トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『黄昏の彼女たち』サラ・ウォーターズ

[The Paying Guests]

なんだかとっても久しぶりの恋愛小説。 

いまだにThe Night Watchを積んでいるというのに、比較的新しいこちらの作品を手に取ってしまった。

黄昏の彼女たち〈上〉 (創元推理文庫)

黄昏の彼女たち〈上〉 (創元推理文庫)

 
黄昏の彼女たち〈下〉 (創元推理文庫)

黄昏の彼女たち〈下〉 (創元推理文庫)

 

ものすごいページターナーだった。さすがはサラ・ウォーターズ!

本作の舞台は1922年、ロンドン近郊。上流階級出身のフランシスは、父親と兄弟を亡くし、第一次世界大戦・終戦後も広い屋敷に母と二人で住んでいた。しかしどうにも暮らしが立ち行かなくなり、下宿人を受け入れることを決心する。

とまあ、ちょっとばかり太宰治の『斜陽』を彷彿とさせるような時代背景だ。

物語は下宿人のバーバー夫妻がやってくるところから始まる。26歳のフランシスより少しばかり年上の夫レナードと、年下の妻リリアンという、社会階級的にはフランシスの一家より劣る夫婦だ。

母親は自分の寝室を引き払い一階で生活するようになり、フランシスも常に他人が家の中にいる・生活音が聞こえるという状況を後悔しつつも背に腹は変えられず、共同生活がスタートする。

階級差もあり最初こそバーバー夫妻とは距離があったものの、とある恋愛が終わり一人で過ごすことが多くなっていたフランシスは次第に天真爛漫なリリアンに惹かれていく。

何が面白いって、ミステリ風味ではあるものの、前半は完全なる恋愛小説であるところ。かなり際どい(セクシーな)描写もある。

なにせ女性同士の恋愛で、しかも相手は人妻。幸せなエピソードも後ろめたい気持ちに覆われ、何かにつけて罪悪感が顔を覗かせる。けれどそれはフランシスだけが持っている感情ではない。終わったばかりの戦争は多くのイギリス国民の生活をがらりと変えてしまった。家族や恋人、友人を亡くし、幸せに生きていっていいのだろうかと皆が自問する。落ちぶれる上流階級と、成り上がる中流階級が混じり合い勢力分布図が書き直される様子に双方が戸惑っている。

そもそも、フランシスが暮らす高級住宅街に中流階級のバーバー夫婦が下宿人としてやってきたのも、こういう背景があったからだ。

しかし、フランシスとリリアンの恋愛物語だけれど、

「何を読んでるの、リリアン?」

[……] そして題名を読み取った。『アンナ・カレーニナ』だ。

 喜びの声をあげて、思わず一歩前に出た。リリアンは、フランシスがはいってくるのをじっと見ている。「この本、知ってる?」

「お気に入りの一冊よ。いまどこ読んでるの?」

「ああ、ひどいとこ。ちょうど競馬があったところでーー」

「かわいそうな馬さん」

「かわいそうな馬さん!」

「なんて名前だったかしら。ちょっと珍しい名前だった気がするわ。ミミ?」

「フルフル」

二人が仲良くなるきっかけの小説が『アンナ・カレーニナ』という時点で、もう不幸の匂いしかしない。

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それでも二人の逢瀬は続く。このまま転落していくのか……と鬱々と感じていると、後半は事件が起きたりして、がらっと転調するので、息を詰めて読み続けてしまう。

内心嫌だなあと思っていた下宿人と心を通い合わせるようになり、完全に恋に落ちるまでの描写が細やかでリアリティにあふれている。文章も訳も現代的なこともあって、100年前を舞台にした物語ということを全く意識せずに読み進められてしまう。

特に、新しい生活(他人に家を侵略される)が嫌だという重い気持ちを抱えて下宿人の到着を待つ冒頭は印象的で、個人的には『半身』の冒頭よりとっつきやすく感じた。

恋に落ちるきっかけとなるリリアンの仕草(パントマイム)も非常に印象的だし、没落した家庭のお嬢様であるフランシスが女中も雇わず自ら掃除・料理に精を出す描写や、イギリス特有の陰鬱とした雨も心に残る。 

結末がまた、何も起こらないようでいてハッとさせられるというか、なんともイギリス的ではないだろうか。さすがサマセット・モームの国。

 

サラ・ウォーターズといえば、代表作といえる『半身』の創元推理文庫の表紙が刷新されていた!

この松浦だるまさんによるイラストがとても素敵で、買い直してしまった。

前は作中に出てくる画家の絵が表紙だったのだけれど、この新しいカバーの方が中身にマッチしていて良い。すみれの花まで描かれているのが、これまた素敵。 

は〜、シライナがまるで七海ひろきさんのよう!

半身 (創元推理文庫)

半身 (創元推理文庫)