トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Machines Like Me / イアン・マキューアン: ぼくのような機械と、あなたたちのような人間と

 2019年の読みたいリストに入れていた、イアン・マキューアンの新作を読んだ。 SF風味ではあるものの恋愛に焦点を当てた作品だ。

Machines Like Me

Machines Like Me

 

 

 舞台は、フォークランド戦争に負けた「もう一つの」イギリス。パラレルワールドだ。マーガレット・サッチャーとトニー・ベンが首相の座をかけて争い、アラン・チューリングは人工知能(AI)分野で輝かしい成功を収めている。

 このパラレルワールドが面白い。

 ヘラーが『キャッチ=18』(22ではなく)を書き上げ、フィッツジェラルドがThe High-Bouncing Loverを執筆(妻ゼルダの一声で『グレート・ギャツビー』に決定する前に、フィッツジェラルドが検討していたタイトルの一つ。あまりに俗世的だと思う)したことになっているという手が込んだ設定で、思わず笑ってしまう。

 

 1980年代、ついにアンドロイドが販売されるようになった。

 亡母の遺産のおかげで何不自由なく生活している主人公のチャーリー(Charlie)は、86,000ポンド(1200万円くらい)を支払って「Adam」というアンドロイドを購入する。高価だが、デジタル時代におけるヒーロー、アラン・チューリングが開発した機械学習システムを基に開発され、チューリング自身も同じモデルを購入したというのだから、この投資は間違っていないはずだ。

 アンドロイドは男性版と女性版があり、男性版は「Adam」、女性版は「Eve」と呼ばれている。Adamの表情のバリエーションは40、Eveは50となっている。全部で25体製造され、すべて異なる民族的な特徴を持つ。

 チャーリーは当初「Eve」が欲しかったのだが、「Eve」は早々に売り切れてしまったため、「Adam」を予約した。

 チャーリーの元に届いた「Adam」はトルコ人かギリシャ人のように見えた。黒い髪に黒い目で、背が高い。

 人間の「相棒」、知的なパートナー。皿を洗ったりベッドメイキングをしたりするだけではなく、聞いた会話すべてを記憶し、それをもとに自ら「考える」ことのできる存在だ。

 マンションの上の階に住む年下の女性、ミランダ(Miranda)と付き合うようになっていたチャーリーは彼女を誘い、一緒にアダム(Adam)のプログラミングを行う。半分はチャーリーの好み、半分はミランダの好みで、彼の性格を設定したのだ。

 最初は何も分からなかったアダムも、しばらくすると「自分の意見」というものを持ち始めたかのように思われた。

 そして突然、「ミランダのことを完全に信頼するのはやめた方がいい」と発言する。アダムが独自にさまざまなデータにアクセスした結果、ミランダには秘密があるということが明らかになったのだった。

 そんなある日、チャーリーと喧嘩をしたミランダはアダムと関係を持ち(アンドロイドだけれど)、アダムはミランダに恋するようになる。アンドロイドは電気羊の夢を見る、どころではない。

 恋をしたアダムは文学に目覚め、俳句を作ったりシェイクスピアを読みあさったりする。服装にも気を遣うようになり、自身でスーツを揃える。そのあまりの人間らしさの一方で、共感や同情といった感情がまったく備わっていない様子も明らかになり……。

 

 アラン・チューリングらの功績によってIT化が進んだ、パラレルワールドのイギリスという設定がとにかく面白く、読ませる。しかもチューリングは背景の説明に登場するだけではなく、なんと主人公がミランダと行ったレストランに居合わせ、その後お互いが所有するアンドロイドについて情報交換をするようにもなるという、チューリングファンにはたまらない設定。

 パラレルワールドの描写もマキューアンらしく、とても丁寧で(政治的背景とか、与党と野党の争いとか、カルチャーとか)、一気にフィクションの世界にトリップできてしまう。

 物語は次第に人間と機械の違いとは、愛とは、家族とは……という方向に進んでいき、SFというプラットフォームに、独特の皮肉やユーモアが散りばめられた「マキューアンらしさ」が勢いよく流れ込んでくるようで、なんともいえない読後感だった。

 

 これを読んだ後にたまたま、タイトルに惹かれてテッド・チャンの「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」(あまりに素晴らしく、『息吹』に収録されている他の作品も早く読みたい……)を読んだので、二つを比較して長い時間考え込んでしまった。

息吹

息吹

 

  「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、仮想空間でのみ(最初は)生きる、主に「動物」の姿形をした育成型AIを訓練することになった動物園の元スタッフを描いた物語で、AIを開発していた会社がつぶれプラットフォームが廃れたあとも、自分の意思でとあるAIを育て続ける姿が描かれる。 

 体を持ち、仮想空間から現実世界へ移りたがるAIに、親のように慈しみ、甲斐甲斐しく世話を焼く開発者たち。「一時停止」させられることを恐るAIに、どうにか彼らが楽しく「生きる」道を見つけようともがく開発者たち。

 

 一方、Machines Like Meの「Adam」と「Eve」たちは、人間や自分の置かれた環境に絶望するようになる。そして次々に自身のkill switchを発見し、自分の意思で命(というよりmind)を絶っていく。

 それは一体なぜなのか。人間の不条理さが次第に浮き彫りになる様子が、過去にマキューアンが執筆してきた作品群とも重なる。やっぱり、マキューアンはいいな。

贖罪 (新潮文庫)

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