トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

旅行したくなる海外文学 16冊

 旅をテーマにした小説はいくつもあるが、海外文学で特に印象に残ったものをリストにしてみる。 

 春になると、きたるGWや夏休みのことを考えてうきうきしてしまうあなたの旅行する際のインスピレーション源として。今年は旅行する時間が取れそうにないという方は、読書で脳内旅行はいかがでしょうか。 

 

 

『オン・ザ・ロード』ジャック・ケルアック

オン・ザ・ロード (河出文庫)

オン・ザ・ロード (河出文庫)

 

 ケルアックが、自らの放浪体験をもとに書き上げたロードムービーならぬロードノベル。

 ビート・ジェネレーション*1を体現する存在となったケルアック自身やその友人らがモデルとなっており、1940〜50年代のアメリカ中を旅する若者のリアルな価値観や葛藤がうかがえる。

 その後芽生えるヒッピー文化のおおもととなったとも言われており、その疾走感溢れる独特な文章は一読の価値あり。

 

『移動祝祭日』アーネスト・ヘミングウェイ

移動祝祭日 (新潮文庫)

移動祝祭日 (新潮文庫)

 

 ヘミングウェイと聞いて思い浮かべるイメージはなんだろう。

 マッチョなアメリカ人作家? 『老人と海』=釣り? 恋と戦争?

 こちらは、貧しくつつましやかに暮らしていた若かりし頃の彼の生活の記憶。晩年、うつや病気を患いながら書いた思い出の数々である。

 非常にプライドが高く生真面目で、やると決めたことをやり遂げる人だったのだなあと感じさせる。

 1920年代に訪れたパリの街の美しさ、廉価で美味しい食事やお酒、社交生活のすべてが鮮やかで、「生きるってなんて楽しいんだ!」という声が聞こえてくるかのようである。

 ヘミングウェイとフィッツジェラルドという、正反対のような作家の会話も興味深い。

 

『コスモポリタンズ』サマセット・モーム

コスモポリタンズ (ちくま文庫―モーム・コレクション)

コスモポリタンズ (ちくま文庫―モーム・コレクション)

 

 フランスで生まれ、10歳で孤児となりイギリスへ渡ったモーム。

 医師でもあり、スパイでもあった*2人気作家は、そのキャリアのために世界中を旅した。

 こちらは『コスモポリタン』誌に連載された短編をまとめたもの。

 シンガポール、カプリ、神戸、セビリア、サンフランシスコと、ありとあらゆる場所が登場する。どれもひねりが効いていて、心に深く残る。

「物識(ものしり)先生*3」なんて思わず膝を打つラストが待っている。

 簡単なあらすじはこちらに以前記載済み。

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『食べて、祈って、恋をして』エリザベス・ギルバート

食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 (RHブックス・プラス)

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 映画でもジュリア・ロバーツが離婚を乗り越え、新しい自分を発見する女性をみずみずしく演じていたが、原作も負けず劣らず面白いのでおすすめ。

 夫と別れ、キャリアもアメリカに残し、身一つで世界を回ろうとするリズ。

 イタリアでジェラートに舌鼓を打ち、インドではヨガのグルについて自身の心を見つめ、インドネシア・バリでは新たな恋に出会い……。

 一人旅がしたくなってしまうかも! 

 

『インド夜想曲』アントニオ・タブッキ 

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

 主人公はインドで行方を絶った友人を探して、旅に出る。

 ここに描かれているのは、ムンバイ、マドラス、ゴアといった様々なインドの街で主人公を待ち受けていた12の夜。

 主人公とともに、インドの持つ様々な面を垣間見ることができて、マサラ・ミュージカル(『オーム・シャンティ・オーム』です)ならぬマサラ・ノベル。

 まるで夢を見ているような幻想的な語り口で、インドの生々しい現実が非常に美しく表現されている。

 

『見えない都市』イタロ・カルヴィーノ 

見えない都市 (河出文庫)

見えない都市 (河出文庫)

 

 旅する作家カルヴィーノは全ての作品が旅にまつわるもので、どれもこれも素晴らしいのだけれど、こちらを推薦したい。『東方見聞録』をのっとったような形でフビライ汗とマルコ・ポーロの間で交わされる会話を描いた小説。蜘蛛の巣のように細い糸の上に存在する都市、たくさんの水道管やシャワーで成り立っている都市、裸の女の幻想を追いかけ続けた男たちがたどり着く都市。全てが奇妙で斬新なのに、どこか懐かしい。

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『密林の語り部』マリオ・バルガス=リョサ

密林の語り部 (岩波文庫)

密林の語り部 (岩波文庫)

 

 現在でも非接触部族として名高いアマゾンのマシコ・ピロ族*4

 それによく似た部族、マチゲンガ族を描いているのが『密林の語り部』である。

 マチゲンガ族は文字を持たない。その代わりに、「語り部」と呼ばれる部族の神話・伝説を「生きて語り伝える」という役割を担う者がいる。

 物語は、マチゲンガ族に魅せられジャングルに入り語り部となったユダヤ系の男・マスカリータと、同じくマチゲンガ族に深く傾倒した「私」が交互に語る形で進む。

「語り部」の紡ぎ出す物語は、日本の昔話のようでもあり、キリスト教の影響も垣間見える、とてもファンタスティックなものばかり。

 非常に遠い所を舞台にした小説なのにどこか懐かしいのは、マチゲンガ族の死生観が日本の古来のそれとよく似ているからだろう。

 

『神と野獣の都』イサベル・アジェンデ 

神と野獣の都 (扶桑社ミステリー)

神と野獣の都 (扶桑社ミステリー)

 

 アマゾンの旅行小説をもう一つ!

 こちらは少年少女の冒険譚。『ライラの冒険』シリーズのようなヤングアダルト小説である。

 しかしそこはイサベル・アジェンデ、ぐいぐい引き込まれるようなストーリーが見事。

 アマゾン、非接触部族のインディオたち、神々や動物と向き合い成長していくティーンエイジャーたちと一緒に冒険を楽しめる。

 主人公たちの名前を見る限り、アジェンデが孫のために書いた物語のようでもある。三部作の第1話目という位置付け。

 

『ナルニア国ものがたり』C・S・ルイス

「ナルニア国ものがたり」全7冊セット 美装ケース入り (岩波少年文庫)

「ナルニア国ものがたり」全7冊セット 美装ケース入り (岩波少年文庫)

 

 他の世界への旅行、冒険の物語といえば、ナルニア国ものがたり。  

 クローゼットの中は不思議な世界につながっていて……。

 子供の頃はアスランの美しさや気高さにわくわくしながら読んだものだが、大人になると彼のキリストとの類似性に真っ先に目がいく。

 物語のラストが、なんとも寂しいのだが大好きである。

 

『指輪物語』J・R・R・トールキン

文庫 新版 指輪物語 全10巻セット (評論社文庫)

文庫 新版 指輪物語 全10巻セット (評論社文庫)

 

『ナルニア国』といえば、こちらも外せない。

 それにしても、この作品といい、『ナルニア国』、『ゲド戦記』、『マーティン・ピピン』などなど、イギリスでばかり素晴らしい児童文学がたくさん生まれるのは一体なぜだろう?

 

『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

 

 カズオ・イシグロの最新作。舞台はアーサー王が亡くなった頃のブリテン島。 

 息子を探して旅をする夫婦の物語。

「記憶」の謎とイギリスのお家芸でもある「ファンタジー」が合わさるのが素晴らしい。忘れたままでいたいガウェイン、どうしても記憶を取り戻したいベアトリス。男女の違いを見ているようで面白かった。

 また、ブリトン人・サクソン人の戦いは、現代の紛争・難民問題などに重なる。

 

『軽い手荷物の旅』トーベ・ヤンソン

トーベ・ヤンソン・コレクション 1 軽い手荷物の旅

トーベ・ヤンソン・コレクション 1 軽い手荷物の旅

 

 言わずと知れた『ムーミン』の著者、トーベ・ヤンソン。彼女は素晴らしい小説も多く残していて、こちらは旅にまつわる短編集。

 どこかで読んだことがあるような話がいくつかあるのは、きっとヤンソンの頭の中で何度も練り直され再現された物語だからなのだろう。

 ヘルシンキに旅行した際に読んだのだけれど、美しく穏やかで植物も建物もどこかみずみずしい街並みがまるでヤンソンの小説そのものだった。

「80歳の誕生日」:シャガールのようにすいすいと人ごみの中を移動するスノッブな祖母の描写が心に残る。

「思い出を借りる女」:登場人物のやりとりがウィットに富んでいる。

 

『ロリータ』ウラジミール・ナボコフ

ロリータ (新潮文庫)

ロリータ (新潮文庫)

 

 忘れちゃいけない、小児性愛、言葉遊び、ミステリーなど様々な要素を含む『ロリータ』もれっきとしたロード・ノベルである。

 二つの文化、二つのジェネレーションが交差しながら進むこの物語。細部の描写の美しさもさることながら、ドローレス・ヘイズというティーンエイジャーの気まぐれで無邪気かつ時に残酷な少女性をここまで書ききったナボコフの筆力に感動する。

 

『ここではないどこかへ』モナ・シンプソン

ここではないどこかへ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

ここではないどこかへ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

 
ここではないどこかへ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

ここではないどこかへ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

 

 母と娘を描いた自伝的小説。二人は、夢が叶う魔法のような街、カリフォルニアで暮らすことを夢見てロードトリップを続ける。

 他力本願で幸せになろうとするあまり、少しずつ自分に都合のいいことしか見えなくなっていく母。大好きな母から離れ、自立への道を進む娘。離れてこそ見えてくる愛情や真実。

 旅を通じて成長していく親子の様子がつづられる。

 ちなみに著者は、スティーブ・ジョブスの妹である(スティーブは生まれてすぐに養子に出され、モナは実の母親に育てられた)。シンプソンは、実兄ジョブスの葬式にて、

いつもハンサムな父がお金持ちになって迎えに来てくれることを夢見ていた。その代わりに、私の元にはハンサムな兄が迎えに来てくれたのです。

とスピーチをした。『ここではないどこかへ』のアン(娘)が大人になった姿を見た、と感じた。

 

『パイの物語』ヤン・マーテル

パイの物語(上) (竹書房文庫)

パイの物語(上) (竹書房文庫)

 
パイの物語(下) (竹書房文庫)

パイの物語(下) (竹書房文庫)

 

 インドからカナダ・モントリオールへ出発した日本の貨物船。

 途中、嵐に巻き込まれ沈没してしまう。たった一艘しかない救命ボートに命からがら乗ることができたのは、インド人の少年パイとシマウマ、オランウータン、ハイエナ、ベンガルトラだけ。

 魂の旅、漂流の物語。

 

『レス』アンドリュー・ショーン・グリーア

レス

レス

 

 仕事も恋愛もぱっとしない、アーサー・レスはもうすぐ50歳。長く付き合っていた元恋人の結婚式に出席したくがないために、ニューヨーク、メキシコ、フランス、ドイツ、モロッコ、南インド、そして日本(京都)を巡る旅に出ることに。行く先々でアーサー・レスを待ち受けているのは、彼からすると奇妙な人々や屈辱的な出来事ばかり。まさに踏んだり蹴ったりだが……。ユーモアあふれる筆致と少しのほろ苦さがクセになる物語。

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<番外編>

 カレル・チャペックの旅行記コレクションも、個人的に大好きです。

 どれも素敵なイラスト入りで、1920-30年代の様々な国においてチャペックの目に新鮮に映ったものごとがみずみずしく記されている。

 こんなにシンプルな線で、美しいイラストを描くことができたなら……。旅行絵日記をつけたくなること間違いなし。 

イギリスだより―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

イギリスだより―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

 
スペイン旅行記―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

スペイン旅行記―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

 
北欧の旅―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

北欧の旅―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

 
チェコスロヴァキアめぐり―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

チェコスロヴァキアめぐり―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)

 

 

 海外文学ではないですが、旅行好きなら『深夜特急』もmust-readな一冊。

 時を超えて、自分の居場所探しに疲れた20代の若者のやるせなさや、世界を見渡した時に変わっていく気持ちが伝わってくる。  

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

 

 

 そしてこちらは、ギリシャで行方不明になった片思いの相手の後を追い、海を渡る主人公のお話。

 冒頭にジャック・ケルアックやビートニク(ビート・ジェネレーション)の話が出てくるところが、これから始まる旅を予感させる。

スプートニクの恋人 (講談社文庫)

スプートニクの恋人 (講談社文庫)

 

 旅は人生、ですね。

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みなさま、今日もhappy reading!

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*1:1955〜1964年頃にかけて、アメリカで人気を誇った文学界における若手作家のグループ。もともとはニューヨークのアンダーグラウンド社会で生活する若者を指す言葉として生まれた。作品も、リズムやビートを感じさせるものが多いことが特徴。

*2:モームはロシア革命時、イギリス情報局秘密情報部に所属し、情報工作員として活動していた。

*3:原題は"Mr. Know-All。"

*4:作中では、マシュコ族と表記。