トーキョーブックガール

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My Friend Anna / Rachel DeLoache Williams: アンナ・デルビー、「ソーホーのペテン師」と嘘まみれの人生

    ノンフィクションなのだけれど、いろいろな小説を思い起こさせる1冊だったのでブログに投稿しておく。

 2017年に逮捕され、2019年に裁判が行われた、「ソーホーのペテン師」アンナ・ソロキン(アンナ・デルビー)について書かれた1冊。

 

 

Netflixがアンナ・デルビーに関するシリーズを制作中

 アンナ・デルビーというのは彼女の名乗っていた名前で、本名はアンナ・ソロキン。ググってみると、日本語の表記はまだ揺れているようだけれど、シリーズ化に関するニュース記事では「アンナ・デルビー/ソロキン」となっているので、ここでもそう表記する。

 そう、Netflixでシリーズ化されるのです。アンナを演じるのはジュリア・ガーナー。脚本は『グレイズ・アナトミー』のションダ・ライムズ。

セレブに憧れた女詐欺師アンナ・デルビーを描くNetflixドラマのキャストが決定 : 映画ニュース - 映画.com

Inventing Anna - Anna Delvey Netflix Series Release Date, Cast And News

 ちなみにNetflixシリーズはこちらの本ではなく、ずっとアンナ・ソロキンを追っているNew York Magazineのジャーナリスト、ジェシカ・プレスラーによる取材が基となっている。 

 ではこの本は誰が執筆したのかというと、Vanity Fairのフォトエディター(当時)、レイチェル・デローシュ・ウィリアムズ。アンナの友人であると同時に、彼女に6万ドル以上を騙し取られた女性だ。年収が6万ドルほどだったレイチェルにとって、それはパニック障害を引き起こすほどのトラウマティックな大事件だった。

 

アンナとは誰だったのか

 アンナ・ソロキンはロシア生まれ。父親はトラックの運転者という中流階級出身で、後に家族でドイツに引っ越す。高校卒業後にパリのPurple誌にてインターンを経験したことをきっかけにセレブリティたちとのコネクションを築く。

 その後渡米し、ニューヨークの高級ホテルで暮らすようになる。「ドイツの資産家令嬢」という触れ込みで米国でも人脈を築き、マンハッタンの高額物件を購入しようとしていた。

 どこからお金を捻出していたのかというと、自らの銀行口座間における小切手詐欺(決済が行われる前に、お金を別講座に移動させ確保する)。また、「国際送金をするから(I'll wire money)」と繰り返し、数々の高級ホテルの宿泊料やプライベートジェットの費用を踏み倒していた。被害総額は25万ドル超。

 彼女の手口については、下の記事に詳しく記載されている。

虚構が生んだファッショナブルな詐欺師 |ハーパーズ バザー(Harper's BAZAAR)公式

友人だったヴァニティ・フェア誌の元編集者が語る「ソーホーの詐欺師」の手口 - Ameba News [アメーバニュース]

 

読みたいと思った理由

 この事件の顛末についてはさまざまな記事が公開されているが、特に印象に残ったものが2つあった。1つが、この本を執筆したレイチェルによるVanity Fair誌の記事。こちらの内容は本書の要約のようなもの。

“As an Added Bonus, She Paid for Everything”: My Bright-Lights Misadventure with a Magician of Manhattan | Vanity Fair

 そしてもう1つが、Elle DeeというDJによる記事だった。

My Anna Delvey story: Strange encounters with a fake heiress - BBC News

 高価だけれどどこか野暮ったい服に身を包み、髪のメンテナンスに800ドル、まつげエクステには400ドル費やしていたというアンナ。マンハッタン一と謳われる話題のレストランにも、Supremeのジャージとスニーカーで現れ、「他の客にとっては『特別なダイニング・エクスペリエンス』、わたしにとってはいつものランチ」というオーラを放っていたらしい。その外見は、エフォートレスに見せて実は手がかかっているという、現代的なrich girlそのもの。いとも簡単に騙される人が多かった中、Elle Deeは「この子はちょっとおかしいぞ」と感じ取っていたようだ。

 初めて会っても「こんにちは」さえ言わないマナーの悪さ、令嬢だという触れ込みなのにパーティーの後車泊していたという事実(お金はあるはずなんだから、その辺のホテルをとるか、送迎車を呼べばよかったんじゃ?)、ディナーに誘われたので行ってみると、その場に居合わせた人々は皆初対面のようで会話はまったく弾まない……。

 Elle Deeは次第にアンナを避けるようになるのだが、パリのファッションウィークで再びアンナと出会う。同じホテルに滞在していたのだ。翌朝、アンナから電話があり、「クレジットカードが使えなくて、ホテルに滞在費を支払えない。35,000ユーロ(約410万円!)貸してくれない?」と聞かれる。

 彼女に対して不信感を抱いていたElle Deeは当然、「そんなお金持ってない」と拒否。すると、Elle Deeが有名な企業家と付き合っている(&彼もホテルに滞在している)ことを知っていたアンナは「あなたの彼氏は? お金貸してくれない?」と聞いたのだった。

 Elle Deeの記事を読むと、「なんでこんな明らかにおかしな女の子にみんな騙されちゃったんだろう? 6万ドルも払っちゃったレイチェルって、何考えてたの?」と思うのだ。

 レイチェルは「全額わたしが負担するから」とアンナに言われ、モロッコのラ・マムーニアのスイート(1泊何万ドルもする)に宿泊し、その滞在費用を肩代わりさせられている。この本を読むまでは、そもそも自分で自分の宿泊費を支払えないなら行かなきゃいいのに……と思ったし、「レイチェルだって、アンナがお金持ちの令嬢だと思って利用していた部分があるんじゃないの?」と、うっすら考えていた。

 

レイチェルはなぜ騙されたのか

 本人も、周りにそう思われているだろうということは理解している。そして、騙された理由は、この本に詳しく書いてある。テネシーで生まれ育ったレイチェルがどのようにマンハッタンに移り住み、憧れていた雑誌のフォトエディターになったのか、そしてアンナと出会ったのか。

 アンナは、レイチェルの友人の友人だった。友人と飲んでいる最中に突然やってきて、仲間に加わったアンナ。

I can't remember which arrived first, the expected bucket of ice with a bottle of Grey Goose and a stack of glasses or "Anna Delvey". She was a stranger, and yet not entirely unknown to me.

 レイチェルがアンナに惹かれたのは、決して資産家の令嬢だったからではなく、"Anna...embodied a level of professional empowerment"だからだという。レイチェルだって多くの女の子が憧れるであろうVanity Fairの編集者で、本人も結構なgo-getterではあるのだが(仕事を獲得したエピソードからも分かる)、働き始めて6年目、仕事にも慣れ「このままでいいのかな」と考え出すような時期に、自分より年下の女の子が著名な財界人と対等に会話し、ビジネスを動かしている様子を見せつけられると、憧れ、尊敬し、自分自身に対する迷いが生じるのも分からないでもない。

 そして、他人との距離が近い南部出身で、元来世話好きというレイチェルは、アンナの生い立ちや、彼女が時折見せる孤独感に同情し、「この子のことをわかってあげられるのは自分だけ」という錯覚に陥るのだ。アンナはおそらくこういうレイチェルの人柄をよく理解し、巧みに利用したのだろう。

 

まるで探偵なレイチェル

 予想以上に面白かったのが、「アンナは令嬢なんかではなく詐欺師だ」と突き止めたのがレイチェル自身だというところ。そして、アンナの逮捕にも一役買っているところ。

 元々は「アンナは浪費癖があるので、両親から月々決められた額を支給されていて、限度額を超えたから支払えなかったのだろう」と周りは考えていたのだが、勘が働いたのであろうレイチェルは、

・ドイツ人と言っているが本当はロシア人

・本当は一文無し、多分生粋の詐欺師

 というところまで自分で(友人の力も借りて)突き止めてしまうのだ。訴訟を起こすことになって弁護士に相談するときも、「Operation Clarify」なんて名付けたファイルに今までのメールのやりとりやら飛行機のチケットやら、ありとあらゆるものを納めて提出し、「捜査官になろうと考えたことはないですか?」なんて聞かれるほど。それもそのはず、レイチェルの祖父はもともとFBIで働いていて、レイチェルもそういう仕事に興味があったのだという。

 このあたりは本当に読み応えがあって、ドラマ化するのであれば、ジャーナリストの記事よりもこっちの方が楽しめそうと思ってしまった。

 ちなみに本作の映像化の権利はHBOが買い取っていて、『GIRLS』のレナ・ダナムによる制作が決定している。いつごろになるのだろう。

 ニューヨークが見せる幻と、その幻をせいいっぱい利用した女の子。「お金が欲しかったんじゃなくて、権力が欲しかった」というアンナの言葉が印象的だ。 

New York attracts such a wild range of people: artists and bankers, immigrants and transients, old money and new money, people waiting to be discovered and other who never want to be found. Everyone here has a story to tell-some more elaborate than others. But without exception the people have texture, and texture is character, and character is fascinating.

 

以下の小説がお好きな方におすすめ

『グレート・ギャツビー』F・スコット・フィッツジェラルド 

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

 

 『グレート・ギャツビー』ギャツビーという男の得体のしれなさ、謎めいたところは、アンナ・ソロキンが作り上げた虚構によく似ている気がする。『ギャツビー』の最後の最後で、彼の知られざる一面が顔をのぞかせる様子も、この事件を通して見えてくるアンナ・ソロキンを彷彿とさせる。

Most of the places we frequented have since closed and their names have been forgotten. Whatever their particular theme, they were iterations of the same core concept, designed to draw the fashionable crowd of the moment. (My Friend, Annaより)

 

『ベル・ジャー』シルヴィア・プラス 

ベル・ジャー (Modern&Classic)

ベル・ジャー (Modern&Classic)

 

 雑誌のインターンのために、田舎からニューヨークへやってきた女の子。お金持ちの女の子たちを見ては焦燥感にかられる主人公は、そのままレイチェルのよう。と同時に、ドイツからパリへPurple誌のインターンにやってきて、そのままニューヨークで大金持ちを演じることにしたアンナのようでもある。

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『またの名をグレイス』マーガレット・アトウッド

 グレイスは滔々と語る。自分に起こったことを。その身に課せられた罪を。グレイス以外の関係者全員が死亡している状態なので、誰にも真実はわからない。それなのに、世間はグレイスを「悪魔のような女」、または「騙された聖女」という両極端のイメージに当てはめたがる。アンナをめぐるメディアの過熱を見ていると、この小説を思い出す。アンナも獄中で伝記を執筆中とのことだが、それはグレイスの独白によく似たものになるのかも。

私のことについてあれこれ書かれたことを考えてみる。冷酷な女悪魔だとか、身の危険を感じて、仕方なく悪党に従った罪のない犠牲者だとか、あまりに無知なため正しい行動がとれなかったとか、私を絞首刑にするのは司法による殺人だとか、私は動物が好きだとか、艶のある顔をしたすごい美人だとか、青い目をしているとか、緑の目をしているとか、髪の毛は鳶色だとか、茶色だとか、背が高いとか、あるいは平均以上の高さではないとか……。そして、どうして、一度にこんなに違うものになれるんだろう、と考えてしまう。

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『落下する夕方』 江國香織

落下する夕方 (角川文庫)

落下する夕方 (角川文庫)

 

 一緒に暮らしていた恋人に「ほかに好きな人ができた」とふられた梨果。寂しい一人暮らしが始まるかと思いきや、なんと恋人が「好きになった人」、華子が押しかけてきて、奇妙な共同生活が始まる。

 ずうずうしく常識知らずの華子にいつの間にか惹かれていく梨果の心境は、レイチェルに近いものがある。

 華子も梨果の飛行機のチケットを勝手に使って香港に飛んでしまったりと、詐欺まがいのことをしていたな。 

 

『BUTTER』柚木麻子 

BUTTER

BUTTER

  • 作者:柚木麻子
  • 発売日: 2017/06/30
  • メディア: Kindle版
 

 なぜ騙されたの? 

 若くも美しくもないのに次々に男を騙して金を奪い、殺人まで犯した女。その謎を暴こうと取材する新聞記者も、いつしか彼女に振り回されるようになる……。逃げたくても逃げられない、詐欺師の魔力を描いた作品といえば『BUTTER』。