2月27日がやってきました。
今年国際ブッカー賞*1のロングリストにノミネートされたのは、この13作品。
審査員には、2018年ブッカー国際賞を受賞したオルガ・トカルチュクの『逃亡派』の翻訳者ジェニファー・クロフト(Jennifer Croft)や、『俺の歯の話』の著者バレリア・ルイセリ、1970年代のインド・ボンベイにおけるオピウムを描き2012年のブッカー賞にノミネートされたNarcopolisの著者Jeet Thayilが名を連ねる。
この人たちがどういう本を選ぶのかと期待が高まるのだが、リストを見ていると本当に例年以上に「とにかく面白そう」「読みがいがありそう」な本が多くあり、読みたいリストがどんどん長くなってしまいそうだ。
インディーズ系出版社から出た作品が多いのも今年の特徴。
- Red Dog
- The Enlightenment of the Greengage Tree
- The Adventures of China Iron
- The Other Name: Septology I-II
- The Eighth Life
- Serotonin(セロトニン)
- Tyll
- Hurricane Season
- The Memory Police(密やかな結晶)
- Faces on the Tip of My Tongue
- Little Eyes
- The Discomfort of Evening
- Mac's Problem
- トーキョーブックガールの読みたいリスト
Red Dog
著者:Willem Anker(南アフリカ・アフリカーンス語)
翻訳者:Michiel Heyns
世界文学に特化したPushkin Press(以前レビューを書いたカフカの作品もこの出版社のもの。個人的には1月に発売されたMazel Tovという作品が気になっているところ)から出版された一冊。
舞台は18世紀末、ケープ植民地にてコーサ族とともにボーア人・英国人と戦ったCoenraad de Buys(実在の人物)が主人公だ。
混血が進んだ彼の一族や、血塗られた南アフリカの歴史を紐解く。
南アフリカというとどうしても英語作家の作品に焦点が当たりがちなので、新鮮に感じる。
The Enlightenment of the Greengage Tree
著者:Shokoofeh Azar(イラン・ファルシ/ペルシア語)
翻訳者:Anonymous
The Enlightenment of the Greengage Tree (English Edition)
- 作者:Azar, Shokoofeh
- 発売日: 2020/01/07
- メディア: Kindle版
作者がAnonymousかと思ったら、翻訳者だった。どういうこと? 気になる。
1979年のイラン革命直後のイランを描いた物語。
古典的なペルシアのストーリーテリングという、シェヘラザードのような、マジックリアリズム的な手法を用いて、革命に巻き込まれていく家族を見つめる。
時期としては、マルジャン・サトラピの『ペルセポリス』の冒頭とほとんど同じくらい。
The Adventures of China Iron
作者:Gabriela Cabezón Cámara(アルゼンチン、スペイン語)
翻訳者:Iona Macintyre and Fiona Mackintosh
The Adventures of China Iron (English Edition)
- 作者:Cabezón Cámara, Gabriela
- 発売日: 2019/11/14
- メディア: Kindle版
タイトルからしてなんだかワクワクするような、読みたくてたまらなくなるような作品。表紙も、片方切り取られたお下げがなんとも印象的。
"China"とは中国ではなく、ケチュア語で「女性」を表すのだとか。
そして"Iron"はスペイン語で"Fierro"なので、「フィエロの妻(でもあるし鉄の女でもある)」を指す。
ホセ・エルナンデスが創造したガウチョ「マルティン・フィエロ」の妻なのだ。
マルティンに捨てられたあと、彼女はLizというスコットランド人の女性に出会い恋に落ち、酒に酔ってガウチョたちとも関係を持ち、平和な先住民族の村を見つけ……。
アルゼンチンを代表するガウチョ文学を、フェミニズム、LGBTQ、ポストコロニアルな視点から再設計し、現在のアルゼンチンの姿に疑問を投げかける作品。
めちゃくちゃ面白そう!
The Other Name: Septology I-II
作者:Jon Fosse(ノルウェー、ノルウェー語)
翻訳者:Damion Searls
ノルウェーの南西に位置する海沿いの町で暮らす画家のAsleは、歳を重ねやもめとなり、自身の人生を振り返る。彼の数少ない友人Beyerはベルゲンに住んでいるのだが、そこにはもう一人のAsleが暮らしていた。こちらのAsleも画家で、孤独を抱え酒に溺れている。
ドッペルゲンガーともいうべき二人のAsleを通して人生、死、愛、光と影、希望と絶望が描き出される。
ベルゲンが舞台……学生の頃に行ったけれど、とにかく光と緑がきれいだったことをよく覚えている。現代ノルウェー文学、読んでみたい。
The Eighth Life
作者:Nino Haratischvill(ジョージア・ドイツ語)
翻訳者:Charlotte Collins and Ruth Martin
The Eighth Life: (for Brilka) The International Bestseller
- 作者:Haratischvili, Nino
- 発売日: 2020/09/10
- メディア: ペーパーバック
20世紀初頭、ロシア帝国の一部だったジョージア(グルジア)に暮らしていた家族には、秘密のチョコレートのレシピが伝えられていた。 Stasiaは父親からレシピを学んだあと、ロシア革命の中核を担うこととなった夫Simonについてサンクトペテルブルクへ向かう。
なんと944ページの超大作。
Serotonin(セロトニン)
作者:ミシェル・ウェルベック(フランス、フランス語)
翻訳者:Shaun Whiteside
2019年の「読みたいリスト」に入れていたけれど、未読のままの『セロトニン』。
日本語訳も出版済み。
Tyll
作者:Daniel Kehlmann(ドイツ、ドイツ語)
翻訳者:Ross Benjamin
"Tyll"は、ティル・オイレンシュピーゲルの「ティル」だそう。
17世紀、小さな村で暮らしていたティルは父親が錬金術に興味を持ったせいで村を追い出され、パン屋の娘とともにさまよう。そのうち大道芸人と出会い、貿易について教わることになるのだが……。
ティル・オイレンシュピーゲルのリテリング。
Hurricane Season
作者:Fernanda Melchor(メキシコ、スペイン語)
翻訳者:Sophie Hughes
スペイン語圏のノミネートが例年以上に多い。
"One of the most thrilling and accomplished young Mexican writers"と銘打たれた作家の初めての英訳作品。
「魔女」と呼ばれていた女性が死体で発見され、村中が殺人の動機や方法について噂を始める。信頼できない語り手が何人も登場し、暴力と神話にあふれた世界が目の前に広がる。
The Memory Police(密やかな結晶)
作者:小川洋子(日本、日本語)
翻訳者:Stephen Snyder
1990年代に出版された小川洋子の作品が、去年英訳されて以来いろいろな"Books to Read"入りを果たしていて話題に。
Goodreadsの国際ブッカー賞予想でも常に上位につけていた。
タイトルが日本語と英語で全然違う。
翻訳者のStephen Snyderは桐野夏生の『OUT』(これは英語圏でめちゃくちゃ売れたはず、すごく話題になっていたのを覚えている)や村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』、小川洋子の他の作品、永井荷風まで訳している方。
Faces on the Tip of My Tongue
作者:Emmanuelle Pagano(フランス、フランス語)
翻訳者:Sophie Lewis and Jennifer Higgins
フランスの田舎のコミュニティをユーモアを交えて描いた作品。
遅れてきたウェディングゲストや、目的地にたどり着こうという意思のないタクシーの運転手、夏なのに車に降り積もった雪や借りた本のページに挟まっていたスパンコール。さりげないエピソードから田舎特有の隣人同士の親密な関係が浮かび上がるとともに、それでもお互いのことを何も分かっていないという孤独も実感させられる。
Little Eyes
作者:サマンタ・シュウェブリン(アルゼンチン、スペイン語)
翻訳者:Megan McDowell
え! また!?
これで3作連続でノミネート。
日本では『口のなかの小鳥たち』、『七つのからっぽな家』が翻訳されているアルゼンチンのサマンタ・シュウェブリンによる作品がまたもやロングリスト入り。
翻訳者も去年のMouthful of Birdsと同じ、McDowellさん。
見知らぬ人を信頼したことが、予期せぬ恋愛関係や出会い、素晴らしい冒険につながることもある。だが、想像もしなかったような恐怖のきっかけとなることだってある。
世界中を舞台とした話のようで、あらすじだけ読んでいるとちょっと映画の『パラサイト』を彷彿とさせるところも。
下の日本語訳二つもとてもおすすめ。
カバーも、どこの国のものもおしゃれで素敵なのが、また好き(中身は全然おしゃれノベルなんかじゃないのにさ)。
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The Discomfort of Evening
作者:Marieke Lucas Rijneveld(オランダ、オランダ語)
翻訳者:Michele Hutchison
作者のデビュー作。
Jasは大人と子供の間をさまよう、10歳の女の子。スケート中に溺れて亡くなった弟を悼んでいる。
彼女自身の喪失感だけではなく、家族が悲しみと向き合う姿を時にユーモアも交えて描いている作品。
Mac's Problem
作者:エンリーケ・ビラ=マタス(スペイン、スペイン語)
翻訳者:Margaret Jull Costa and Sophie Hughes
日本でも大人気のエンリーケ・ビラ=マタスの新作がノミネート。
60歳のマックは日記を書いている。最近職にあぶれ、妻のカルメンには暇すぎて鬱になりかけていると思われているマックだが、膨大な量の小説を読み、文学の世界を密かに楽しんでいる。
バルセロナに訪れた、この100年間で一番暑い夏、マックは近所を散歩しては日記を綴る。そのうち彼の人生にもまるで小説のような出来事が起こり……。
トーキョーブックガールの読みたいリスト
正直言って全部読みたいと思うくらい、魅力的なラインナップ。
紹介を見たりカバーを見たりしているだけで、わくわくしてしまう。
いつもブログを読んでくださっている方にとってはtoo predictableかもしれないけれど、やっぱり私が読みたいのはこちら。
・大好きなイラン、大好きなマジカルリアリズムということで気になっているThe Enlightenment of the Greengage Tree
・大学時代は全然興味を持てなかったガウチョ文学の焼き直し、The Adventures of China Iron
・とにかく著書は全部読みたいサマンタ・シュウェブリンのLittle Eyes
あとはSerotoninは積んでいるし、小川洋子も読みたいし、エンリーケ・ビラ=マタスの新作も読みたいし……。
今年はまだ「読みたいリスト」記事も書いていないのに、すでにオーバーロード気味。
2019年のブッカー賞はこちら。
2019年のブッカー国際賞はこちら。
*1:2019年6月から名称がThe International Booker Prizeに変更に。当ブログのカテゴリー名も変更しました。