トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Weather / ジェニー・オフィル: Twitterのような

 2019年の驚きといえば、「友人(それも複数名)がマッチングアプリで出会った人と結婚した」ことだろう。

 マッチングアプリ!!! 

 未知の世界すぎて、結婚に至るまでの道のりを根掘り葉掘り聞いてしまった。友人いわく、「今や出会いを求めている人はマッチングアプリをやっていて当たり前」らしい。そうなの!?

 恋愛や結婚を取り巻く環境は目まぐるしく変化している。わたしが夫とお付き合いを始めてdating sceneから遠ざかった頃(それでも2010年代だよ)にマッチングアプリの話なんてほとんど聞いたことがなかったし、結婚した数年前は結婚式を挙げる人が圧倒的に多かった(今は半数が挙げない)。ウェディング業界に属する企業の経営戦略も随分変化したでしょうね。夫婦別姓もこのくらいさっさと進めてほしい。

 では最近のロマコメとかロマンス小説とかも、デジタル化した恋愛を描いているものが増えているに違いないと思ったら、案の定こんな記事が。

www.bookbub.com

 えっこれ面白そう。表紙もかわいい。今度読んでみよう。もはやMr. Rightではなくthe Right Swipeか……。 

The Right Swipe: A Novel (English Edition)

The Right Swipe: A Novel (English Edition)

  • 作者:Rai, Alisha
  • 発売日: 2019/08/06
  • メディア: Kindle版
 

 追記:そういえばクリステン・ルーペニアンの「キャット・パーソン」もインターネットでの出会いを描いた作品でした。ただしこちらはまだ、インターネットでの出会いを曇りのない大学生活と対比させて描かれている気がする。読むと必ず「ヒィィヤァァー」と叫びたくなる、イヤミスならぬ「イヤフィク」笑。

キャット・パーソン

キャット・パーソン

 

  

 Literary Fictionにおいても、ある意味そんな時代の移り変わりを感じさせてくれたのが、ジェニー・オフィルによるWeather。 

Weather: A novel (English Edition)

Weather: A novel (English Edition)

  • 作者:Offill, Jenny
  • 発売日: 2020/02/11
  • メディア: Kindle版
 

 この小説はまるでTwitterである。

In the morning, the one who is mostly enlightened comes in. There are stages and she is in the second to last, she thinks. This stage can be described only by a Japanese word. “Bucket of black paint,” it means.

 

I spend some time pulling books for the doomed adjunct. He has been working on his dissertation for eleven years. I give him reams of copy paper. Binder clips and pens. He is writing about a philosopher I have never heard of. He is minor, but instrumental, he told me. Minor but instrumental!

 こんな感じで、まるで読者には見えない文字制限に従っているかのように、ぷつりぷつりと短い文章が繰り返される。

 ところで、この最初の段落の、"bucket of black paint"って一体何なんだ……。そんなことわざまたは言い回し、ある? 「墨を流したような」ってこと? どなたか教えてください。

 

 これほど短く、脈絡がないように思える文章を読んでいるだけで、多くのことが分かるのだから驚きだ。そんなところもTwitterに似ている。

 主人公のリジー(Lizzie)は創作学科で学んでいたのだが志半ばであきらめ、図書館司書となった女性(大学院を離れた理由については、物語の後半で明かされる)。思いやりのある夫ベン(Ben)とやんちゃな息子イーライ(Eli)と暮らしている。ドラッグ中毒の問題を抱えている弟のヘンリー(Henry)はなんとか更生し、キャサリン(Catherine)という女性との間に第一子が生まれるところだ。そんな中、学生時代の恩師シルヴィア(Sylvia)から連絡が入る。

 未来学者として人気のポッドキャスターとなったシルヴィアの元には、毎日リスナーから大量のメールが届いている。このメールの返信という仕事を依頼したいというのだ。また、世界中を飛び回っているシルヴィアの出張にも同行させてもらえるらしい。図書館司書として日々変テコな人間を観察しているリジーは、「これ以上おかしな人の相手をするのはちょっと」と逡巡するものの、結局仕事を承諾するが……。

 面白いのが、こんなリジーは実はまったくSNSに手を出していないこと。以下は、シリコンバレーからやってきたビジネスマンたちと食事をするシーンより。

He ignores this, blurs right past me to list all the ways he and his kind have changed the world and will change the world. He tells me that smart houses are coming, that soon everything in our lives will be hooked up to the internet of things, blah, blah, blah, and we will be connected through social media to every other person in the world. He asks me what my favored platforms are. I explain that I don’t use any of them because they make me feel too squirrelly. Or not exactly squirrelly, more like a rat who can’t stop pushing a lever.

  

 タイトルの通り、気候変動や政治の移り変わりも大きなトピックなのだが、水不足だとか大気汚染だとかトランプだとか、具体的な言葉は出てこない。こんなふうに示されるだけ。

There is a miniature American flag by the register now, right beside the postcard of Ganesh. But Mohan is not worried. “Even if this man wins, he will not stay,” he tells me. “Now he has money, planes, beautiful things. He is a bird. Why be a bird in a cage?”

 

 この短い文章の寄せ集めにも思えるような小説、あまりにも読みやすくて、それはいいことなのか悪いことなのかと考え込んでしまった。長い文章を読む集中力を保つことは、現代ではますます難しくなっているという事実を突きつけられたようで。なんだか、わたしのレビューも散漫だな……。

 

 SNSのプラットフォームも目まぐるしく移り変わる中で、Twitterの特徴といえば日本人ユーザーが群を抜いて多いことがあげられる。日本においてユーザー数の多いSNSといえばまだまだTwitterの名前があがるし、Twitterの国別ユーザー数ではアメリカが1位で、なんと日本が2位(3位の2〜3倍のユーザー数だったと記憶している)。

 なぜ日本ではこんなにもTwitterが人気なのか。考察記事はたくさん見つかるが、個人的にはやっぱり「文字数制限」という日本人にとってどこか懐かしい魅力が一番の理由だと考えている。

 五・七・五。

 五・七・五・七・七。

 読書管理アプリだって、文字数制限のある読書メーターは、制限のないブクログの何倍ものユーザー数を誇っているではないか。

 自分の感じたことを自由に表現するのに「制限」が必要だ、いや、「制限」があればより一層盛り上がるという不思議。

 

 それにしても、何を読んでも、何を聴いても、何を観ても、コロナと結び付けてしまいがちな今日この頃だ。

It was the same after 9/11, there was that hum in the air. Everyone everywhere talking about the same thing. In stores, in restaurants, on the subway. 

 

 全然毛色は違うけれど、同じくビネット仕立てだったのはキム・チュイの『小川』。

www.tokyobookgirl.com