(ローマ熱)
“I was just thinking,” she said slowly, “what different things Rome stands for to each generation of travelers. To our grandmothers, Roman fever; to our mothers, sentimental dangers—how we used to be guarded!—to our daughters, no more dangers than the middle of Main Street. They don’t know it—but how much they’re missing!”
19世紀生まれ・ニューヨーク上流階級育ち・結婚後はパリで暮らした作家イーディス・ウォートンの短編小説Roman Feverを読んだ。
ウォートンの名作と評される作品とのことで、興味が湧いて。英語版でKindleなら150円。
Roman Fever: Short Story (English Edition)
- 作者: Edith Wharton
- 出版社/メーカー: HarperPerennial Classics
- 発売日: 2014/04/29
- メディア: Kindle版
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ウォートンの作品は『エイジ・オブ・イノセンス』すら日本語訳は絶版になっているのが残念だが、Roman Feverは「ローマ熱」として『20世紀アメリカ短編選』や『百年文庫 都』に収録されている様子。
マウンティングってやつ
1934年にリバティ誌に掲載された作品なのに現代人も思わず共感してしまう、これはすっかり日常語として定着した感のある「マウンティング」についての物語だった。
作品自体は非常に短く、登場人物もたった二人だけ。中年だがメンテナンスにお金をかけているのだろうと思わせる外観の女性たちだ。
よりふっくらとして血色がよいのがスレイド夫人(Mrs. Slade)。
気弱に見える方がアンスリー夫人(Mrs. Ansley)。
この二人はニューヨーク上流階級出身の幼馴染で、どちらも早々に夫を亡くし、それぞれ娘を連れてローマを訪れている。独身の頃からよく通ったローマ。スレイド夫人にとっては、今は亡き夫と出会い、婚約をした思い出の土地でもある。
そんな二人が月夜の晩、娘たちが夜遊びに出かけてから、レストランのテラス席でおしゃべりをするのだが、この二人は実はfrenemyなのですね。表面上は仲がいいのだけれど、スレイド夫人はどこかアンスリー夫人を見下しているところがあり、何かにつけていらいらしている。
"Grace Ansley was always old-fashioned", she thought.
一方スレイド夫人に比べると地味なアンスリー夫人だって、内心はスレイド夫人のことを
"Alida Slade's awfully brilliant; but not as brilliant as she thinks,"
なんて評価しているのだが。
若い頃はその美貌が評判でパーティーの花だったスレイド夫人、その引き立て役に徹していたアンスリー夫人。だが、今スレイド夫人はアンスリー夫人が羨ましくてたまらない。その理由は娘にあった。
スレイド夫人の娘ジェニーは完璧なものの、いい子すぎてつまらないところがある。華やかな美しさが評判を呼んだスレイド夫人の若い頃に比べると、見劣りする。
アンスリー夫人の娘のバーバラは快活で少し危なっかしいが、大輪のバラのような美人。ローマ滞在中に若いイタリア人の公爵とお近づきになり、婚約も間近というところ。バーバラと一緒にいると、ジェニーは引き立て役でしかない。
つまり、この娘たちというのは、スレイド夫人とアンスリー夫人がそっくり入れ替わってしまったような存在なのだ。これがスレイド夫人のイライラを誘い、どうしてもアンスリー夫人より優位に立ちたい彼女は、ついに長年秘密にしていたことを打ち明けてしまうのだった。
(この辺りから少々ネタバレあり)
それは今は亡き夫デルフィンのこと。若くハンサムだった彼は人気者で、すでにアリダ(現スレイド夫人)と付き合ってはいたものの、グレイス(現アンスリー夫人)も密かにデルフィンに恋をしていた。それを感じ取っていたアリダが面白く思うはずがない。アリダはこっそりデルフィンのふりをして「二人きりで会いたい。夜にコロッセオに来てくれ」とグレイスあてに手紙を書く。デルフィンに恋するグレイスは一人コロッセオに向かい、病弱なのに長時間夜風にさらされて待ちぼうけたせいで、ひどい風邪を引き寝込んでしまう。グレイスが寝込んでいる間に、アリダはさっさとデルフィンとの婚約をとりまとめてしまったのだった。
ところが、そううまくはいかないのがマウンティングの常(?)。スレイド夫人はアンスリー夫人の大事な思い出(恋していた相手からもらった最初で最後の手紙)をぶち壊すことには成功したのだが、思わぬ反撃が待ちうけている。
どう考えてもスライド夫人より現状に満足しているであろうアンスリー夫人がスレイド夫人にくらわすブローは2発、特に最後のはダメージが大きい。
マウンティングとは結局、今の自分が幸せではないから、相手が羨ましいから、とってしまう行動である。ついつい他の人と比較したくなるけれど、幸せ=心の満足度で、誰とも比べることなんてできないのだ。それでも止められないなんて、1930年代も2010年代も人間の心は全く変わっていないのかもしれない。
バーバラが公爵と婚約すれば、アンスリー夫人は娘はともにニューヨークを離れ、ローマでの生活を始めるのだろう。そうなれば、どのみち会うことなんてそうそうなくなるだろうに、この夜の会話で決裂は決定的になってしまった。アンスリー夫人はスレイド夫人に向かって「友達だったけれど、本当はあなたは私のことがずっと嫌いだったのよね」と言う。何十年も一緒に過ごし、その上でたどり着く会話がこれだというのが哀しい。