ブッカー賞で初めてグラフィックノベル(ニック・ドルナソのSabrina)がノミネートされたりと、2018年はますますバンド・デシネ*1やグラフィックノベル*2に注目が集まる年だった気がする。
さて、私にとってバンド・デシネへの扉を開けてくれた、思い出の作品を久しぶりに読み返してみた。
マルジャン・サトラピによる『ペルセポリス』だ。
マルジャン・サトラピはイラン出身・フランス在住の漫画家。イラン革命やイラン・イラク戦争を経てオーストリアへ留学した、イラン上流家庭の出の女性である。
彼女がイランで育ち感じていた疑問、留学してから知った疎外感、恋愛・結婚と挫折……。それら全てを詰め込んだB.D.が『ペルセポリス』なのだ。
これは学生の頃手にとって、あまりの面白さに熱中して読み、次の日の朝起きるなり、『ペルセポリス II』を購入するため、文字通り本屋まで走った思い出のある本。映画にもなったので、ご存知の方は多いかも。映画はサトラピの絵がそのまま動き出したようで、特におばあちゃんが大切にしているジャスミンの花(がちらちらと舞い落ちる)のシーンが夢のように美しかった。
マルジ(マルジャン)は裕福な家庭に生まれ、フランス人学校で教育を受けていた。そんな中、イラン革命が起こり、女の子と男の子は別々に学ぶこと・全ての女性はヴェールを被ることが義務付けられる。激動の時代の中、宗教や政治に疑問を持ちながらも、マルジは元気に育っていく。
イランが階級社会であることに抵抗を覚えたり、
(若いメイドのマフリが隣の家の男の子に恋をした。字が書けないマフリの代わりに、男の子への手紙を代筆するマルジ。ところがある日それが父にバレて、父はこう言う。)
父:二人は愛し合っちゃいけないんだ。その辺をわからないといけないよ。
マルジ:どうして?
父:この国では、同じ階級同士しか仲良くしちゃいけないって決められているんだ。
……
メフリの部屋に行くと、彼女は泣いていた……。
私たちは同じ社会階級にはいなかったが、少なくとも同じベッドの中にいた。
反革命派だったアヌーシュおじさんから人生について学んだり。ほどなくして戦争が始まり、マルジの家族は亡命を検討し始める。
素直で可愛い女の子のマルジが、多くの親族や友人の死を経て成長していく。その過程が胸を打つ。
『II』はオーストリアに留学したマルジが挫折を経験し、大人になるまでの物語。『I』の方を読むと、必ず『II』も読まないと気が済まなくなるに決まっているので(結末がね……これから購入する方は、セットでの購入を激しくおすすめします)、こちらのあらすじ・感想は割愛する。
とにかく、それ以来サトラピの大ファンになってしまった私。『ペルセポリス』は間違いなく傑作なのだが、『刺繍』という作品もお気に入りだ。これはイラン版『Sex and the City』のガールトークという趣。イラン女性たちが赤裸々に人生について、男について、語りまくる。
サトラピと親族の女性たちとの会話がそのまま漫画になったB.D.である。上流階級の話なので、ヨーロッパで生活していた人、権力者の愛人になった人、結婚と離婚を繰り返した人など様々で、革命下でもそれなりに自由に生きていたことがわかる。
でもそれは、彼女たちが必死で勝ち取った自由なのだ。そして彼女たちは、あっけらかんと自身の体験を語り他人の悪口を言いまくるけれど(おばあちゃん曰く、「陰口は心の換気」)、批判されることを恐れない。
発売から十数年経って読み返してみれば、これは「#MeToo」ムーブメントの走りだったのだ、とする記事を先日見つけたのだが、うんうんと何度もうなずいてしまった。
『鶏のプラム煮』という、50年代のテヘランを舞台とした男性が主人公の物語もある。
鶏のプラム煮の美味しそうな描写、そしてそれさえも受け付けなくなったナーセルの深く強い死への決断が心に残る。黒白、簡単な絵でこんなにもユーモア、悲しみ、人生の色々を書ききるなんてすごい才能だとしかいいようがない。タールという楽器、イラン音楽を聴いてみたくなること間違い無し。
残念ながらサトラピの作品はこれだけ。今はニューヨーク・タイムズにコラムを執筆中とのことですが、まとまって本になる予定はないのでしょうか…。
才能あふれる漫画家だけに、新しい作品を早く読みたいという気持ちでいっぱい。