(春)
アリ・スミスのSeasonal Quartetも、ついに3冊目。残すは今夏出版予定のSummerのみ。ここまで読み進めて、ようやくアリ・スミスの素晴らしさを実感した! すごい、すごい、すごい。なんて面白いの。
Seasonal Quartetの面白さ
興味や関心がありとあらゆる方向に引っ張られるような(?)、知的好奇心を刺激してくれる4部作だ。でも、AutumnとWinterを読んだだけでは(未熟な読者のわたしには)よく分からなかったのです。
1冊目の『秋』はどことなく秋らしく、年齢差60歳あまりの二人の友情を軸にした物語自体も素晴らしかった。
2冊目のWinterは、正直に言うと「Autumnほどではないかな」と思った。
ただSpringまで読み進めると分かる。
Seasonal Quartetは、『ウォーリーをさがせ!』なのだ。
ウォーリーは他の間違い探しやパズルブックなどとは一線を画している。何度読んでも(見ても)飽きない。すべてのページでウォーリーを見つけたなら、次はしろひげやウーフやウェンダや巻物を探すという楽しみが待っている。そして、毎回必ず登場するキャラクターや持ち物をすべて見つけたら、今度は各ページに隠れているいくつもの「面白い場面」を探すことができる。一粒で何度でも美味しい、それがウォーリーであり、Seasonal Quartetなのだ。
3冊目まで読んで気づいたことを、ウォーリー風にメモしておく(ネタバレはありません)。
・人物はつながっている(一回読んだだけでは分からなかったところも)
・必ず登場するシェイクスピアの作品(『テンペスト』、『シンベリン』、『ペリクリーズ』)
・必ず登場するディケンスの作品(『二都物語』、『クリスマス・キャロル』、『クリスマス・ストーリーズ』("The Story of Richard Doubledick"))
・冒頭も多分……
・人生を彩るさまざまな映画、テレビ番組
・イギリスの女性アーティストたち(ポーリン・ボティ、バーバラ・ヘップワース、タシタ・ディーン)
・四季の移り変わりを楽しめる表紙(すべてデイヴィッド・ホックニーによるもの)
・ミュージカルを見ているかのような(まるで『民衆の歌』)
・2016年、2017年、2018年の政治的背景
・性別も年齢も人種も国籍も超越した友情
まだまだ見落としているポイントがたくさんあるんだろうな。まさに2010年代後半のイギリスをそのまま小説にしたようでいて、世界中でこれまでに何度も繰り返されてきた歴史を辿ってもいる。
Springのこと
Springが出版される前に出ていた、Amazonでの小説の紹介。
What unites Katherine Mansfield, Charlie Chaplin, Shakespeare, Rilke, Beethoven, Brexit, the present, the past, the north, the south, the east, the west, a man mourning lost times, a woman trapped in modern times?
最初に登場するのはリチャード・リース(Richard Lease)、時は2018年10月の火曜の朝。1970年代にはTV兼映画監督として働いていた(活躍し、とはいえない。ヒット作には恵まれなかった)男性だ。尊敬する脚本家でもあり恩人でもあるパディ(Paddy)が亡くなり、リチャードは喪失感に襲われている。そしてなんとはなしにスコットランドへ足を向ける。
もう一人の主要な登場人物、ブリタニー・ホール / ブリット(Brittany Hall/Brit)は小説の半分に差し掛かろうかというところでようやく登場する。UK IRC(International Rescue Committee)でDCO(Detainee Custody Officer)として働く若い女性だ。10月の月曜の朝、通勤中のブリットは駅でフローレンス(Florence)という少女に絵葉書を見せられ、「この場所に行きたい」と声をかけられる。その古い絵葉書には、スコットランドのキングシーにいるという旨が書かれていた。少女を放っておけないブリットは彼女と一緒に電車に乗り込む。
喪失と再生
スコットランドでリチャードやブリットやフローレンスが出会ってからが、物語が動き出す感があるのだが、小説の前半の多くを占めるリチャードのパディとの思い出話が心に残る。
たとえば、キャサリン・マンスフィールドとリルケが同時期にスイスに滞在していたことを知ったパディが制作したいと考えていた番組。その頃マンスフィールドは「ガーデン・パーティ」や「At the Bay( 入江にて、とか、湾の一日。訳者によって異なる)」といった素晴らしい作品を生み出し、リルケは『ドゥイノの悲歌』を書き上げるところだった。二人が出会い、生や死について会話を交わしていたら面白いと思わない?というアイデア。
パディについて考えたり話したりするリチャードの気持ちに深く寄り添って読み進めた。
"Five months before she will die."、"Four months before she will die."という前置きをしながら、二人が一緒に過ごした時間が回想するところ。
パディに関して決して過去形を使いたがらず、"She was great"と思わず言ってしまった直後に"She is"と言い直すリチャード。
He despises himself instantly for using the past tense meant. What she meant to me.
というのも、わたしも大切な友人を昨年末に亡くしたところだったから。すごく急なことだったので、今でも信じられない気持ち。
お別れの会で、別の友人が読んだ手紙に「You came in like a breath of air」とあって(初めて会った時の印象)、10代の日々に思いを馳せた。風のようにさわやかで、誰に対しても分け隔てなく接し、いつも朗らかで、楽しいことが大好きで、ずっと変わらない人。大好きな友人なのに、もう二度と会えない。
悲しくてやりきれない日々を過ごす中で、ふとこの小説のことを思い出した。2019年の春に読み始めたものの、多忙になったため半分読んだところで宙ぶらりんになっていたのだった。リチャードもパディを亡くして、辛い気持ちと格闘していたはず。
読みながら、何度も何度もうなずいた。そうだよね、過去形にしたくないよね。伝えきれなかったことがたくさんあるね。もう会えなくても、記憶は残る。思い出の中で、友人は夏の制服を着て、明るく笑っている。今のわたしにとってこの作品は本当にtherapeuticで、言葉にできなかった感情を文字にして見せてくれた、気がした。
もう外に出ることができなくなったパディに、リチャードは言う。ひどい天気だ、こんなにひどい春は初めてだ。外に出る意味なんてないよ。
それに対するパディの答え。
You're wrong, she says. One of the loveliest springs I've known. Plants couldn't wait to get going. All that cold. All this green.
さて、今年の夏にはとうとう最後の作品、Summerが発売される。どんな物語だろう。楽しみ!
デイヴィッド・ホックニーの表紙の絵、本当に素敵。緑が生い茂っている様子は春も夏も同じだけれど、太陽の日差しで夏だと分かる。絵を見ているだけで、真夏のうだるような暑さが感じられるよう。