トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

サリー・ルーニーの"At the Clinic"とか、その他の短編とか

 今年はルーニーの3作目、Beautiful World, Where Are Youが発売される予定。その前にオンラインで読める短編は読んでおきたいなと思っているところ。とりあえず、こちらに備忘録としてまとめてみる。

 

 

短編

"At the Clinic"(2016年)

 Normal Peopleの記事でも触れた、"At the Clinic"。2016年(Normal People執筆前)にルーニーがThe White Reviewに発表した短編だ。

 23歳になったマリアンとコネルを描いている。いわばNormal Peopleの後日談であり、ルーニーはこの短編から想像をふくらませ、Normal Peopleを書き上げたのだとか。2020年にオンライン公開されたとの記事をLit Hubで見かけたので、Normal Peopleを読んだすぐ後に読んでみた。

www.thewhitereview.org

 設定としては大学卒業後半年〜1年後くらいかな? 2人はしょっちゅう会っているけど恋人同士ではない。マリアンにはダニエルという彼がいて、コネルにも(文中で別れたことが明かされるが)別に彼女がいることになっている。

 筋書きはシンプルで、親知らずを抜かなければいけなくなったマリアンをコネルが歯科医まで車で送る。その車中での会話や、ドライブを通して2人が思い出す過去、思いを馳せる未来の話。シンプルなんだけれど、すでにルーニーらしい文体が確立されていて、それこそ長編に発展しそうな呼吸というか息遣いが感じられるのが特徴的。

 特にマリアンの性格などの設定はNormal Peopleとかなり違っていて、insecureな部分や「わがままお嬢様(spoiled brat)」風な態度がフォーカスされている。Normal Peopleの大ファンが読むと、「これは違う……マリアンじゃない……」ってなっちゃう恐れあり。ただし、Normal Peopleを読むとそれとなく感じる*1、マリアンが性暴力を受けていたのではなかろうかというニュアンスが、こちらでははっきりと描かれていて、そういうところからちょっと卑屈な彼女の態度を作家が作り上げていったのだなと思った。

 

 ルーニーがこれまでに発表した長編は、Normal PeopleConversations with Friendsの2冊だが、短編や詩、エッセイはいろいろ公開されている。

 ただし、2015年に発表された"After Eleanor Left"という男女の三角関係を描いた短編(Winter Pages)は、オンラインでは公開されておらず読めていない。たまたまRedditのルーニーファンのスレッドを読んでいたら、「ルーニーの小説もエッセイも好きすぎて、もうルーニーの書くものだったら『買いものリスト』でもいいから読みたい」みたいに言っているファンがいて笑った。わかるよ……。 

 

"Concord 34"(2016年)

thedublinreview.com

 こちらはスマホでのメッセージのやりとりから始まる物語。もうこの2人の若者のメッセージの書き方というか、スペースの使い方や句読点の有無からして性格がよくわかり、うまいなと唸ってしまう。

 

"Robbie Brady's astonishing late goal takes its place in our personal histories"(2017年)

www.newstatesman.com

 フランスのリールにいるConorという人物がHelenに電話をかける場面から始まる。2人がそれまで別の場所から観戦していたサッカーの試合から、文化とは・群衆の中あるいは1人でいるときの感情の動きとはなど、会話が広がっていく。Helenから見てConorが理想的な「conversational partner」というのが興味深い。

It’s interesting to watch an event being recycled as culture in real time, she says. You know, you’re watching the process of cultural production while it takes place, rather than in retrospect. I don’t know if that’s unique.

 そして、長編のタイトルでもある「normal people」という言葉が非常に効果的に使用されている。

 

"Mr Salary"(2019年)

www.irishtimes.com

 

"Color and Light"(2019年)

www.newyorker.com

 デクランの車に乗り込んだポーリーンが目にしたのは、後部座席に座るエイダン。デクランの年子の弟だ。ホテルで働くエイダンは、その後何度かポーリーンと邂逅する。兄のデクランにとってポーリーンはどのような存在なのか(恋人なのか、体の関係があるのか)、ポーリーンがどういう人間なのかわからないまま、2人は孤独感や悩みなどを共有するようになるのだが……。

 サリー・ルーニーの描く格差には、必ず田舎と都会が出てくるのが興味深く(社会的地位や貧富だけではない)山内マリコの『ここは退屈迎えに来て』とかお好きな方は絶対好きだとふと思った。劇作家であるポーリーンの

I feel like if I dropped dead they’d probably cut my body into pieces and sell it at an auction.

というセリフは、まさにルーニーが今感じていることであろう。

 

"Unread Messages"(2021年)

www.newyorker.com

 7月のThe New Yorkerに新しい短編が。こちらは最新作Beautiful World, Where Are YouのEileenの章(3章とか)より。

 ダブリンの若者たちのお話。とはいっても学生ではなく、働いている20代〜30代。映画のように遠くから主人公たちを観察し、徐々に心の中までを描くようになるその軌跡が実に見事。編集者として働く若い女性がランチ休憩に出て、カフェで昔馴染みらしい男性と会話し、オフィスに戻って仕事してから退社し、帰宅後は家でぼんやりと誰かのSNSに見入る、という最初の2ページは登場人物に名前も与えられない。次の章でこの女性がEileenで、会話をかわした男性は彼女の初恋の人Simonで、EileenがSNSで探していたAidanは元彼で、ということが明らかになる。

 ルーニーが追いかけ続けているテーマ、労働者階級・中流階級とは、という会話もあり、ダブリンの今を通して世界の今を見つめている気分になる。

 

長編

Conversations with Friends(2017年)

www.tokyobookgirl.com

 

Normal People(2018年)

www.tokyobookgirl.com

*1:と個人的に思った。たとえばアルモドバル監督の『ボルベール』を観ていて最初からなんとなく主人公と周りの人の関係性に違和感を感じる人なんかはわかるはず