トーキョーブックガール

海外文学・世界文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Bangkok Wakes to Rain / Pitchaya Sudbanthad: 早くも個人的ベスト・オブ・2019の予感

タイトルと装丁に惹かれて購入(2019年のto be readリストに入れていた作品)。

バンコク、大好きです。遊びに行くのも好きだし、仕事でも何度か行ったけれど同僚もクライアントも素敵な方ばかりだし、ごはんも美味しいし(川魚って苦手なんだけれどタイ料理だと美味しく食べられる不思議)、あの湿度と温度も好き。なんでも安請け合いしてしまうとか、中身を伴わないリップサービスが多いとか、国民性も多分ちゃらんぽらんな私に合っているのだと思う……。 

こちらは、タイ出身で現在はニューヨークとバンコクを行き来して暮らしているというPitchaya Sudbanthadのデビュー作。

これがすごくよかった。東南アジア版リョサの趣もあり、プイグを彷彿とさせるようなところもあり。

BANGKOK WAKES TO RAIN MR-EXP

BANGKOK WAKES TO RAIN MR-EXP

 

四分の一ほど読んだところで、これって長編小説(A Novel)だよね? と、表紙を確かめてしまった。というのも各章、時代も国籍も違う人々の話がランダムに始まり、そのどれも短編としても読めてしまうほどクオリティが高かったから。共通点はといえば、バンコクがどこかで出てくること。とはいえ、バンコクを舞台にしたものもあれば、バンコク出身者が海外(イギリス、アメリカ、日本の横浜も)にありて語るものもある。しかし人間の話ばかりというわけでもなく、渡り鳥の視点からバンコクを見ている話もある。

 

たとえば19世紀。ニューイングランドから宣教師らとともにシャム(タイ)にやってきたばかりの医師フィニアス(Phineas)は早々にこの国に失望しており、どこか他の国への移動を願い出ようとしている。

次の章では、クライド(Clyde)というアメリカ人のジャズピアニストが登場する。ロック全盛期にジャズを愛し続けた男である。バンコクでのらりくらりと暮らしていた彼の元に、一件の仕事依頼が入る。とある豪邸での演奏だ。パーティーでもあるのかと思い、その家を訪れた彼を待っていたのは家の持ち主である老婦人ペン(Pehn)たった一人。彼女は、この家に眠る亡霊たちのためにピアノを演奏して欲しいとクライドに頼むのだった。

そのまた次の章はニー(Nee)とシリポン(Siripohng)という大学生のカップルの視点から語られる。時は1976年10月。そう、クルンテープ(バンコク)で血の水曜日事件というクーデターが起きた時である。二人はシンガポールから帰国した元首相の断罪を要求するためタンマサート大学へ赴き、デモに参加する。

 

こんな感じで、一見何の関係もなさそうな老若男女の話が入り乱れながら続いていくのだけれど、血の水曜日事件という実際に起きたクーデターが登場するエピソード以外では特に時代背景は明記されない。

だから登場人物の名前や相関関係、首都バンコクの呼び方(バンコクなのかクルンテープなのか)などでなんとなく推量し読み進めないといけない。

半分くらい読み終わったところで全体像がぼんやりと浮かび上がり、すると俄然面白くなってきて読むスピードが上がった。

これは19世紀から未来(2040年頃)までのバンコクという都市を描いた、今や半分バンコクを離れてしまった著者からの、バンコクへの愛と賛歌なのだ。

なにより、この時代も国籍も性別も人間・非人間まで入り乱れてごった煮のように始まる小説のあり方が、混沌としたバンコクという都市そのもののようで心を惹かれる。

雨がよく降り湿度が高く、いつもみずみずしく潤んでいるようなバンコクの街。

マハーバーラタに登場する蛇の神ナーガが子供達の会話に出てきたり、水に住まう生き物を捕獲する渡り鳥が描写されたりして、水と都市、神話と都市の密接な関係が浮き彫りにされる。

 Even with decades of flood, most Thais aren't shaying from water. It feels good having it all around, misting faces even while hiking up the trails. Water means home.

 

政治的な事件を軸に展開される物語は、マリオ・バルガス=リョサの『緑の家』や『ラ・カテドラルでの対話』のようだ。

www.tokyobookgirl.com

そして近未来を描いたエピソードは急にSF調になり、マヌエル・プイグの『天使の恥部』を想起させる。

天使の恥部 (白水Uブックス)

天使の恥部 (白水Uブックス)

 

 それにしても、デビュー作がこんなに素晴らしい作品なんて。これからどんな作品を発表してくれるのかも楽しみだし、どういう小説を好んで読んできたのかも知りたい。もっと色々Sudbanthadさんについて知りたいのだけれど情報があまりない〜! 何より、彼の読んでいる本や好きな作家が知りたい。

はあ、そしてこないだまでイスラエル料理ばかり食べたかったのが、今度はタイ料理が食べたくなってきた。東京では、六本木のジャスミンタイが好きです。関東&関西でおすすめのタイ料理レストランがあったら教えてください。

 みなさま、今週もhappy reading!