トーキョーブックガール

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『20世紀ラテンアメリカ短篇選』 野谷文昭 編訳

楽しみに待っていた岩波文庫の『20世紀ラテンアメリカ短篇選』。表紙からしてディエゴ・リベラで、気持ちが高まる。

20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫 赤 793-1)

20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫 赤 793-1)

 

 翻訳家の野谷文昭さんの編訳で、4部に分かれている。国でもなく、時代でもなく、ラテンアメリカ文学の発展の経過を表しているかのような4部だ。

1...多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶

2...暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・殺人

3...都市・疎外感/性・恐怖の結末

4...夢・妄想・語り/SF・幻想

これを見ただけで、読みたくなってしまいます。

 

今までに出版されている数々のラテンアメリカ短編集とは一味違う作品ばかりが集められていて、それでいてこれぞラテンアメリカ文学〜というものばかりである。

パス、フエンテス、リョサ、カサーレス、ガルシア=マルケスといった有名どころから、普段あまり入ってこないウルグアイやベネズエラの作家も取り込み、しかも「20世紀ラテンアメリカ文学」となると日本語訳では忘れ去られがちな女性作家が三名(エレーナ・ガーロ、イサベル・アジェンデ、アナ・リディア・ベガ)入っているところが良い。

マルケスも普通の短編ではなくヨーロッパを舞台とした『十二の遍歴の物語』から、アジェンデも先住民族を描いた作品を、という絶妙なチョイスが嬉しい。

20世紀の短篇ばかり、ということで意外と読んだことがあるものが多かったのだが、もう10年前の大学の授業で読んだようなものもいくつかあって、初めてのつもりで読み始めて「あれ……この話は知っている!」とデジャヴのような体験ができてなんだか楽しかった。

 

初読だった作品のみ、以下に感想を。

 

「トラスカラ人の罪」エレーナ・ガーロ(メキシコ)

[La culpa de los tlaxcaltecos, 1964]

第1部(多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶)に収められている作品。

ちなみにエレーナ・ガーロはオクタビオ・パスの妻で、日本に暮らしていた経験もあり。

とあるお金持ちの若奥様が旅行に行ってからというもの、トラスカラ人(メキシコの先住民族)と対立していたインディオ(アステカ)に取り憑かれてしまったかのようになる話。

当時の王国同士の対立と、スペイン-先住民の対立がせめぎ合うように溶け込んでいく。

ちょっと21世紀作家のマリアーナ・エンリケスのようでもある。 

わたしたちが火の中で失くしたもの

わたしたちが火の中で失くしたもの

 

ガーロの『未来の記憶』をそろそろ再読したい。

未来の記憶

未来の記憶

 

 

「物語の情熱」アナ・リディア・ベガ(プエルトリコ)

[Pasión de historia, 1987]

第2部(暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・殺人)。

めちゃくちゃユーモラスで面白かった短編。近所のアパートで起こった痴情のもつれによる殺人事件を小説に仕立てあげようとしている主人公は、大学時代の友人で現在はフランスに住んでいるビルマから遊びに来ないかとの誘いを受け、プエルトリコからフランスのピレネーへと旅立つ。

ビルマのフランス人夫の両親の家で生活することになるのだが、すぐにビルマと夫との仲がうまくいっていないことが判明し……。

タイノ族の姫君だの、青髭だの、ビルマ・ボヴァリーだの、面白い比喩を駆使しまくって語られるので、プロットがありきたりな感じが全くしない。

もっと読みたいな、アナ・リディア・ベガ。 

Pasion de historia / History Pasion

Pasion de historia / History Pasion

 

 

 「快楽人形」サルバドル・ガルメンディア(ベネズエラ)

[Muñecas de placer, 1966]

第3部(都市・疎外感/性・恐怖の結末)。

快楽を得る、ということを追求している主人公をやたらと詩的に描いた作品で、森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』を思い出してしまった。

 

「時間」アンドレス・オメロ・アタナシウ(アルゼンチン)

[Tiempo, 1981]

第3部(都市・疎外感/性・恐怖の結末)。

非常に繊細で、ヨーロッパ文学の影響を色濃く感じさせる作家。 

物語の表面上だけではなく奥にも横にも別の時間が流れていて、時を集めたものを小さな作品に仕立て上げたような短編。少しポーのようでもある。

 

「リナーレス夫妻に会うまで」アルフレード・ブライス=エチェニケ(ペルー)

[Antes de la cita con los Linares, 1974]

第4部(夢・妄想・語り/SF・幻想)。

ラテンアメリカお得意? の夢についての物語。とにかく主人公が精神科医相手に喋る喋る、次々と夢か現かというエピソードが現れ、脈絡もない夢をこちらが見ている気になってしまう。

 

「水の底で」アドルフォ・ビオイ=カサーレス(アルゼンチン)

[Bajo el agua, 1991]

第4部(夢・妄想・語り/SF・幻想)。

アンデスの山奥、静かな湖のほとりに静養にやってきた主人公。湖には鮭や鱒が住んでいるという。そのうち、近くに一軒だけある家に住まう医師の姪と親しくなるのだが、彼女には非常に年の離れた恋人がいるということを知り……。

主人公は恋を知り、積極的に行動を起こす(どちらかというと女性主導だが)にも関わらずスノードームの中のごとく独特な静謐な空気が漂っている。さざなみも立たないような湖を覗き込んでいるような気持ちにさせられる。

 

とても面白かった。

とともに、ぜひ21世紀ラテンアメリカ短篇選も出版していただきたいなと切に願う。

特に女性作家。今を生きる作家たちの作品ももっと読みたいと思っているのは決して私だけではないはず。