トーキョーブックガール

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The Testaments / マーガレット・アトウッド: 東洋のギレアデで『侍女の物語』の続編を読む

 2019年の目玉(個人的に)、ようやく読むことができた。

 読書がままならない日々が続いたので、砂漠で水を得てごくごくと飲み干すように、活字をむさぼった。 

 ああ幸せ。

*No Spoilers/ネタバレはありません

 

 

30年を経て発表された続編

 さて、ドナルド・トランプの大統領選出馬や大統領就任を皮切りに、世界中でブームとなったディストピア小説。

 1985年に出版されベストセラーとなったアトウッドの『侍女の物語』も再び脚光を浴びることとなった。

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 その上、2017年にはHuluにてドラマが制作され、大ヒット。シーズン3まで続いている。 

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 そしてアトウッドは2018年度末、Twitterにて『侍女の物語』の続編を執筆していることを明かした。 

 アトウッドと、Huluのドラマでジューン/オブフレッドとして主演を務めたエリザベス・モスのインタビューなんかを読んでいると、アトウッド自身がこのドラマをたいそう気に入っていてインスピレーションを受けている様子や、現代社会のあり方に改めて危機感を感じていることが伝わってきたから、当然の成り行きといえば当然かもしれない。

 

ギレアデの女性たちの「前」と「後」

  『侍女の物語』は、アメリカ合衆国が崩壊したすぐ後のギレアデ共和国が舞台となっていた。

 女性の財産はすべて没収され男性の身内のものとなり、仕事や権利は剥奪される。

 出生率が顕著に低下しているため、主人公のジューンもそれまでの生活を奪われ、夫とも行き別れて、ギレアデを支配する司令官(Commander)につかえる侍女(Handmaid=子供を産めない妻の代わりに、司令官との子をなす女性)となる。

 

 一方、The Testamentsが描き出すのは共和国誕生から(おそらく)20年ちょっと経過したギレアデまたは隣国カナダで暮らす、3人の女性だ。

 1人目は、『侍女の物語』にも登場し、主人公のジューンを含む侍女となりうる女性たちの教育を担っていたリディア小母(Aunt Lydia)

 2人目は、司令官とその妻の娘(Daughter)として生まれ育ち、妻亡き後に司令官が再婚した新たな妻から疎まれるようになるアグネス・ジェマイマ(Agnes-Jemima)。 

 3人目は、カナダ・トロントで普通の女子高生として暮らすデイジー(Daisy)。

 

 リディア小母は自身で記述した独白(遺書)という体で、アグネスとデイジーはそれぞれ証言という形で記録されている。そして、全体として、ある時代の終わりと新たな時代の始まりを告げているがゆえに、「聖書」のようでもある。だからこそ"The Testaments"なのだ。

 

 何が面白いって、置かれた立場や状況が異なる3人の人生を通して、『侍女の物語』においてジューン/オブフレッドを通して垣間見ることのできた初期のギレアデという国の「以前の姿」や「その後」が描かれているということ。 

 

リディア小母

...knowledge is power, especially discreditable knowledge.

知識は力。言葉にすることもはばかられるような知識は、なおさらそうだ。

 ジューンが侍女として教育を受ける頃にはすでに小母となっていたリディアが語るのは主に、ギレアデの成り立ちと女性を抑圧するシステムの立ち上げだ。

 ジューンと同じように突然銀行口座が凍結され、女性の財産はすべて一番近しい男性のものとなり(夫、父、息子がいない人の場合は、甥という場合すらある)、オフィスに押し入ってきたギレアデの男たちに連行され、その職種ゆえに「小母」という女性を指導する立場にならないかと勧誘される。

 もちろん自分が支持したわけではないギレアデのためにリディアは働くことになるが、司令官に反感を覚えながらも、小母としての出世を目指す。もちろん、リディアは権力が欲しいのではなくて、どちらかというと保身のため、自分の命を守るために行動しているのだけれど、いつの間にか司令官から全幅の信頼を得て、ライバルであった小母を蹴落とし……と予期していなかった方向へ自体は進む。

 ギレアデにおける女性としては最高の位置を得たリディアは、 

"If you don't behave, Aunt Lydia will come and get you!"..."What would Aunt Lydia want you to do?"

「いい子にしてないと、リディア小母に連れてかれちゃうわよ!」「リディア小母はどうしてほしいと思う?」

というふうに、「娘」たちを怖がらせる妻やマーサのお話に登場するまでになる。

 彼女の独白からは後悔が伝わってくる。

 

アグネス・ジェマイマ

We were the beneficiaries of the sacrifices made by our forebears.

私たちは、先代による犠牲のもとに生まれ、恩恵を受けてきた。

 アグネスは司令官の家(=特権階級)に生まれた女性だ。「便利妻」が生んだ庶民の子とは違い、色とりどりのドレスを着せられ、小母が待ち受ける学校に通って、自身も司令官やヤコブの息子たちのいずれかとの結婚する運命にある。

 司令官の妻や小母から「女の脳は小さい」、「本を読んでも理解できないし、害になるだけ」と言い聞かされ、ほとんど疑問をもたずに育ったいわゆる"pious"な女の子である。

 彼女の証言からは、ギレアデにおける「第二世代」の姿が浮かび上がる。

 

デイジー

I could hear the words, I could understand the words themselves, but I couldn't translate them into meaning.

言葉が聞こえた。理解はできるけど、意味が分からなかった。

 デイジーはトロントのQueen Street West(ちなみにアトウッドの『キャッツアイ』もQueen St Wが舞台となっていた。このエリアがお気に入りなのか?)に暮らす普通の女子高生で、言葉遣いや態度も今時の若者だ。

 隣国ギレアデのことは知っているけれど、特にそれについて意見を持っているわけではない。年齢が近いアグネスとデイジーの、話し方や考え方の違いがすさまじく、いい対比をなしている。

 日本語訳だったら一人称は「あたし」かなと思いながら読んでいた。

 後半のカナダに関する記述(ちょっとネタバレになってしまうから書けない)は結構笑える。

 

"I made nothing up"

 『侍女の物語』に関して語る時も、「作り上げたことは一切ない=この小説に登場するエピソードは世界のどこかで起きていることばかり」と主張していたアトウッド。 

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 2020年となり、1980年代から女性の地位は向上したのかと問われれば、もちろん改善はしているのだろうけれど、それでも課題が多く残っているだけではなく、ギレアデを以前より身近に感じるような時すらある。

 日本における #MeToo への反応だとか、「レイプされるほうが悪い」と被害者を責める風潮など、ここ数年の間で、日本は東洋のギレアデなんじゃないかと思うことも増えた気がする。

 では、私たちはどうすればいいのか。"Underground Femaleroad"を使って他の国へ逃げるのか?

 答えはまだ出ないけれど、多様性を失い(白人男性の司令官のみが意思決定を行う)墜落しつつあるギレアデから学べることは多いはずだ。 

 冒頭に掲げられたアーシュラ・K.ル=グウィンの小説からの引用が頭に残る。

Freedom is a heavy load, a great and strange burden of for the spirit to undertake....It is not a gift given, but a choice made, and the choice may be a hard one.

 

普段英語で読書しない人にもおすすめ

 多くの新しいファンを獲得した『侍女の物語』を皮切りに『またの名をグレイス』、『マッドアダム』シリーズなどのドラマ化が決定している。

 アトウッド自身も、絵や映像に興味を持って(グラフィックノベルの原作まで担当しちゃうくらいだから)いるだけに、非常に視覚的な「書き方」に挑戦した感のある作品だった。

 どちらかというと、ドラマのファンや、普段アトウッドの本を読まないような人に向けて書かれたのではないかと思われる作品で、ブッカー賞を受賞したものの、決してブッカーらしい小説ではない。

 アトウッドの作品の中でも読みやすく、シンプルな言葉で書かれている。

 例えば『侍女の物語』そのものやマッドアダムシリーズを英語で読み始めたけれど挫折した、という人にもおすすめ。

 ファースト・アトウッドにもいいと思う。

でも、日本語訳もすぐ出版されるでしょう。楽しみですね。

 

本書に登場する文学作品

 女性が本を読むことが禁じられているギレアデで、リディア小母が図書館の奥深くに隠し持っている「禁じられた世界文学セクション(the Forbidden World Literature section)」にある数々の名作。

 注目すべきは、何百年も前に書かれた本に混じり、アトウッドと同じカナダ出身の女性作家、アリス・マンローの作品が含まれていること!

『ジェイン・エア』シャーロット・ブロンテ 

ジェイン・エア(上) (岩波文庫)

ジェイン・エア(上) (岩波文庫)

 
ジェイン・エア(下) (岩波文庫)

ジェイン・エア(下) (岩波文庫)

 

 

『アンナ・カレーニナ』トルストイ

アンナ・カレーニナ 1 (光文社古典新訳文庫)

アンナ・カレーニナ 1 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者:トルストイ
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2013/12/20
  • メディア: Kindle版
 

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『テス』トマス・ハーディ  

テス 上 (岩波文庫 赤 240-1)

テス 上 (岩波文庫 赤 240-1)

 
テス 下 (岩波文庫 赤 240-2)

テス 下 (岩波文庫 赤 240-2)

 

 

『失楽園』ミルトン

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)

  • 作者:ミルトン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1981/01/16
  • メディア: 文庫
 
失楽園 下 (岩波文庫 赤 206-3)

失楽園 下 (岩波文庫 赤 206-3)

  • 作者:ミルトン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1981/02/16
  • メディア: 文庫
 

 

Lives of Girls and Women / アリス・マンロー 

Lives of Girls and Women: A Novel (Vintage International) (English Edition)

Lives of Girls and Women: A Novel (Vintage International) (English Edition)

  • 作者:Alice Munro
  • 出版社/メーカー: Vintage
  • 発売日: 2011/12/21
  • メディア: Kindle版
 

 

Apologia Pro Vita Sua / ジョン・ヘンリー・ニューマン

 カトリックが罪だと考えられているギレアデで、X-ratedとされている作品。

Apologia Pro Vita Sua (English Edition)

Apologia Pro Vita Sua (English Edition)

 

 

Mitsou(踊り子ミツ / コレット 

Mitsou

Mitsou

  • 作者:Colette
  • 出版社/メーカー: Sueddeutsche Zeitung
  • 発売日: 2007/07
  • メディア: ハードカバー
 

 こちらは、デイジーがカナダの高校のフランス語のクラスで読んだもの。

...it was supposed to be about how terrible life used to be for women, but Mitsou's life didn't seem so terrible to me. Hiding a handsome man in her closet--I wished I could do that.