス,Miguel Delibes,喜多延鷹
- 出版社/メーカー: 彩流社
- 発売日: 2000/02/01
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- 作者: カルロス・ルイスサフォン,Carlos Ruiz Zaf´on,木村裕美
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- 作者: カルロス・ルイスサフォン,Carlos Ruiz Zaf´on,木村裕美
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『風の影』の舞台はバルセロナ。
こんなのも見つけたのでリンクを。
スペイン各都市を舞台にした小説リスト
スペイン文学で注目されるのは、やはりスペイン内戦時代に書かれた作品だろう。
下記は、"Novelas ambientadas en la guerra civil y la posguerra"ということで
内戦時および内戦後のスペインを舞台にした小説リスト
こうして書いているだけで、またスペインに行きたくなってきました。
それではみなさま、今日もhappy reading!
*1:ニューヨーク編はこちら。