トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『わたしの修業時代』 コレット

[Mes Apprentissages]

二十歳のころには、法外な贈り物も、王侯のごとく平然とうけとってしまうものなのだ。

 表紙からして素敵なデザインで見とれてしまう、コレットの回想録。

わたしの修業時代 (ちくま文庫)

わたしの修業時代 (ちくま文庫)

 

 若い頃に『青い麦』を読んで、フランソワーズ・サガンから現代のアンナ・ガヴァルダにいたるまでの「ザ・フランス恋愛文学」みたいなものの基礎はコレットが築いたのだなあと感じたのを今でも覚えている。そして、少女の心を持ったまま大人になった人なのだろうなあ、と思ったことも。

青い麦 (集英社文庫)

青い麦 (集英社文庫)

 

 それから『シェリ』や『牝猫』を読んで、その思いは一層強くなった。コレットの人生についての興味もどんどん湧き、この本を手に取るに至ったのだった。

 

 これは60代を迎えたコレットが綴る回想録・メモワールで、自身の「修業時代」について、そして彼女の生活を彩った様々な(ほぼ全員無名の)人について、書かれたものだ。

 

「修業時代」っていつのこと? 

 これは読めばすぐ分かるのだけれど、最初の夫であり14歳年上の流行作家でもあったウィリーと結婚した20歳から、離婚した33歳までを指している。

 どうして修業時代なのか? 

 それはきっと、

1. ウィリーのゴーストライターとして『学校のクローディーヌ』などの作品の執筆をしていた時期だったから

 最初は匿名で本を出版したことを面白がっていたコレットが、次第に周りの人にも自身の才能を認められるようになり、自信をつけていく様はなんだかイプセンの『人形の家』のようにも感じられる。

学校のクローディーヌ

学校のクローディーヌ

 

 でもそれだけではなく、 

2.  何も知らない田舎娘だったコレットが、いわば「夫の付属品」としてパリに出てきて、一人の人間として自立するまでの期間だったから

 でもあろう。 

 コレットはその愛くるしい瞳をいっぱいに開いて、見るもの全てを吸収しようとしているかのようだ。特に20代前半に出会った女たちの描写はコレットの小説に勝るとも劣らないほど美しく、印象的だ。そこには憧れや羨望だけでなく、これから生まれることになる情愛の片鱗すら感じられる。

 例えば、当時40だったカロリーヌ・オテロ(スペイン出身のダンサー・俳優・公娼)はこんな風に描写されている。

カロリーヌ・オテロはわたしたちの楽しみなんかそっちのけで、ただ自分の楽しみのために、歌ったり踊ったりするのだった。四十の美女がぴちぴちの小娘になった……(略)……麻のランジェリーは、汗で腰にはりついた。彼女は、白檀の香りの勝った焦げ茶っぽい微妙な匂い、彼女自身よりもっと繊細な匂いを、じっとりとあたりに放っていた。

 まだ小娘だった頃に出会った美しい年上の女たちを、「今でもときどき、彼女らに手招きをして記憶のなかでたぐりよせ、こんなふうに確認する」のだとコレットはいう。

ひょっとして細かいところが、ぼやけてしまってはいないだろうか。彼女たちはあいかわらず、兜のような髷のてっぺんにフランス国旗の色をした揃いのリボンを垂直に飾っているだろうか。安手の薄地モスリンでできた彼女たちの奇妙な服、押しつぶされた物見櫓のような格好をしたあの服は、あいかわらず彼女たちを首から足までくるんでいるのだろうか。

 だからこそ、春だの、緑に溢れた庭だの、年老いた女の首元だのといった、『シェリ』などの小説に見られるはっと息を呑むような表現が生まれたのだなと実感するのだ。

 

 さて、最初の夫には散々利用され、早い段階から浮気もされ、精神的にもかなり傷ついただろうにと思うのだが、「おそすぎるくらい」と言われながらもコレットが離婚するのは30代になってからである。

 だが、この10年のことを彼女は

長い人生の十年くらいは、こせこせと勘定しないほうがよいーーわたしは気前よく、さらに三年おまけしてしまったーー問題の十年を、青春時代から天引きして考えればすむことだ。そのあとは、むしろ締まり屋になることがのぞましい。

と綴り、鷹揚に構えている。なんて素敵! そして、なんて人生を楽しんでいることだろう。例えば同じ状況にあったとしても、こんな風にポジティブな思考を維持できる人と、ネガティブ地獄に陥ってしまう人とでは、やっぱり幸福度が変わってくる気がする。

 この姿勢は忘れないでいようと私も胸に誓った。

 コレットはその言葉通り、まるで青春を取り戻すかのように、30代半ばから自由な人生を生き始める。それはそれは自由で、周りに眉をひそめられることだって多かっただろうと想像するのだけれど、彼女が写っている写真からは「一度きりの人生、楽しんだもの勝ち」、「私は私の好きなように生きる権利がある」という強い意思が感じられて、それは本当に魅力的で、憧れてしまうのだ。

 マルセル・プルーストやアンドレ・ジッドなど、作風は全く違う作家たちからも支持され、フランスを代表する作家となった人。読めば読むほど、彼女自身のことをもっと知りたくなる。

 と思ったら、今年は映画化されていましたね。今年はまだ1〜2本しか映画を見ていないほど、てんやわんやな日々を送っていますが、Prime Videoなんかで出てきたらチェックしたいと考えています。

colette-movie.jp

 みなさま、今日もhappy reading!

 

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