トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

The Diamond as Big as the Ritz / F・スコット・フィッツジェラルド

(リッツ・ホテルくらいに大きなダイヤモンド)

 宝塚歌劇団・期待の98期の一人、瑠風輝さんのバウ主演が決定したのが今年の3月。演目はフィッツジェラルド原作の『リッツ・ホテルくらいに大きなダイヤモンド』ということでちょっとびっくりした。

 フィッツジェラルドをこよなく愛する宝塚歌劇団(というか、主にイケコ先生かな?)だけれど、「ファンタジーな短編にまで手を出すんだ!」という感じ。しかし考えてみれば、キラキラと輝くような描写が印象的なこの作品、バウ公演にも若さ溢れる瑠風さん(名前的にも)にもぴったりかもしれない。

 ということで久しぶりに原作を読み返してみた。奇遇にも、とある6月を描いた短編小説である。日本語訳は、こちら(本作は「リッツくらい大きなダイヤモンド」というタイトルで収録されている)。 

村上春樹翻訳ライブラリー - 冬の夢

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 "The diamond as big as the Ritz"が最初に発表されたのはThe Smart Set誌上で、1922年のこと。『グレート・ギャツビー』以前の話で、フィッツジェラルドが時代の寵児として、もてはやされ始めた頃。

 Tales of the Jazz Ageという短編集に収録されているが、この短編集は"The Jelly-Bean"だとか"The Curious Case of Benjamin Button"だとか、面白い作品がいくつも入っている。

Tales of the Jazz Age

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 フィッツジェラルドも初期はミステリー的なものを書いてみたりと実験を重ねていて、「リッツ」は彼が書いた数少ないファンタジー作品の一つ。ちなみにフィッツジェラルドのファンタジー作品については、村上春樹と柴田元幸の対談でも話題に上がっていたはず(今、手元にないので確かめられず……)。 

本当の翻訳の話をしよう

本当の翻訳の話をしよう

 

 ファンタジーとはいえ、読むとすぐに分かる。彼にとっての永遠のテーマが、この短編のモチーフにもなっていることが。

 

あらすじ

 主人公のジョンは、全国からお金持ちの子息が集う、ボストン近郊の全寮制男子校に通う男の子。南部(ミシシッピ)出身だ。ある日学校にパーシーという転校生がやってくる。容姿端麗でお洒落な彼は友達を作ろうとしないもののジョンとはすぐに打ち解け、夏休みに西部・モンタナにある自分の実家に遊びに来ないかとジョンを誘う。

快諾し、一緒にモンタナへ向かうジョンに、パーシーは

My father is by far the richest man in the world.

と言う。

 それを受けて

I visited the Schnlitzer-Murphys last Easter. Vivian Schnlitzer-Murphy had rubies as big as hen’s eggs, and sapphires that were like globes with lights inside them—

 The Schnlitzer-Murphys had diamonds as big as walnuts—

と言ったジョンに対してパーシーは、

That’s nothing at all. My father has a diamond bigger than the Ritz-Carlton Hotel.

「ぼくの父さんは、リッツ・カールトンホテルよりも大きいダイヤモンドを持っているから世界一の金持ちなんだ。ここではなんでも手に入るし、王族よりも豪華な生活ができる」と話す。パーシーの実家に到着して、その言葉に嘘がなかったと知ったジョンは驚き、豊かな生活に魅せられる。そしてパーシーの妹キスミンと淡い恋を経験する。

 

 

Spoiler Alert!(ここからネタバレ)

 ところが、しばらくパーシーの家に滞在していると、ジョンはあることに気がつく。パーシーの父は、自分の土地に迷い込んだ人々を地下牢に閉じ込めているのだ。有り余るほどの富を持っていることが世間にばれると大変なことになるからである。ダイヤモンドを山から取り出すことはできないので、一家はニューヨークなどに引っ越すこともできず、田舎のモンタナに住居を構えたままでいる。

 ジョンは、秘密を知ってしまった自分はどうなるのかと不思議に感じるようになる。そんなある日、ジョンと恋仲になったキスミンが、「何人も友達を家に連れてきたけれど、この秘密を知ったからには帰すわけにはいかないと、父親が殺してしまった」と口を滑らせてしまう。

 ジョンは逃げ出そうとするのだが、キスミンとその姉ジャスミンも一緒に行くと言い張り、三人で逃亡を計画する。逃亡後の生活のため、ジョンはキスミンに宝石を持っていくよう指示した。逃げ出す予定の夜、屋敷には異変が起こる。地下牢から抜け出したイタリア人が街でダイヤモンドの話をしたため、飛行機が何機も偵察に飛んできたのだ。パーシーの父はその対応にてんやわんやになる。

 おかげでジョンたちの逃亡は成功し、恐ろしい屋敷をどうにか抜け出すことができた三人はホッと一息つく。ところが、キスミンが持ってきた宝石を見たジョンは驚愕する。どれも偽物だったのだ。小さい頃から本物の宝石に囲まれて育ったキスミンにとって、友達が家に持ってきてくれた偽物の宝石は物珍しく、そちらの方を大切にしていたのだった。価値あるものは何一つ持ち出せなかったと知ったジョンは、キスミンに冷たい言葉を投げかける。一方キスミンはダイヤモンドのある家に想いを馳せ、夢のような少女時代を過ごしたとつぶやくのだった。

 

レビューとバウ公演への期待

 行間からキラキラと宝石がこぼれ出るような美しい文章もさることながら、なんと言っても心に残るのはキスミンとジョンのやりとりだ。世間知らずのキスミンは、フィッツジェラルドの最大のインスピレーション源だった妻のゼルダを思わせる。美しさも大胆さも、夢見るような瞳も笑い声も、サファイアがたくさん飾られた綺麗な髪も。

  結婚するに値する男だとゼルダに思ってもらいたいがために小説を書き始めたフィッツジェラルドの作品はヒットを重ね、彼は一躍時代の寵児となる。しかし、念願かなってゼルダと結婚した彼は必ずしも幸せではなかった。ゼルダの家族に受け入れられなかったこと、彼女の破天荒さについていけなくなったことも、この作品に反映されている気がする。

 そしてジョンを待ち受けている本作のエンディングは、ニューヨークという新天地へやってきた自分の女神(だったはずの)ゼルダがどこか色褪せて見えたというフィッツジェラルド自身のエピソードを彷彿とさせる。南部では評判の美人だった彼女の南部らしいファッションが野暮ったく思えたり、喧嘩を重ねるようになり疲労困憊したり。それを思い出して、最後のジョンが冷笑する部分を読むと、きゅっと心臓が締め付けられるようだ。

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 さて、バウ公演・ヒロインのキスミンは夢白あやさんと発表がありましたね!

 少女らしい少女ということで、個人的には星風まどかさんがイメージなのですけれど……。お二人のエリザベート新人公演での歌のハーモニーも素晴らしかったし、この二人の組み合わせをもう見ることはできないのが残念。天彩峰里さんもかなりキスミンらしいと思う。でも夢白あやさんの美少女っぷりも、いずれにせよ楽しみです。

 

 どのみちバウ公演はチケット入手困難につきスカイステージ放送まで待つことになりそうですが、若手のバウもかなり需要はあるはずだし、ライブビューイングしていただきたいものです。

 

(追記:2019-09-03)

 と書いていたのですが、なんと奇跡的にチケット当選しました! いつも冷たい友の会様がようやく友達になってくださった。今週末観劇予定ですが、本当に楽しみ♡

 それにしても今年はオリジナル作品が多くて、海外文学が原作の作品が多く上演された去年とは打って変わって……という感じ。

 

 個人的には、フィッツジェラルドの短編集としては一冊目のFlappers and Philosophersのセレクションの方が好みではある("The Ice Palace"や"The Cut-Glass Bowl"、"Bernice Bobs Her Hair"など)。