トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『ラテンアメリカ怪談集』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス他(鼓直 編)

 最近、絶版してしまったモダンクラシックな作品の復刊が相次いでいて嬉しい。『ラテンアメリカ怪談集』は、1990年代に河出文庫にて発売されていたそうなのだけれど、私が読みたいと思った頃にはすでに絶版となって久しかった。Amazonで古本を探してみても、何千円もするので購入を躊躇していたところ、なんと復刊されているじゃありませんか! ちなみに購入したのは近所の紀伊國屋書店で、「紀伊國屋書店限定復刊」という帯がついていたのだけれど、Amazonやその他書店でも購入できるようす。

ラテンアメリカ怪談集 (河出文庫)

ラテンアメリカ怪談集 (河出文庫)

 

 「怪談」というからには、やはり夏に読むのがぴったりな気もする。日本でいう「怪談」というおどろおどろしい感じはもちろんなくて、幻想文学の類が多いのだけれど、暑さでクラクラきた頭で読むのが向いているような。

 何より嬉しいのは、今は日本語で読むことのできない作家の作品が収録されていること。シルビナ・オカンポ(ビオイ=カサレスの妻)、レサマ=リマ、エクトル・アドルフォ・ムレーナ、フリオ・ラモン・リベイロなどである。

 それぞれの感想を簡単にまとめる。私のお気に入りは、「リダ・サルの鏡」(アストゥリアス)、「ポルフィリア・ベルナルの日記」(オカンポ)、「魔法の書」(アンデルソン=インベル)、「波と暮らして」(パス)、「大空の陰謀」(ビオイ=カサレス)、「騎兵大佐」(ムレーナ)です。

 

「火の雨」ルゴネス(アルゼンチン)

 快楽の限りを尽くし、全てに飽いてしまった語り手の家に降り注ぐ火の雨という、ゴモラの話。顔に火の粉を感じるような熱さのある描写と、締めくくり方が秀逸。ボルヘスやカサレスに影響を与えたとされる作家だが、この著者の「火」の使い方はコルタサルなどより後世の作家も意識したにちがいない。

 

「彼方で」キローガ(ウルグアイ)

 ロミオとジュリエットのごとく、付き合うことを許されなかった恋人たちが心中を図り、幽霊になってからもデートを重ねる。彼方で幽霊となった二人を待ち受けているのは一体何なのか。死に対するキローガの執着心を感じる。

 

「円環の廃墟」ボルヘス(アルゼンチン)

 『伝奇集』に収録されている短編。とにかく、いろいろな場所に抜き出されているという印象。夢、円形、宇宙、炎など、ボルヘスが一生のテーマとしたモチーフがちりばめられて、最もボルヘスらしい作品かもしれない。

 

「リダ・サルの鏡」アストゥリアス(グアテマラ)

(お気に入り)

 どことなく八百屋お七など、日本の怪談を彷彿とさせる物語。おまじないで、好きな人と結婚できるという噂がまことしやかに流れる街で、一人の青年を巡って起きた事件が描かれている。アストゥリアスは『大統領閣下』を長らく積んだままにしているので、さっさと読もうと決心した。

 

「ポルフィリア・ベルナルの日記」オカンポ(アルゼンチン)

(お気に入り)

 ようやく女性作家の登場。ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』にインスパイアされて書いた物語で、冒頭はかなり似通っている。でもそこから、背筋も凍るような展開が待ち受けている。家庭教師と娘の衝突、天使のように見える娘の綴る日記はまさにホラー。

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「吸血鬼」ライネス(アルゼンチン)

 吸血鬼の映画を撮影しようと、古い城を訪れた面々を待ち構えていたのは、まるで映画から抜け出してきたようないでたちの老男爵。ゆかいな逸品。

 

「魔法の書」アンデルソン=インベル(アルゼンチン)

(お気に入り)

 夏休みを迎えた日に古本屋でとても不思議な本を見つける主人公。とうてい読めない文字で書かれたその本は、最初から休まず読む時だけ解読可能になるのだ。「読む」という大仕事にとりかかるため、食料を買い込み、頭痛に備えてアスピリンや目薬、眠気覚しも購入。とにかくひたすら読むことに熱中するのだ。いや〜、なんて楽しそうなの! この読書体験は読んでいるだけでワクワクしてしまう。

 

「断頭遊戯」レサマ=リマ(キューバ)

 中国の幻術師の物語。行く末を暗示するかのような鳥の描写が印象的。

 

 「奪われた屋敷」コルタサル(アルゼンチン)

 ちょうど、光文社版を読んだばかりの短編。

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「波と暮らして」パス(メキシコ)

(お気に入り)

 これまた様々な短編に収録されている人気作品。間違いなくオクタビオ・パスの最高傑作の一つで、最も好きな短編。波が人間の男に恋をし、家にまでついてきてしまうというマジック・リアリズムな作品で、この波の描写がなんとも色っぽく、美しいカーブはまるで人間の娘のよう。最初の蜜月から怒りくるう場面、そして唐突に訪れる別れまで、これほど魅惑的なラブストーリーはなかなかない。

 

「大空の陰謀」ビオイ=カサレス(アルゼンチン)

(お気に入り)

 「異世界に迷い込む」話がお好きな方にはたまらないと思う。

 

「ミスター・テイラー」モンテローソ(グアテマラ)

 先進国と後進国の軋轢、人間が滅ぼし続ける自然や資源について警告するかのような作品。

 

「騎兵大佐」ムレーナ(アルゼンチン)

(お気に入り)

 死神を描いた物語なのだが、死神の毛やら匂いやら、異様なまでにリアリスティックで、ラテンアメリカにおける死生観と日本のそれとの違いをまざまざと見せつけられる。

 

「トラクトカツィネ」フエンテス(メキシコ)

  「アウラ」の原案ともされる作品。

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「ジャカランダ」リベイロ(ペルー)

 妻を亡くした大学教授が陥る永遠のループ。何度読んでも楽しい。何度読んでも、いろいろな解釈が考えられるような。

 

 鼓直編、ということで鼓さんも含む様々な翻訳家さんが翻訳された作品が収録されているのだが、すごいことに気づいた。鼓さんの翻訳の大ファンで、鼓さんが手がけた作品ばかり読んでいる私。最初の1〜2行を読んだだけで、「これは鼓さんの作品だ!」と分かるようになっていた(驚)。とてもリズムがよくて、自然で、日本語のような文章の長短がつけられているのです。英語文学だと、小川高義さんの翻訳に近い気がする。なので、小川さんファンのみなさまがラテンアメリカ文学を読むなら、まずは鼓さん作品がおすすめです。

 

 ちなみに、この本が河出文庫で出版された1990年代には他にも『東欧怪談集』やら『フランス怪談集』やらも発売されていたそうで、是非他の地域バージョンも復刊していただきたいです。今年の猛暑に最適だと思う。

 

 こちらは、どちらかというと地に足のついた(それほど幻想的ではない)ラテンアメリカの短編集で、こちらもおすすめ。

ラテンアメリカ五人集 (集英社文庫)

ラテンアメリカ五人集 (集英社文庫)

  • 作者: ホセ・エミリオパチェーコ,カルロスフエンテス,オクタビオパス,ミゲル・アンヘルアストゥリアス,マリオバルガス=リョサ,Jos´e Emilio Pacheco,Miguel Angel Asturias,Mario Vargas Llosa,Octavio Paz,Carlos Fuentes,安藤哲行,牛島信明,鈴木恵子,鼓直,野谷文昭
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2011/07/20
  • メディア: 文庫
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