夏にこそ読みたい小説(海外文学)をリストにしてみました。
中身はもちろん、題名も夏にまつわるものを選んだので、夏休みのお供にぜひ。
- 装丁まで夏らしい2冊
- タイトルに「夏」が入る6冊
- 夏が舞台の12冊
- 『太陽がいっぱい』パトリシア・ハイスミス(佐宗鈴夫訳)
- 『ある微笑』フランソワーズ・サガン(朝吹登水子訳)
- 『ベル・ジャー』シルヴィア・プラス(青柳裕美子訳)
- 『青い麦』コレット(河野万里子訳)
- 『夜はやさし』F・スコット・フィッツジェラルド(森慎一郎訳)
- 『グルブ消息不明』エドゥアルド・メンドサ(柳原孝敦訳)
- 『世界のすべての7月』ティム・オブライエン(村上春樹訳)
- 『異邦人』カミュ(窪田啓作訳)
- 『レクイエム』アントニオ・タブッキ(鈴木昭祐一訳)
- 『結婚式のメンバー』カーソン・マッカラーズ(村上春樹訳)
- 『ダロウェイ夫人』ヴァージニア・ウルフ(土屋政雄訳)
- 『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』ジェフリー・ユージェニデス(佐々田雅子訳)
- 夏の日を思い出す1冊
- ちょっと怖い3冊
- 夏休みにこそ読みたい1冊
装丁まで夏らしい2冊
『観光』ラッタウット・ラープチャルーンサップ(古屋美登里訳)
タイ人作家による短編集。
観光が一大産業となっているタイで、貧しさを抱えながらも日々生活している人々を描き出している。盲目になりそうな母と旅する少年、観光地でアメリカ人の女の子に恋する青年、カンボジア難民の女の子。ジャスミンティーのように、どこか苦い後味の残る、味わい深いお話ばかり。
これはラープチャルーンサップのデビュー作なのだが、彼はこの作品以外何も書いていないのだ。素晴らしい物語ばかりで、もっと彼の小説を読みたいなと思うが、今はどうも消息不明だそうで!
マイペンライのタイ人らしいといえば、らしい。作家業からは足を洗ってしまったのだろうか。
『これもまた、過ぎゆく』ミレーナ・ブスケツ(井上知訳)
現代スペイン人作家ミレーナ・ブスケツによる、ある夏休みの物語。
裕福な家に育った40代女性。著名な母の陰に隠れるようにして生きてきた。そんな母が亡くなり喪失感に苦しむ彼女は、母が住んでいたカダケスで夏休みを過ごすことにする。元夫2人、息子2人、友人とその恋人たち、自身の愛人まで一緒に。
ハチャメチャな人間関係にまず目が行きますが、40代になっても母の影響下から抜け出せない&抜け出したくない複雑な娘心がこれでもかと描かれる。
サガンやウッディー・アレン、アルモドバルの映画を彷彿とさせる半自伝的小説。
タイトルに「夏」が入る6冊
『美しい夏』パヴェーゼ(河島英昭訳)
イタリア文学のネオレアリズモを代表する作家、パヴェーゼ。
あのころはいつもお祭りだった。家を出て通りを横切れば、もう夢中になれたし、何もかも美しくて、とくに夜にはそうだったから、死ぬほど疲れて帰ってきてもまだ何か起こらないかしらと願っていた、あるいはいっそのこといきなり夜が明けて人々がみな通りに出てこればよいのに、そしてそのまま歩きに歩きつづけて牧場まで、丘の向こうにまで、行ければよいのに。
という熱狂的に美しい文章から始まるこの小説は、16歳のジーニアと19歳のアメーリアという2人の少女の青春を描いている。
夏は何度も巡ってくるけれど、この夏とはもう二度と会えない……という郷愁を誘う物語。大人にこそ読んでいただきたい1冊。
『夏への扉』ロバート・A・ハインライン(福島正実訳)
夏になると必ず書店の目立つところに置かれているこのSF小説。1956年に発表された作品だが、ロングセラーである。
恋人に裏切られ、会社を乗っ取られた主人公は絶望し、愛猫ピートと2人で冷凍睡眠につく。そして未来で目覚めると、そこには……。タイムトリップの話なのだが、著者自身が1970年代や2000年代にタイムトリップしていたのでは? と疑ってしまうほど、現代的。スタートアップ企業の社員のやりとりはまるで今日のシリコンバレーを彷彿とさせるし、ルンバやCADのソフトウェアみたいな製品が出てくるし。IT畑の方、猫が大好きな方、ハッピーエンドのラブストーリーが読みたい方……にオススメ!
2021年には日本で映画も公開予定。
『真夏の航海』トルーマン・カポーティ(安西水丸訳)
みんながヴァカンスに旅立ち、誰もいなくなる真夏のニューヨーク。
1人取り残された17歳のお嬢様グレイディは、ブルックリン出身のユダヤ系の男の子クライドと出会い、両親には言えない恋を楽しむ。 夏のfling(遊びの恋)のつもりがだんだんとその関係は抜き差しならないものになっていき、2人の間に横たわる社会格差も無視できないものとなる……。
若き日のカポーティが書いた、非常に勢いのある物語。
『サマードレスの女たち』アーウィン・ショー(小笠原豊樹訳)
もう1冊、真夏のニューヨークを。こちらはアーウィン・ショーの短編集で、表題作はフィフス・アヴェニューでの夫婦の会話を描いたもの。「サマードレス」とはあるものの11月のお話で、実際に「サマードレス」を着た女たちが出てくるわけではない。サマードレスの女というのは、とある登場人物の頭の中だけに存在しているのですね。が、タイトルが夏らしいのでこちらのリストに入れちゃいます。
なんてことない(いや……なんてことあるかも)夫婦の会話と仲違いが描かれているのだが、最後のひねりがめちゃくちゃよくて、「違うだろ〜!!」と叫びたくなってしまう。のと、小笠原豊樹さんの訳がめちゃくちゃいい。全文書き写したくなるくらい。英語と日本語と一語ずつ見比べながら「そうきたか!」と膝を打つ。
『夏の夜の夢』シェイクスピア(松岡和子訳)
『夏の夜の夢』といえば『ガラスの仮面』を思い出してしまう……ガラかめでは、日比谷公園を彷彿とさせる大会堂で夏の夜、上演していましたね! マヤのパック!
妖精がいたずらして2組の男女カップルの思いが交錯し、大騒ぎに。喜劇なので非常に読みやすく、登場人物全てが印象的な名作。
シェイクスピア作品にしては珍しく女性のキャラクターが充実しており、魅力的なのもポイント。可憐な愛され女子ハーミアと、肉食系女子ヘレナ。
『ハローサマー、グッドバイ』マイクル・コーニイ(山岸真一訳)
特に日本で圧倒的な人気を誇るマイクル・コーニイのSF小説。とある星に住む男の子ドローヴが、避暑のためパラークシという港町を訪れるところから物語が始まる。宿屋の娘、ブラウンアイズとの恋愛模様を中心に描かれた青春ロマンス。非常に寒い星なので、swear words(くそ、ばか、みたいな汚い言葉)が「氷」に関係するものばかりというのが、面白い。
夏が舞台の12冊
『太陽がいっぱい』パトリシア・ハイスミス(佐宗鈴夫訳)
家柄もよく美しい娘ディッキーと、貧しくシャイなトム。イタリアの物憂げな小さい待ちモンジベロ(ハイスミスの創作)を中心に物語は展開される。トムの狡猾さに最初こそ嫌悪を覚えながらも、いつの間にか味方となり一緒にはらはらしているのだから不思議。この本に収められているのは、夏だからこそ起こった出来事かもしれない。
映画『リプリー』もキャストがぴったりで素晴らしかった。
ハイスミスはリプリーを主人公にした物語を他にも書いている。とにかくハイスミスの小説は読み尽くしたくなる。
『ある微笑』フランソワーズ・サガン(朝吹登水子訳)
サガンは夏の物語をたくさん書いていて、デビュー作『悲しみよこんにちは』も夏休みのお話なのだが、今日はこちらを。
『ある微笑』は彼女の2作目の小説で、『悲しみよこんにちは』に負けるとも劣らずな逸品。主人公のドミニックは大学生の女の子。同い年の素敵なボーイフレンドがいるにもかかわらず、彼の(既婚の)叔父を好きになってしまう。そんな一夏の物語。
これはズバリ、失恋した直後や恋愛で辛い思いをしている時におすすめである。日にち薬という言葉があるが、癒えない傷はないということを、恋愛の達人サガンは教えてくれる。
『ベル・ジャー』シルヴィア・プラス(青柳裕美子訳)
触れると壊れてしまいそうな、美しくも儚い1冊。タイトル(ベル・ジャー=ガラスの容器)通り。
ニューヨークの意外とむっとする気温を感じ、ティーンエイジャー独特の時間がいくらでもあるような雰囲気に浸れる。経験することすべてが初めてだという新鮮で静かな感動を、読書を通して味わえる。社会から疎外された若者の孤独感を描いているということで、『ライ麦畑でつかまえて』と比較されることの多い本。
『青い麦』コレット(河野万里子訳)
16歳のフィリップと15歳のヴァンカは幼馴染。親同士も仲が良く、毎年夏は一緒に海の別荘を訪れる。いつも仲良く遊んでおり、お互いに好意を抱いているフィリップとヴァンカだが、ちょうど思春期にさしかかった今年の夏。フィリップは妙にヴァンカを意識してしまい、今までと同じように接することができない。そんな時、カミーユ・ダルレー夫人という美貌の女性がフィリップの前に現れて……。
いつまでも子供のままではいられないという事実を突きつけられるような、決定的な一夏が描かれている。
ちなみに邦題は『青い麦』だが、フランス語の題はLe blé en herb(殻の中の麦、未熟な麦)。そして英訳はGreen Wheat。青と緑のperceptionの違いって面白いですね。日本語では未熟、若者=青ですものね。
コレットの他の作品では、『シェリ』もおすすめ。
『夜はやさし』F・スコット・フィッツジェラルド(森慎一郎訳)
フィッツジェラルドといえば東部出身だし、短編の「氷の宮殿」など、どちらかというと「冬」の描写が心に残る部類の作家。ただし、愛と憎しみでつながっていた妻ゼルダが南部出身だったように、「夏」や「暖かい場所」への憧れや手の届かないもどかしさが見え隠れするようにも感じる。
そんなフィッツジェラルドが夏休みを描いたらこうなる、という見本のような作品でもある。美しい南仏を舞台に、精神を病んでいく主人公や少しずつ関係性が壊れていく周りの人々。
『グルブ消息不明』エドゥアルド・メンドサ(柳原孝敦訳)
夏のバルセロナを練り歩いているかのような気持ちになる作品。主人公はひょんなことからバルセロナに不時着した宇宙人。とにかく面白い! どのページを見ても笑っちゃう。
『世界のすべての7月』ティム・オブライエン(村上春樹訳)
村上春樹の翻訳で一躍注目を集めたオブライエンの作品。
時は2000年7月7日。1969年に大学を卒業した男女が31年ぶりに同窓会で再会。ヴェトナム戦争を経験した者、カナダに亡命した者、青春時代の恋愛をひきずる者、重婚した者(!)、それぞれの人生の軌跡を振り返る。学生運動主導者、チアリーダー、ヒッピー、みんなそれぞれ人生の時間を重ね、同じように年を取っていく。
50歳というと肉体的には変化しても、精神的には20代とさほど変わらないのだろうなとしみじみ感じた。
『異邦人』カミュ(窪田啓作訳)
夏といえば『異邦人』は外せない1冊。
照りつける日差しを、ページの間から感じられるような小説である。主人公のムルソーは母の死を経験し、夏の暑さにやられ、 魔がさしたように犯罪を犯してしまう。
不条理だが、誰にでも起こりうる衝動を描いていて、人間とはこういうものなのかもしれないなあと思えてしまうのだ。
『レクイエム』アントニオ・タブッキ(鈴木昭祐一訳)
1932年7月30日。7月最後の日曜日に、物憂げなリスボンの街で死者たちに出会い、時間を過ごし、生前聞きたかったことをようやく聞いて、お別れをする「わたし」。
タイトルの通り優しい雰囲気のお話。うだるような暑さで、住人はみなバカンスに行ってしまいがらんとしたリスボンの町で過ごす真夏の1日が死者に会う日として選ばれるというのは、日本のお盆をも彷彿とさせる。
『結婚式のメンバー』カーソン・マッカラーズ(村上春樹訳)
こちらも、村上春樹訳によって再出版された物語。
「緑色をした、気の触れた夏」だった、という印象的な文章で始まる。アメリカの南部が舞台なので、熱く気だるい、街全体が昼寝しているような夏が美しく描写されている。
1940年代の12歳の女の子が過ごした一夏のお話。何が起こるというわけでもないが、子供から大人への第1歩、世界が変わってしまうような夏である。
『ダロウェイ夫人』ヴァージニア・ウルフ(土屋政雄訳)
ロンドン、6月のある朝。クラリッサ・ダロウェイは夜のパーティに備え、花を買いに出かけた。戦争は終わり、何気ない朝に感じる生きている喜びを噛みしめるクラリッサ。
意識の流れを代表する1冊ではあるものの、その初夏という季節の描写の美しさやクラリッサおよび周りの人々の生と死への観念が春ならでは。
『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』ジェフリー・ユージェニデス(佐々田雅子訳)
ソフィア・コッポラが映画化したことでも有名になった小説。学校でも憧れの的だった美人五人姉妹が、次々とその生を終えてしまう……。暑さに浮かされたような、多感な時期の女の子たちの行動が印象的。
ヘビトンボの季節=6月ということで、初夏に読みたい1冊。
夏の日を思い出す1冊
『ミネハハ』フランク・ヴェデキント(市川美日子訳)
森の中で世界から隔離され、暮らす少女たち。時折新しいメンバーが運び込まれては、成長した少女が出て行く。新陳代謝を繰り返しながら、少女たちは毎日歌い、踊る。晴れた日の木陰や、冷たい水の心地よさと、少女の美しさがまるで映像のよう。
大人になることへの不安を抱えていた思春期の夏の日を思い出させてくれる作品。何度か映画化もされている。
深緑野分さんの短編「オーブランの少女」も、この作品から着想を得たとあとがきに書いてあったような(映画の方だったかも?)。暑く、緑が濃い庭園の描写が印象的だった。深緑さんの作品はどれも海外文学や海外児童文学の影響を色濃く受けたように感じられて、その空気感がなんともいえず好き。
ちょっと怖い3冊
『ねじの回転』ヘンリー・ジェイムズ(小川高義訳)
なぜか、夏になると以前書いた『ねじの回転』のレビューが当ブログの「よく読まれている記事」に急浮上してくるので、こちらも入れてみる。確かに、この怪談めいたゴシック調の物語は夏の読書にぴったり。少し涼しくなるかも。
家庭教師の職を得た若い女性を待っていたのは、天使のようにかわいい兄妹。楽しい生活が始まるはずだった。ところが、しばらくすると彼女は家の中で幽霊を何度も目撃するようになり…。
『ラテンアメリカ怪談集』ボルヘス 他 鼓直 編
怪談つながりで、こちらも! 長らく絶版になっていた(よね?)この短編集だが、2017年復刊!
今は他では日本語で読むことができないような短編、たとえばルゴネスの「火の雨」やオカンポの「ポルフィリア・ベルナルの日記」も収録されているし、ボルヘスの「円環の廃墟」、パスの「波と暮らして」など多数の短編集に収録された名作も含まれている。ああ、贅沢。
『ピクニック・アット・ハンギングロック』ジョーン・リンジー(井上里訳)
2018年に日本語訳が出版されたオーストラリアの名作。時は2月(南半球の夏だ)、ハンギングロックまでピクニックに出かけた全寮制女子校の生徒ら3人と教師1人が行方不明になる。
どれほど暑くても木陰には清涼な空気が流れている様子や、ユーカリの白い木が作るオーストラリアならではの森の風景、昼寝する少女らの足元でうごめく昆虫など、風景描写の美しさが際立つ。
夏休みにこそ読みたい1冊
『失われた時を求めて』プルースト(高遠弘美訳)
夏休みにこそ読むべき小説といえば、やっぱりこれは外せないのでは。私も今ちょうど『ソドムとゴモラ』を読んでいるところ。毎年夏休みに読み進めて、早10年……(!)。
まだ半分しか読めていないことにびっくりだが、まとめて時間が取れる時でないとなかなか味わえないんですよね。
それではみなさま、今夏もhappy reading!
春、秋、冬のリストはこちら。