トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『ピアノ・レッスン』 アリス・マンロー: 断筆宣言済み作家のデビュー作は50年の時を経てもみずみずしい

[Dance of the Happy Shades]

マンローのデビュー作ということで、英語圏で出版されたのは、なんと1968年! その事実にびっくりしてしまう。日本語訳が出版されたのが去年なので、ちょうど50年の時を経て発売されたということになるが、翻訳者の小竹由美子さんも解説で書いていらっしゃる通り全く古びていない。 

そして、2000年代の彼女の作品と比べても、ちっとも見劣りしない。それどころか、アリス・マンローという作家のエッセンスがつまりまくっている、デビュー作にしてすでに完成されている短編集だった。 

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)

 

主に女性の視点から語られる半ば自伝的な短編小説を多く生み出しているマンローだけれど、彼女の物語はどれも短いながら冷たい手で心臓をぎゅっと掴まれるような、声の出ない驚きを与えてくれる。 

まるであなたのような、そして私のような「彼女」が人生において「あ」と思った場面、忘れたつもりでいても、いつまでも喉に魚の骨が引っかかっているような気分にさせられる出来事を描いている作品が多い。 

 

新興住宅地に一軒だけ残る、みすぼらしい家とそこに住まう老女。景観を乱すとして彼女の立ち退きを要請する隣人たちに、どうしても加わる気になれない女性の小さな抵抗を描いた「輝く家々("The Shining Houses")」 。

 

乗せてくれてありがとう("Thanks for the Ride")」の舞台は、夏だけ都会の男の子が遊びにやってくるような湖沿いの小さな田舎町。そこに暮らしている社会的階級は自分より幾分劣る女の子に出会った、とあるおぼっちゃま。

このにおい、見苦しさ、打ち明け話のような口調ーー僕の知らないこの生活の何か、この人たちの何か。僕は思った。うちの母、ジョージの母、あの人たちは無邪気だ。ジョージでさえ、ジョージだって無邪気だ。だが、この人たちは生まれつき狡猾で、惨めで、訳知りなのだ。

 自分たちとは明らかに違うにおいを感じ取りながらも、前の夏にお金持ちの男の子に捨てられたばかりという女の子ロイスと一夜をともにする。決してロイスの視点からは語られないが、彼女のうちに巣食う人生への諦めや男性に対する苦々しい気持ちが胸に残る。

 

一方、マンローが実際の体験を書いたと思われる「仕事場("The Office")」では子供を抱える母・妻として、家で仕事をすることの不可能さが綴られていて、当時おそらく30代のマンローと現代の私たちが抱える悩みが全く同じことに思わずため息をついてしまう。

想像してみてよ(とわたしは言った)、母親が自室のドアを閉じてしまい、このドアの向こうに母親がいるのだと子供たちにはわかっているという光景を。もちろん、そんなこと考えるだけでも言語道断。座りこんで宙を見つめている女、夫のものでも子供たちのものでもない国を見つめている女も、同様に自然の理に反するとされている。だからね、家というのは女にとって同じではないの。女は家に入っていって、家を利用して、また出ていくというわけにはいかない。女は家なの。わけることはできない。

 

そう、マンローは同じくカナダ人作家で友人でもあるマーガレット・アトウッドとは全く違う作品を生み出しているのだが(しいていうならアトウッドの『キャッツ・アイ』はどこかマンロー的かもしれない)、その奥底に流れる思想は同じなのだと思わされることが多い。フェミニズムという言葉に対する考え方も、インタビューから鑑みるに、きっと同じ。

「女の子なんだから」「女の子だからしょうがないな」ーー両親からかけられるそんな言葉に反発しながらも、成長するにつれてそれを受け入れざるをえないように感じる少女を描いた「男の子と女の子("Boys and Girls")」を読んでいると、指を針で突かれたように気持ちがチクっとする。

 

その他のマンローの短編集の中では、私は『ジュリエット』(Runaway)が一番好きだ。

ブリティッシュ・コロンビアやオンタリオの田舎で生きる女性たちの抱く失望や哀しみ、怒りを描いた作品ばかり。

その感情は映画監督ペドロ・アルモドバルが描く女性像にとてもよく似ていて、アルモドバルがマンローのファンというのもさもありなんという感じ。

ちなみにジュリエット関連の三部作は、アルモドバルによって日本語タイトル『ジュリエッタ』として映画化もされている。

スペインのテレビドラマ『イサベル〜波乱のスペイン女王〜』(めちゃくちゃ面白い、リアル『ゲーム・オブ・スローンズ』である)で主演を務め好評を博した女優ミシェル・ジェネールも出演しています!

ジュリエット (新潮クレスト・ブックス)

ジュリエット (新潮クレスト・ブックス)

 
ジュリエッタ(字幕版)

ジュリエッタ(字幕版)

 

すでに断筆宣言しているマンロー(2013年)だが、長編小説は一つも読んだことがないので、今年Who Do You Think You Areを読みたいなと考えている。

ガーディアンの1000冊にも選ばれている作品。

Modern Classics Who Do You Think You Are

Modern Classics Who Do You Think You Are

 

 

さて、2018年に発売された本を後まだ5冊ほど積んでいる。今年の個人的なReading Challengeの一つ、「積ん読解消」はまずこの5冊から始める予定。

積むのも楽しければ、棚卸もまた楽し。

みなさまもhappy reading!