[La Chatte]
学生の頃『青い麦』を読んでもピンとこなかったのに、『シェリ』に開眼して以来次々に読んでいるコレット。
『牝猫』は五月頃から八月までの一夏の物語で、24歳のアランと19歳のカミーユの儚い新婚生活をアランの視点から描いた作品である。
金髪の巻き毛で少年のようなアランは母親と牝猫のサア(Saha)と、緑が鬱蒼と茂る美しい庭のある家で暮らしていた。
ジャングルの帝王のように庭を歩き回り「ムゥルーィン」と鳴くサアを愛してやまないアランだが、カミーユという女性と結婚したがためにこの「天国を出ていく」ことになる。
二人の新居は無機質なアパルトマンの10階で、窓からは地平線が見える、実家とはまるで正反対の都会的な環境。
面白いのがカミーユとサアに対するアランの態度や評価で、カミーユのことは
あのストッキングとあの脚、それがあの娘のいちばんいいところかな……。
くらいにしか考えていないのだが、サアへの呼びかけは常に愛に溢れている。
頬っぺたのふくらんだ子熊ちゃん……きれい、きれい、きれいの牝猫さん……青い鳩さん……真珠色の魔物くん……
ぼくの可愛いピューマ! 大好きな猫ちゃん! 地上最高の生き物! はなればなれになったら、おまえ生きていけるかな? いっそのこといっしょに修道院にでも入っちまおうか。
ちょっとこれは自分自身の犬や猫との会話を暴露されているようで、犬や猫・その他動物と同居している人は身につまされるだろう。思わず赤面してしまう。笑
「猫と女、どちらがより大事かなんて愚問だ。猫に決まってる」と言ったのは伊丹十三だが、それと同じような会話がここでも繰り返される。
「あたしのライバルに会いにいくって、言えばいいじゃない!」
「サアはきみのライバルじゃない」アランはただそれだけ答えた。
アランははっきりとは口にしないものの、「ライバルだなんておこがましい、サアの足元にも及ばないだろう」と考えていることは明白だ。
ちなみに伊丹十三の猫のエピソードは素敵すぎるので猫好きさんは必読! 何度読み返したことか……。
まるでエデンの園のようなヌイイの庭(アランの実家)。一時的に出ていくけれど、別の世界に違和感を感じてしまうアラン(とサア)による、神々のお戯れのような物語だった。
統計によると、男性より女性の方がペットとより強い絆を育むといわれているらしい。コミュニケーションをよく取り、社会的なつながりを作るようにペットとも過ごすからだそうだ*1。
女性は恋人よりペットを、男性はペットより恋人を優先しがちだという話も時折聞くことがあるのだが、なぜか恋愛のように密な動物-人間関係を描いた作品というのは男性x動物が多い気がする。

蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)
- 作者: 室生犀星,久保忠夫
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1993/04/28
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ジョルジュ・サンドの小説を愛して育ったコレットがこの作品を執筆したのは六十歳の時。なのに、まるで少女が書いたような軽やかで希望に溢れた描写が目立ち、彼女の魂の若さを感じずにはいられない。