(マッドアダム)
近未来を描いたディストピア、アトウッドの「マッドアダム・シリーズ」完結編。
Paramount TelevisionおよびAnonymous Contentによるドラマ化が決定し、日本でも第一作目『オリクスとクレイク』出版から8年後の今年10月に第二作目『洪水の年』が出版*1された。MaddAddamの翻訳も近々出るかもしれない。
- 作者: マーガレット・アトウッド,Margaret Atwood,畔柳和代
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/12/17
- メディア: 単行本
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おさらいとあらすじ
*Spoiler Alert: MaddAddamのあらすじに関しては、冒頭1/3(全390ページ中120ページくらいまで)で起こる出来事のみ書いています。が、ストーリーは『洪水の年』の続きになっているので、ネタバレにご注意ください。
おさらい
『オリクスとクレイク』の語り手はスノーマンと呼ばれる男性だった。かつてはジミーという名を持っていた彼は、何らかの感染病で人類がほとんど死に絶えたにもかかわらず一人生き残り、「クレイクの子供たち」と呼ばれる遺伝子操作で作り上げられた改造人間たちの集落の近くで暮らしている。
スノーマンは特権階級に生まれ育った過去や友人のクレイク、科学の進歩と遺伝子操作、ほとんどの人間を死へ追いやった感染病などについて思いを馳せる。
一方、『洪水の年』の語り手は二人の「平民」女性。<神の庭師*2>という宗教/菜食主義者団体に所属していたトビーとレンだ。この二人もまた、ほとんどの人間をほろぼした感染病「水のない洪水」を別々に生き抜く。それぞれの視点からの物語に、アダム・ワンという<神の庭師>の教祖の説法も加わり、多面的に「水のない洪水」前後の状況を知ることができる。
あらすじ
今回はトビーの視点から物語が展開する。
『洪水の年』後半で再会したトビーとレンは犯罪者らに誘拐されていたアマンダを助け出し、犯罪者らを追い払おうとして手傷を負ったジミーも共に、ゼブや<マッドアダム>の仲間たちが暮らしている場所にたどり着く。
密かにゼブのことが好きだったトビーは、彼が生きていてくれたことが嬉しい。また、二人はお互いに惹かれていることを確認し、男女の関係を持つようになる。
ジミーにくっついてやってきた「クレイクの子供たち」はゼブのことを英雄視しており、毎日のようにトビーに向かって「ゼブのお話を聞かせて」とねだる(ジミーが昏睡状態で、クレイクの話を聞かせてくれる人がいないということもある)。
そういうわけで、トビーは毎夜のようにゼブから自身の生い立ちを聞き、それを子供向けの物語風にアレンジしては「クレイクの子供たち」に語り聞かせる。
そこで明かされるのが、ゼブはアダムの異母兄妹だったという事実。金髪・青い目で天使のようだったアダムと、浅黒い肌を持つ問題児で周囲の大人を困らせてばかりいたゼブ。頭文字が"A"と"Z"であることから想像できるように、二人は正反対なのだが父親が同じとされていた。面白いのは、アダムの母親は娼婦のようなだらしのない女(と言われていた)で、ゼブの母親は禁欲的な女だったこと。
成長し、父親と彼が信じる宗教に納得がいかなくなった二人は彼の金をこっそり持ち出し家から逃げ出すのだが……。
所感
というわけで、早い段階からこの世の終わりを見てきたゼブの人生を通して、謎に包まれていた<神の庭師>や<マッドアダム>の成り立ちが明かされるという仕掛けになっている。アダムが<神の庭師>を始めた目的は何か? 「ゆりかごから墓場まで」を提供しようとするヘルスワイザーの本当の狙いとは?
そこに人類の存続や進化についての問題が浮上してきて、現在進行形の物語が絡んでくる。
アトウッド版近未来の「人類の歴史」といった趣(クレイクの言葉を借りて言えば「リブート」後の人類の歴史)。シリーズ全体を振り返ってみると、「アダムとイブ」、「カインとアベル」、「ノアの箱船」、「出エジプト記」といった旧約聖書のエピソード、「イエス・キリストとマグダラのマリア」、「キリストの使徒たち」という新約聖書のエピソードに加え、たとえば「ネアンダルタール人の遺伝子を受け継ぎ進化していくホモ・サピエンス」だとか「コロッセオでの剣闘士の戦いを楽しむという野蛮なエンターテイメント」、「『アンナ・カレーニナ』のように全てを捨てて恋愛に走る女」、「『動物農場』のように考え話す動物たち」、「宗教の破滅」など、人類史を振り返るようなモチーフが多く使われていたことに気づく。
そして第三作目『マッドアダム』のテーマは何かというと、一つは「神話の伝承」だろう。生き残った人々が、次の世代へ語り伝えていくこと。「クレイクの子供たち」は最初こそ脳みそは三歳児並みで、何を見ても何を聞いても「どうして? なぜ?」だったのが、トビーという語り手を得てどんどん変化していく。
MaddAddamを最後まで読むと、これを書きたいがために『オリクスとクレイク』、『洪水の年』の数々のエピソードが存在したのかと感じる。アトウッドの頭の中ってどうなっているのだろうと驚嘆しきり。初めて手塚治虫の『火の鳥』を読んだ時と同じような衝撃と感動を得られた読書だった。
素晴らしい作品で後々アトウッドの代表作となることは間違いないし、73歳にしてこれを書き上げる彼女の体力と気力と好奇心……神業としかいいようがない。小説の最新作Hag-Seedももちろん良かったけれど、やっぱりSFでこそアトウッドは本領を発揮すると感じた。
そんな彼女が最近取り組んでいるのがグラフィックノベルの原案・原作。Angel Catbird三部作に続き、War Bearsという作品も出版されている。意外にも様々なコミックを読んで育ったアトウッドはグラフィックノベルというジャンルのファンらしい。こちらも今積んでいるので、読んだら感想を書きたい。
The Complete Angel Catbird (English Edition)
- 作者: Margaret Atwood
- 出版社/メーカー: Dark Horse Books
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そういえば日本でもちょうど、人の臓器を持つ動物の作製が解禁された。これを見て、「マッドアダムの世界……」と思ってしまった私。
人の臓器を持つ動物の作製解禁へ 臓器移植などへの応用に期待 - ライブドアニュース