2019年のReading Challengeで「タイムトラベルものを読みたい」と書いたのだけれど、ちょうどぴったりの小説が出版されていた。
ジョイス・キャロル・オーツの新作だ。2018年にはこのHazards of Time Travel(長編)とBeautiful Days(短編集)を出版するなど相変わらずの多作っぷり。
2019年もすでに3冊(絵本を含む)の出版予定があり、いつまでも衰えないその「書く」ことへの情熱にはただただ圧倒される。
Hazards of Time Travel: A Novel
- 作者: Joyce Carol Oates
- 出版社/メーカー: Ecco
- 発売日: 2019/10/08
- メディア: ペーパーバック
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個人的に、オーツは文学界の北島マヤだと思っている(ガラかめおたくな私)。
この多作っぷりを見ていると、オーディションでカフェを舞台にした寸劇をしろと命令された北島マヤが、ただ一人嬉々として様々な作品を生み出し続けるというあのシーンを思い出してしまうのだ。他の候補者が一つか二つしか寸劇を考えることができず、青ざめ白目をむいている中で。あれは『二人の王女』のオーディションだったかな?
オーツも、ジャンルや作品の長短にこだわらず多くの作品を生み出している。
Hazards of Time Travelはなんとオーツにしては珍しい(初めてでは?)のディストピア小説である。
舞台は2040年前後のNorth American States(NAS)。2001年の9月11日に起きたthe Great Terrorist Attacks以降、アメリカ合衆国はNASと名を変え、メキシコやカナダを取り込み、全体主義の政治体制を敷いている。
どこにでも政府の「目」("eye"/スパイ)が存在していて、政府に対する疑問や不満を口に出そうものなら、「消される(Deletion)」か「追放される(Exile)」ことになっているという、オーウェルの『1984年』的世界が作り上げられているのだ。
- 作者: ジョージ・オーウェル,高橋和久
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/07/18
- メディア: ペーパーバック
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主人公のエイドリアン・ストロール(Adriane Strohl)は、昔でいうところのニュージャージーに暮らす17歳の女子高生。
高校生といえども、あまり賢いと政府に目をつけられる。中でも科学が得意な生徒は「懐疑的」で「知的好奇心が強い」としてマークされているから、目立たないように生きることが何より大切だ。
特にエイドリアンの場合、叔父は「消され」、科学者である父親もMI(Marked Individual)として政府に目をつけられているため、注意しなければいけないはずだった。しかし賢いエイドリアンはうっかりクラスで一番の成績を取ってしまい、高校の卒業式で答辞を述べることになる。この答辞で歴史に関する疑問("Why"/なぜ)を口にしてしまったため逮捕され、「追放」されることになる。
まるで、反社会的な伯父を持ち、ものごとがなぜ起こるかを知りたがっていた『華氏451度』のクラリス・マクラレンである。2040年という時代背景も本書とほとんど同じ。
「追放」とは何か、というと過去にテレポーテーションさせられるという意味。
エイドリアンは名前を「メアリー・エレン・エンライト(Mary Ellen Enright)」と改められ、1959年のウィスコンシンに送られるのだ。
彼女の服役年数は4年。ウェインスコシア大学(Wainscotia)の1年生として新たな土地・時代で新たな生活を送ることになったエイドリアンは、卒業までここにいることを強制される。
「追放者」には
・住居から10マイル以上離れてはいけない
・過去の人間に「未来の知識」を与えてはいけない
・誰とも親密な関係を築いてはならない
・子孫をもうけてはならない
などの規則があり、エイドリアンは家族や友人と会いたいと願いながらも、孤独に生きることになる。
と、このあたりまではYAディストピア小説風で、以前読んだFlawedに雰囲気が似ているなと思いながら読んでいたのだが、ここからがらっと色調が変化する。
物語は恋愛譚へと舵を切るのだ。孤独なエイドリアンが出会ったのは心理学の教授アイラ・ウォルフマン(Ira Wolfman)。どこか達観したようなシニカルな物言いが特徴的な彼も、自分と同じく未来から「追放」された人間なのではないか? そう思ったエイドリアンは身の危険も顧みず、彼に真実を打ち明けようとするのだが……。
ディストピア小説とはいえど、あくまでオーツの作品。Scientificな舞台背景の組み立てよりも、エイドリアンの心境の変化や成長するにつれて変わっていく信念にフォーカスが当てられている。
たった一人、皆とは違う環境からやってきて、上手く馴染むことのできないエイドリアンが抱える孤独は、もしかすると同じ年代(1960年代)にニューヨークからウィスコンシン大学に入り修士号を取得したオーツが味わった感情なのではないか。
2040年からやってきた少女が1950-60年代に覚える違和感は特に印象深い。肺がんなど気にせずに部屋で喫煙する女子大生たち、頭を打ってもMRIをしてもらえないこと(まだ存在していないから)、電源・WiFiなしで動く(!)タイプライターなど。
時代とともに移り変わる「常識」の脆さや危うさが余すところなく描写されている。
オーツ節健在で楽しめたけれど、例えば1冊目のオーツにおすすめしたいという作品ではなく、あくまで変わり種かなと感じた。
ちなみに、オーツの代表作といわれる『ブロンド』は未読なので、ぜひ近々読んでみたい。