最初の数ページを読んだだけで、はっと驚き、早くもこの小説のとりこになる。
Amma
is walking along the promenade of the waterway that bisects her city, a few early morning barges cruise slowly by
to her left is the nautical-themed footbridge with its deck-like walkway and sailing mast pylonsto her right is the bend in the river as it heads east past Waterloo Bridge towards the dome of St Paul's
she feels the sun begins to rise, the air still breezy before the city clogs up with heat and fumes
a violinist plays something suitably uplifting further along the promenade
Amma's play, The Last Amazon of Dahomey, opens at the National tonight
最初の章の主人公でもあり、この小説の登場人物すべてをつなぐ存在でもある女性、Ammaは劇場へ向かってロンドンの街を歩いている。今夜、彼女の作品が上演されるのだ。
Girl, Woman, Other: WINNER OF THE BOOKER PRIZE 2019
- 作者:Evaristo, Bernardine
- 発売日: 2020/03/05
- メディア: ペーパーバック
流れるような文章。Ammaを遠くから眺めていた読者の視線は、すぐにAmmaの視線と重なり、聴覚を共有し、彼女の意識とつながる。
会話も""でくくらない、文章の冒頭に大文字だって使わない、今っぽい文体で書かれた作品なのに、その意識の流れとAmmaの高揚感からは『ダロウェイ夫人』が連想される。そして、読み進めるに連れてその思いは強くなる。『ダロウェイ夫人』が6月のある1日について書かれた小説であるのと同様、Girl, Woman, Otherも基本的には、The Last Amazon of Dahomeyの初日という、たった1日の間に起こったできごとだ。ただし、これまた『ダロウェイ夫人』同様、登場人物たちの意識は過去や未来を行ったり来たりして、何十年という長い月日に思いを馳せる。
Ammaは「今までの人生の集大成」とも言える作品のpremierに向かいながら、自分の人生について考える。レズビアンとして型破りな作品ばかりを作ってきたこと、それが評価されたこと、特定の女性とのコミットメントを嫌がり自由恋愛を楽しんできたこと。
同じくレズビアンの黒人女性、そして過激な作品を手掛けるマイノリティとして演劇界を生き抜いた戦友のDominiqueは束縛癖のあるアメリカ人女性に夢中になって米国へ渡った。彼女にも今夜の上演を見てほしかったとAmmaは願う。今夜は、子どもの頃からの友人、Shirleyや、大人になってからできた友人たち(Mablel、Olivine、Katrina、Lakshmi)もやってくる。そしてもちろん、大切な一人娘のYazzも。
さまざまな差別や困難を乗り越えてここまで生きてきたAmmaは、Yazzをフェミニストとして育てたいと思っていた。しかし、大学生となったYazzは言う。
feminism is so herd-like, Yazz told her, to be honest, even being a woman is passé these days, we had a non-binary activist at uni called Morgan Malenga who opened my eyes, I reckon we're all going to be non-binary in the future, neither male nor female, which are gendered performances anyway, which means your women's politics, Mumsy, will become redundant, and by the way, I'm humanitarian, which is on a much higher plane than feminism
do you even know what that is?
自分とは異なる視点を持つ娘Yazzを愛し、「一生実家に住んでいたっていいんだから」と締め括るAmma。次に登場するのはYazz本人で、当然彼女の言い分としては「大学を卒業しても実家で暮らすなんてマジ勘弁」である。
この調子でさまざまな年代とバックグラウンドの、英国人の(主に)黒人女性12人の視点から物語は続く。それぞれの人生。少女の頃にレイプされたこと、小さい町で差別を受けたこと、若くして子どもを抱え死に物狂いで働いてきたこと、エリートとなった娘と分かり合えないこと、実の両親を知らないこと。
心の傷や誰にも言えない秘密を抱えている彼女たちは、友人や娘や母や祖母の目に映る彼女たちとは全然違う生き物でもある(それもまた、『ダロウェイ夫人』を想起させる)。
ミセスでもミスでもない女たち(女たち、とも言えないかも。ノンバイナリー/Theyを選択した人も登場するから)の物語、胸が苦しくなるエピソードもあるけれど語り口はユーモアに富んでいて、全体的な感想としてはまさにAmmaが自身の作品に対して受け取る批評家の感想そのもの。
astonishing, moving, controversial, original
物語の軸となっているのは「母と娘」のエピソードだ。どの章も母と娘を中心に構成されている。関係はそれぞれ異なる。「親の心子知らず」もあれば、娘に対して複雑な嫉妬心があるのかと思わせる母親もいる。早くに母を亡くした人物(数名)は「お母さん、今の私を見てほしかった」、「夫や子どもたちを見てほしかった」と心の中で繰り返し、母という他の何者にも変えがたい存在の偉大さを実感する。
そしてエピローグも……そういう展開になるだろうな、とは思っていたけれど、そのツールを使うとは! 最後の最後まで素晴らしかった。
さて、2019年は文学における「女性の年」だったように思う。ブッカー国際賞は6作品中5作品が女性の作家によるもので、翻訳者は全員女性だったということが注目を集めたし、日本でも直木賞にノミネートされた作家は全員女性だった(初めて)。そしてブッカー賞を受賞したのが、このGirl, Woman, Otherとマーガレット・アトウッドによるThe Testaments(誓願)の2冊。
1991年、ブッカー賞にノミネートされた作家が全員男性だったことへの抗議としてWomen's Prize for Fictionが設立されたことを考えると感慨深い。そしてもちろん、本作は2020年のWomen's Prizeにもノミネートされている。