(秋)
日本語訳が発売されたばかりの『両方になる』も読みたいけれど、せっかく秋なので、こちらを。昨年のブッカー賞ショート・リストにノミネートされていた作品だ。
アリ・スミスはこの作品を皮切りにWinter、Spring(2019年3月発売予定)と、四季をタイトルに掲げた小説群Seasonal Quartetを出版している。

Autumn: SHORTLISTED for the Man Booker Prize 2017 (Seasonal)
- 作者: Ali Smith
- 出版社/メーカー: Penguin
- 発売日: 2017/08/31
- メディア: ペーパーバック
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不思議な友情の物語
登場人物は主に二人。101歳のダニエル(Daniel)と32歳のエリサベス(Elisabeth、"z"ではなくて"s")。
時は2016年。国民投票が行われ、Brexitへ向けて本格的に動き出したイギリスが舞台である。
All across the country, people felt it was the wrong thing. All across the country, people felt it was the right thing. All across the country, people felt they'd really lost. All across the country, people felt the's really won. All across the country, people felt they'd done the right thing and other people had done the wrong thing. All across the country, people looked up Google: what is EU? All across the country, people looked up Google: move to Scotland. All across the country, people looked up Google: Irish passport applications.
イギリス全土を衝撃が駆け抜ける中、ダニエル・グラックは施設でこんこんと眠り続けていた。齢100歳を超えた彼は、自身の持ち物を整理し、家を売り払い、施設に入ってすぐに昏睡状態に陥ったのだ。
遡ること20数年、エリサベスは母親と二人暮らしをしていた子供の頃に、隣の家に一人で住んでいたダニエルに出会った。それ以来、二人は切っても切れない仲となる。これを軽々しく友達だとか、親友だとか呼ぶことはできない気がする。エリサベスにとって彼は、長いこと渇望していた父親の代わりでもあり、恋人のようでもあり、おじいちゃんでもあり、なんでも打ち明けることのできる、かけがえのない人なのだから。
ダニエルは人生について、芸術について、哲学について、物語について、エリサベスに話してくれる唯一無二の存在だった。なぜ嘘をついてはいけないかについて、ダニエルほど説得力のある言葉を紡ぐことのできる人が、他にいるだろうか。
当たり前だけれど、家族って血の繋がりだけではないんだなと強く思う。ダニエルは一生を通じて独身で、子孫を残してはいない。でも彼の思想や、誠実で高潔な魂(integrity)は間違いなくエリサベスに受け継がれていて、ダニエルがこの世を去ったとしても、エリサベスの中で生き続けるのだ。
「普通」じゃなくっていい
アリ・スミスとアンナ・バーンズの言葉の操り方にはどこか似ている部分がある。同じ言葉の繰り返しでリズムを生み、出来事をより拡張してみせる感じはもちろん、「普通」とされることが実際には何を意味しているのかを問う姿勢も。
特にAutumnでは、エリサベスが68歳年上のダニエルや母親と、「普通」とは何かを議論する場面が印象的だ。
母親は(自分からベビーシッターを頼んだくせに!)、ダニエルとエリサベスが仲良しだなんておかしい、性別も年齢も生まれた国だって違うのに、彼女曰く「ヨーロッパ人のゲイの男性」と自分の娘にどんな共通点があろうか、どうして同い年の同性の友達を作れないのかとエリサベスに問う。
一方ダニエルとの会話で鍛えられたエリサベスは、母親の主張の矛盾点を冷静に指摘し、言い籠めてしまうのだけれど。
自由な魂の持ち主ダニエルのそばで成長したエリサベスにとって、社会は生きにくい場所だと徐々に分かってくるのが痛ましい。「ポーリン・ボティ(Pauline Boty、1960年代のイギリスで活躍した女性ポップアーティスト)について研究したい」という彼女に、教授が「この時代のnoteworthyなアーティストに女性はいない、ボティの作品はどれも研究する価値がない」などとのたまうシーンなんて、特にそう(当然エリザベスはこの教授もやりこめてしまうのだが)。
「普通(と世間一般でみなされる人)じゃなくたっていい、あなたはかけがえのない存在だ」というメッセージは作品を通して語られているのだが、これはアンナ・バーンズのMilkmanでも強く感じたことだった。
Autumnを読んでから今年ブッカー賞を受賞したMilkmanを読むと、その受賞の理由がよりよく分かった気がする。
エリサベスが読む本
ダニエルはエリサベスに会うたびにこう聞く。"What you reading?"と。そして「いつだって本を読んでいなさい」と言う。これがすごく心に残る。
Always be reading something, he said. Even when we're not physically reading. How else will we read the world? Think of it as a constant.
彼の教えと、ダニエルに読んだ本について説明するという行為は、エリサベスの心の奥に根を張り、30代になってダニエルが寝たきり状態になっても、エリサベスは本を読み続ける。この読書に対する姿勢や、何気なく出てくる本についての会話がすごくすてきだったので、エリサベスが読む本をまとめてみる。
『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー
たった三十四階しかない、ずんぐりした灰色のビル。正面玄関の上には、『中央ロンドン孵化条件づけセンター』の文字と、盾のかたちのマーク。盾の中には、共生(コミュニティ)、個性(アイデンティティ)、安定(スタビリティ)という、世界国家のスローガンが記されている。
32歳になったエリサベスが読む本。
Jill's Gymkhana / Ruby Ferguson

- 作者: Ruby Ferguson
- 出版社/メーカー: Fidra Books Ltd
- 発売日: 2009/10/30
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11歳のエリサベスが読んだ本。父親を亡くした女の子が田舎に移り住み、馬を愛するようになり、馬術競技会(gymkhana)に出るようになるという物語。
母親と二人暮らしのエリサベスもある程度主人公の境遇に共感しながら読み進めたのであろう。"Gymkhana"という言葉の成り立ち(複数言語から生まれた単語)をダニエルが説明するシーンがよい。
『時計はとまらない』 フィリップ・プルマン

- 作者: フィリッププルマン,ピータ−・ベイリー,Philip Pullman,西田紀子
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 1998/11
- メディア: 単行本
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こちらも11歳のエリサベスが読み、絶賛する本。雪が降るドイツの町で、人々が物語を紡ぐのだが、その物語がやがて現実となり……というメタフィクション。
私もエリサベスと同じくアラサーで、フィリップ・プルマンを読んで育った世代なので、なんだか嬉しかった。
『変身物語』オイディウス

- 作者: オウィディウス,Publius Ovidius Naso,中村善也
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1981/09/16
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『二都物語』チャールズ・ディケンズ

- 作者: チャールズディケンズ,Charles J.H. Dickens,加賀山卓朗
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/05/28
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昏睡状態のダニエルに、エリサベスが読み聴かせる。やっぱりイギリス人だなあ……。色々な要素&登場人物が入り混じり面白いはずなのだが、個人的にはディケンズの作品の中ではダークすぎるという印象がある。ただ、フランス革命という激動の時代を生き抜いた人々の物語は、Brexitを経験しているエリザベスにとって身近に感じられたのかもしれない。新潮文庫版は出版当時の挿絵がついていて嬉しい。
本当に素晴らしい物語で、読み終えてからしばらく余韻に浸ってぼーっとしてしまったほど。なんだか感想がパッとしないのが恐縮だが、これは是非読んでみて、アリ・スミスの描き出す世界に身をあずけていただきたい。
Winterは別の登場人物による全く別の物語のようだけれど、こちらも読むのが楽しみ! アリ・スミスにがっつりとはまってしまいそう。
2017年のブッカー賞は結局Autumnではなく、ソーンダーズの『リンカーンとさまよえる霊魂たち』が受賞したわけですが、となると『リンカーン』への期待が否が応でも高まる。どういうところが評価されたのか? こちらも長らく熟成中なので、そろそろ読みたいと思います。って、前にも書いたような……。
(読みました。当ブログのレビューは以下のリンクから)
[2020-03-30]
日本語訳が新潮クレストブックスから出版されました。