[À la recherche du temps perdu]
「ソドムとゴモラ」を読み終えたばかりの私のつぶやきです。
未だ終わらない『失われた時を求めて』読書体験
そもそも「スワン家のほうへ」を最初に読んだのはまだ子供だった12歳の頃。スワン氏は、ほっそりとしたどこか悲しげで魅力的な知的紳士という印象があって、特に「スワンの恋」の顛末には夢中になった。
なのに、なぜ未だに読み終えていないのか。
それはひとえに、昔どこかで読んだ『失われた時を求めて』に関する記事が原因である。妻のゼルダが『失われた時を求めて』を読んでいるのを見たフィッツジェラルドが「プルーストは文章を味わうための小説だから、1日3ページ以上読んではいけないよ」とかなんとか言った……というようなものだった。この言葉は幼い私の頭に深くインプットされてしまった。
そして律儀に少しずつ少しずつ読み進めた結果、何年もの月日が経ち、12歳だった私は高校を卒業し、大学を卒業して、社会人になったのに、今なお読み終えていない。
働き始めてからというもの、この小説を読むのはまとまって休みが取れる時だけ。
しかも、読んだ内容はすぐに忘れてしまうので、再読しながら新しい巻を進めることになる。結果、ほとんど前進しない……というジョークのようなことを数年続け、「もしかして一生読み終わらないかもしれない」とも思っていた。
それが、「あ、私は最後まで読めるな」と確信できたのが、「ゲルマントのほう」を読み終えた時。なんとなく、「峠を越えた」感があったとともに、私自身も人生において経験を積んだことで、より楽しく、より面白く『失われた時を求めて』を読んでいることに気がついたのだった。
やる気の出る併読本
そう、こちらの人生経験が増えるにつれて、プルーストの世界はより大きく開き、より楽しめるようになる気がする。
そして、それでも「おぼっちゃまの情緒的世界に入っていけないな〜」、「貴族階級のマウンティングに付き合わされるのはもううんざりだわ*1」というスランプに陥ってしまった時にオススメのやる気の出る併読本がこちら。読んだら、『失われた時を求めて』を読みたくてたまらなくなること間違いなし。
『プルーストと過ごす夏』
これは本当に面白い、おすすめ中のおすすめな一冊。フランスのプルースト研究者や作家が「時間」、「登場人物」、「社交界」、「愛」など『失われた時を求めて』の魅力を語りつくす本。
もともと、夏休みにフランスのラジオで対談番組として放送していたものなので、こういうタイトルなのだが、やっぱりこの小説は太陽の日差しを浴びてゆるゆると過ごせる夏に読むのが一番適している気がする。バルベックの描写なんて、ほとんど夏休みですしね。
『プルーストを読むー『失われた時を求めて』の世界』
プルーストを読む―『失われた時を求めて』の世界 (集英社新書)
- 作者: 鈴木道彦
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2002/12/17
- メディア: 新書
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一方、こちらは日本人のフランス文学研究者にして『失われた時を求めて』翻訳者の鈴木道彦による解説本。
『失われた時を求めて』は難解な文学ではない! 人生で直面する様々な出来事が描かれているから、何度も読み返す人がこんなに多いのだ!ということが分かりやすく書いてある。他の多くの読者と同じく、これを実体験した身としては、うんうんとうなずきたくなる箇所のなんと多いことか。
喘息、同性愛、カトリックの父xユダヤの母というプルースト自身のバックグラウンドにも焦点を当てている。
『ナボコフの文学講義』
ナボコフは、プルーストから相当影響を受けているでしょうね。
その軽妙かつ計算し尽くされた言葉遊び、美しい文体、そして何より
ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。
朝、四フィート10インチの背丈で靴下を片方だけはくとロー、ただのロー。スラックス姿ならローラ。学校ではドリー。書名欄の点線上だとドロレス。しかし、私の腕の中ではいつもロリータだった。
というあまりにも有名な冒頭の文章は、『失われた時を求めて』で「私」がスワンの娘の名前が「ジルベルト」だということを知り、空想に耽る場面を思い起こさせる。
『ナボコフの文学講義』では、愛に溢れた『失われた時を求めて』論を読むことができるのだが、このジルベルトとの出会いのシーンについての描写は特に熱がこもっている気がする。
こうして、私の耳にジルベルトという名前が漂ってきて、護符のように私に与えられたのだった……この名の音綴には、少女と一緒に生き歩き旅する幸せな人々の定めとなる彼女の生命の謎がこもっていた。そして私の肩の高さで咲いているピンク色のサンザシのアーチ路にそれらの幸せな人々と彼女との親密な関係、それらの人々と、私には断じて入れそうもない彼女の生活の道の世界すべてとの親密な関係、その精粋が花となって咲き誇っていた。
プルーストは「音を色としてみている」のだが、それはナボコフももちろん指摘している。
プルーストの文章の要素から、「月の光」からプルーストが導き出す豊かな物語、記憶の意味まで、作家の意見を味わい尽くすことができる。
『シルヴィ』
- 作者: ジェラール・ドネルヴァル,G´erard de Nerval,中村真一郎,入沢康夫
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2003/09
- メディア: 文庫
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プルーストはこのネルヴァルによる短編小説を読んでインスピレーションを受け、『失われた時を求めて』を書いたとされている。
確かに『失われた時を求めて』のエッセンスがぎゅっと凝縮されたような物語。
パリでふと田舎町で育ったことや、初恋を思い出す。シルヴィという田舎娘に愛されたこと、アドリエンヌという年上の娘に夢中になったこと……。もう会えなくなったアドリエンヌの面影がいつまでも忘れられず、それが原因で大人になってからも付き合うようになった女性を失ってしまう。
手に入らないものに恋い焦がれて憧れる様はなんとも哀しい。
今後読みたい本
最後に、今後併読したいと目をつけている本たちを。
『収容所のプルースト』
1939年のナチスとソ連による相次ぐポーランド侵攻。このときソ連の強制収容所に連行されたポーランド人画家のジョゼフ・チャプスキ(1896 - 1993)は、零下40度の極寒と厳しい監視のもと、プルースト『失われた時を求めて』の連続講義を開始する。その2年後にチャプスキは解放されるが、同房のほとんどが行方不明となり、「カティンの森」事件の犠牲になるという歴史的事実の過程にあって、『失われた時を求めて』はどのように想起され、語られたのか? 現存するノートをもとに再現された魂の文学論にして、この長篇小説の未読者にも最適なガイドブック。(Amazonより)
『失われた時を求めて フランスコミック版 スワン家のほうへ』
フランスのB.D.(バンド・デシネ)。以前ちょっと立ち読みしたのだが、意外と原作に忠実で(というか文章の省略がほとんどなく、あの長〜い文に絵をつけただけ、という感じだった。ベ・デってもともとそういう感じの作品も多いですものね)面白そうだった。
今度「スワン」を読み返したくなったら、代わりにこちらを購入してみようかな。
Paintings in Proust
Paintings in Proust: A Visual Companion to In Search of Lost Time
- 作者: Eric Karpeles
- 出版社/メーカー: Thames & Hudson
- 発売日: 2017/09/19
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『失われた時を求めて』に登場する何百点という絵画をまとめ、解説をつけた本だそう。岩波文庫や光文社文庫といった日本語版の『失われた〜』は注釈という形でほとんどの絵画の写真が記載されているのだが、色の美しさについて何度も触れられている絵画や彫刻が多いので、やはりカラーで見たいところ。
それではみなさま、今日もhappy reading!
*1:という気持ちに何度もさせられた、「ゲルマントのほう」。
失われた時を求めて(5)――ゲルマントのほうI (岩波文庫)
- 作者: プルースト,吉川一義
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2013/05/17
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