トーキョーブックガール

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『失われた時を求めて スワン家のほうへ』 マルセル・プルースト

[À la recherche du temps perdu]

 というわけで、今夏も読み返した『失われた時を求めて スワン家のほうへ』の感想を。ちょうどいいタイミングで、9月15日にBSで映画『スワンの恋』も放送されたのです。この話も後ほど。

スワンの恋 [DVD]

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 ちなみに私は、何度か実家の文学全集で読んだことのある「スワン家のほうへ」だけ光文社のものを所有し、あとは岩波文庫を読んでいる。どちらもいい訳だと思う。岩波で読み終わったら、光文社の方も最後まで読んでみたい。

失われた時を求めて 1?第一篇「スワン家のほうへI」? (光文社古典新訳文庫)

失われた時を求めて 1?第一篇「スワン家のほうへI」? (光文社古典新訳文庫)

 
失われた時を求めて〈2〉第1篇・スワン家のほうへ〈2〉 (光文社古典新訳文庫)

失われた時を求めて〈2〉第1篇・スワン家のほうへ〈2〉 (光文社古典新訳文庫)

 

 

第一部 コンブレー

 なんといっても、冒頭の文章が印象的でしばらく頭の中で反芻してしまう。

長い間、私はまだ早い時間から床に就いた。ときどき、蠟燭が消えたか消えぬうちに「ああこれで眠るんだ」と思う間もなく急に瞼がふさがってしまうこともあった。そして半刻もすると今度は、眠らなければという考えが私の目を覚まさせる。私はまだ手に持っていると思っていた書物を置き、 蠟燭を吹き消そうとする。眠りながらも私はいましがた読んだばかりの書物のテーマについてあれこれ思いをめぐらすことは続けていたのだ。

(光文社文庫 高遠弘美訳)

 誰もが味わったことのある眠りと覚醒の間を行ったり来たりする感覚、幼少時の寝室や嫌いだったヴェチヴェル(ヴェチバー)の香りなどを丹念に描き出す。

 そして、かの有名な「マドレーヌ」。

母は溝の入った帆立貝の貝殻で型をとったように見える、「プチット・マドレーヌ」と呼ばれる、小ぶりのぽってりしたお菓子をひとつ持ってこさせた。やがて私は、陰鬱だった1日の出来事と明日も悲しい思いをするだろうという見通しに打ちひしがれて、何の気なしに、マドレーヌのひと切れを柔らかくするために浸しておいた紅茶をいっぱいスプーンにすくって口に運んだ。とまさに、お菓子のかけらのまじったひと口の紅茶が口蓋に触れた瞬間、私のなかで尋常でないことが起こっていることに気がつき、私はおもわず身震いをした。

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 「私」が思い出したのは、コンブレーでレオニ叔母がいつも出してくれたマドレーヌの味。そしてここから、長い長い回想が始まる。

いま、私たちの家やスワンの家の庭に咲くあらゆる花が、ヴィヴォンヌ川の睡蓮が、善良な村人たちが、彼らの小さな住まいが、教会が、コンブレー全体とその周辺がーそうしたすべてが形をなし、鞏固なものとなって、街も庭もともに、私の一杯の紅茶から出てきたのである。

 特に印象に残るのは、スワンの娘であるジルベルト(少女の黒い目がきらきらと輝いていた)との出会い。この描写は何度読んでもうっとり。 

そう、ジルベルトという名前は、ジャスミンと夜咲紫羅欄花の上で、緑色のホースの穴からほとばしる水のようにするどく冷たい調子で発せられて、それが通りすぎた澄み切った空間を虹色に染め、そこに、少女の生活の神秘をしみ込ませた。 

 そして、長らく「私」の憧れとなるゲルマント夫人との出会い。

なんて美しい人だろう!それにあの高貴さといったら!ぼくの目の前にいるのは、誇り高きゲルマンとの女性、ジュヌイーヴ・ド・ブラバンの後裔なんだ!

 最近「スワン家のほうへ」とググると、続く言葉として一番に「サイコパス」と出てくるのです。

 「え? 主人公のこと? スワンのこと?(どちらでも否定はできないな)」と思いつつ調べてみると、『PSYCHO-PASS』というアニメで登場人物が「スワン家のほうへ」を読んでいたり、マドレーヌのシーンがモチーフとして使われていたりするらしい。見てみようかな〜と思った。

 

第二部 スワンの恋

 さて、『失われた時を求めて』の中で一番好きな章はといえば、やっぱり「スワンの恋」だ。恋や嫉妬、苦しみなど、スワンという男性を通して様々な感情が味わえ、色鮮やかで強い印象を残す部分だと思う。

 女好きで洗練されていて、社交界でも重宝されるスワンというユダヤ系男性が、ドゥミ・モンドの花ともいえるオデット・ド・クレシーという高級娼婦と知り合いになる*1。スワンに好意を見せ、「いつでもいらしてね」と微笑みかけるオデットだが、スワンは当初興味を持てず邪険に扱っていた。

 それが、意外と芸術的な彼女の家のインテリアを見たり、知的な発言に驚いたりしているうちに、オデットのとりこになってしまう。現代でいうところのギャップ萌え。

 そして、あれほど冷たく接していたのに、オデットが他の男と会っているのではないか、自分に隠していることがあるのではないかと詮索するようになり、嫉妬に苛まれていく。それとは裏腹に、オデットの態度は徐々に硬化するのだった。

 もうこれは……恋愛小説の傑作中の傑作としかいえないくらい、愛することによって変わってゆく感情が美しく、かつ醜く描写されていて、何度読んでも面白い。

 そして今年、初めて映画『スワンの恋』も見ることができた(この章だけを映画化したもの)!

 たまたま今月BSでやっていたのですが、これまた素晴らしかった! DVDはなかなか手に入らないので、見ていない方は是非BSの次回放送をお待ち下さい! It's so worth it!! ほんと、BSって素晴らしい&映画配信サービスには含まれていない名作映画をよく放映してくださるんですよね。貴重な存在。

 有名どころでは、アラン・ドロンがシャルリュス男爵を演じている。

 とにかく百聞は一見に如かずですので、IMDbのPhoto Galleryをご覧あれ。

www.imdb.com

 スワンの神経質なユダヤ系男前度、オリヤーヌの傲慢そうな顔、オデットのちょっとケバい化粧、シャルリュス男爵の妖しい美しさ。感動的なまでに、『失われた時を求めて』の世界が再現されていた。

 もう、小説から抜け出してきたようなキャスティングである。

 スワンは、オデットがボッティチェリが描くチッポラ(モーセの妻、リンク先の絵の左側)に似ていると思っているのだが、もちろんそう思っているのは社交界でもドゥミ・モンドでもスワンだけであろう。が、この絵のチッポラの眉毛や額は、演じた女優オルネラ・ムーティに確かによく似ている。そしてちょっと下品な感じがまたオデットらしい。

 これから『失われた時を求めて』を読もうかなと思っている&フランス映画らしいフランス映画がお好きな方には是非おすすめしたい作品。

 

第三部 土地の名、名

 こちらでは一転、幼い「私」のジルベルトへの淡い恋愛感情がメインに。ジルベルトは気分屋で、「私」に特別な好意を抱いているということもなく、随分とつれない態度の日もあったりするのだが、「私」はジルベルトがいつもいる公園や家の周りをうろつくだけで満足したりもする。この頃からストーカー的気質が見え隠れしている……。 

 

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*1:ちなみに、オデットのモデルはリアーヌという実在の高級娼婦だといわれている。Wikipediaで写真も見ることができます。リアーヌ・ド・プジー - Wikipedia