トーキョーブックガール

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On The Come Up / アンジー・トーマス: 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』作者による待望の第二作目

去年はYAをたくさん読んだけれど、ダントツで面白かったのがアメリカにおける黒人差別とともにゲットーで生まれ育った少女の精神的成長を描いた『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』だった。

ともすれば重くなりがちなトピックスを、90年代のブラックカルチャーやティーンエイジャーの恋愛を織り交ぜることで、問題提起しながらもフィクションとして面白く、あらゆる年代に訴求できる作品となっていたので、これがアンジー・トーマスのデビュー作ということに驚いた。

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 映画化も早かった。

ヘイト・ユー・ギブ (字幕版)
 

 

そんな彼女の待望の二作目がこちら、On The Come Up。 2019年に出版されるYA作品の目玉の一つであることは間違いない。

On The Come Up

On The Come Up

 

デビュー作があまりに素晴らしかったので、二作目を読むときはどうしても「お手並み拝見」という姿勢になってしまいがちである。18歳で『悲しみよこんにちは』を書き上げたサガンが、「私の二作目を、みんなが機関銃を持って待ち構えてるのは知ってるわ」みたいなことを言っていたと訳者の朝吹登水子さんによるあとがきで読んだことを今でも覚えているが、なんとなくそんな感じ。

でもそんな心配は無用だった。

 

舞台となっているのは『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』と同じ、the Gardenというゲットーなneighborhood。前作では主人公スターの幼馴染が白人の警察官に撃たれて死亡すると言う事件が話の中心になっていたが、本作でもその事件は何度か言及されるので、ほぼ同じ時代が舞台になっているようだ。スターの方が本作の登場人物たちより少し年上かな? くらい。

 

主人公のブリアナ(ブリー、Brianna)はミッドタウンにあるアートスクールに通う高校生。父親のロー(Law)はthe Gardenの伝説的なラッパーで、ブリーがまだ幼い頃にギャングに襲撃され死亡した。母親のジェイ(Jayda)はそのショックから麻薬中毒となったが、現在は更生している。教会で働いていたけれどクビになってしまい現在は求職活動中。

ブリーは幼い頃から叔母のプー(Pooh)に様々なヒップホップを聴かされて育った影響もあり、音楽が大好きでラッパーになることを夢見ている。そんなある日、夢だったラップバトルに出場できることになり、そこで作り上げたラップが大喝采を浴びる。

会場でブリーに目をつけたのが、ローのマネージャーをしていたスプリーム(Supreme)。スプリームは、ラップバトルばかりしていてもメジャーにはなれない、曲を作って自分にマネジメントを任せろとブリーを口説く。

ちょうどその頃、ブリーの通うアートスクールでちょっとした事件が起きる。生徒たちは皆、朝セキュリティチェックを受けて高校の建物に入っていくのだが、セキュリティガードたちはthe Gardenなどからやってくるヒスパニックや黒人の生徒ばかりを狙ってボディチェックしているということが前々から話題になっていた。ある日、ブリーはカバンの検査をされそうになり、それを拒んだことからセキュリティガードに羽交い締めにされてしまう。この黒人差別ともいえる状況に腹を立てた彼女は、そのことや「hood」としてのthe Gardenを歌ったラップを作り、それをスプリームに渡す。

この曲は暴力的な歌詞が賛否両論を呼び、ブリーは一躍the Gardenのセレブリティとなるのだが……。

 

と、『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』と同じく不当な人種差別や家族の絆を描きつつも、テーマとしてはより盛りだくさんなイメージを受ける。少女の将来の夢や初めての恋愛、ラップという音楽の世界における女性蔑視やショービジネスの不当性をしっかり描いている。

何より愛する家族がお金がないことで苦しんでいる中で、彼らを助けるために自分の信念にはそぐわないことをするべきか否かという葛藤が読ませる。

白人だらけの学校に通い、ボーイフレンドも白人でthe Gardenに住んでいながらも"suburb"的な要素の強かったスターとは違い、ブリーは生まれも育ちもthe Garden。前作にも登場したギャングたちもブリーにとってはより身近な存在で、父親が死んだ原因だったり、叔母がとあるグループのメンバーだったりする。

それは語り方にも顕著に見受けられる。『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』よりもはるかにくだけた、というか、黒人の女の子らしい話し方をしている、というか。「17歳の女の子のリアル」を曝け出すような文章に惹かれる。

そして、二つの世界を行ったり来たりしていることで自身のアイデンティティに悩んでいたスターに比べるとブリーは若干幼く、どちらかというと閉じこもりがちで激昂しがちな性格だ。

 

『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』も翻訳がかなり難しかったのではないかなと思うけれど、そして素晴らしい訳だったのだけれど、本作はラップ部分が大きい要になっていることもあり、さらに大変そう。でも本当に面白く、日本のティーンも楽しく読むと思うので、ぜひ日本語訳を出版していただきたいYA作品の一つだ。