[Lily and the Octopus]
こんにちは、トーキョーブックガールです。ずいぶん涼しくなってきましたね! さて、今日はジャケ買いしてしまったこの本の感想を。
表紙にはなんとも可愛い上目遣いのダックスフントが*1。
ちなみに、犬のこういう表情にはA101だかQ101だか、忘れてしまったけれど名称がついている。これは非常に人間を惹きつける表情だそうで、イギリスかどこかの研究所によると、保護団体の里親会でこういう表情を見せる犬は尻尾を振ったり人間に愛想よくする犬よりも里親が早く決まる率が高いのだそうだ。
これは私が身をもって体験したことでもある。我が家には保護団体から引き取った犬がいる。私たち夫婦は犬を家族に迎えたいと思い、何度も里親会に出席してきた。たくさんの可愛く人懐こい犬たちと知り合いになったが、なかなか1匹に決められずにいた。そんなある日、彼女に出会ったのだ。
私たちが施設の犬たちを紹介してもらい一緒に楽しく遊んでいる中、彼女は一度も尻尾なんて振らなかったし遊びにも来なかった。ただ、大きい瞳で私たちのことをじっと見つめたのだ。上目遣いで、ちょっとびっくりしてしまうくらい長く、じーっと。その視線だけで、私たちはノックアウトされ彼女を家族に迎えると決めてしまった。それまで何十回も様々な保護団体に出向いても、一向に決められなかったのに、ほんの数秒で「この子しかいない!」と感じたのだから面白い。
かなり脱線してしまったが、同じ理由でこの表紙に一本釣りされたという話である。
テッドは、12歳のダックスフントのリリーとロサンゼルスで二人暮らしである。リリーは、12年前テッドの元に来たダックスフントの女の子。いつも好奇心旺盛で、話し方がとにかく可愛い。そう、リリーはテッドと対等に会話するのだ。初めてテッドに会った時は、
「このひとが! わたしの! かぞくに! なるのね!」
と喜び、初めてアイスクリームを食べた日には、
「すっごく! おいしい! わたしたち! これ! まいにち! なめなくちゃ! ぜったい!」
と感動する。
犬が、人に尻尾をぶんぶん振っている様をこんなに的確に表現した小説が他にあるだろうか。
テッドは長年の恋人(彼はゲイである)と別れ失意の底にあるが、明るいリリーのおかげでどうにか生きている。
二人でピザ・ナイトを楽しんだり、「どっちのライアンがいいかゲーム」(ライアン・レイノルズとライアン・ゴスリングならどちらがいいか? ちなみにテッドはゴス様派、リリーはレイ様派)をしたりしていたある日、テッドはリリーの頭に「タコ」が張り付いているのに気づく。
そう、海にいる8本足のタコである。そいつは意地悪く、リリーの命を奪おうとしている。テッドはリリーを守るため、冒険に出る決心をするのだった。
と、おそらく表紙を見ただけで分かる、家族の一員としての犬が年を取り、ヒトが看取り、その喪失を乗り越えて人生を歩んでいくという物語。では何がこの小説を特別なものにしているかというと、やはりリリーの魅力だろう。
いつもテンションが高くハッピーな小さいダックスフントの女の子。ちょっとした仕草やテッドとの会話に、いかに彼女の個性や魅力が上手に表現されていることか。12歳になり、白髪も増え、寝ていることが多くなる。自分の目の上に「タコ」が住み着いていることを知っているが、飼い主に指摘されても
「ああ、これ」
と気の無い返事をする(犬は痛みに強いし、自分が弱っていることを同居人に知られたく無いものだよね……)。
精神疾患を抱えたゲイのテッドは、おそらく他の人に比べると生涯未婚である可能性が高い。長年連れ添った恋人と別れたばかりでもある。そんな、ともすれば行き場の無い悲しみをリリーはしっかりと受け止める。きっとあなたも、リリーを大好きになる。
物語後半の「タコ」とテッドの対決は、まるで『老人と海(Old Man and the Sea)』か『白鯨』のようである。ちなみに原題も Lily and the Octopus なので、意識して書かれているのかもしれない。
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『おやすみ、リリー』はアメリカで大ヒットした。英語圏では、高齢で病気になった犬を安楽死させることが非常に多い。犬に辛い思いをさせたくない、苦労を長引かせたく無いという気持ちからではあるが、自分の家族が生を終える時期を決めなければいけないという選択は言葉では言い表せないほど辛いものだろうし、それでよかったのかと後悔することも多いと聞く。そういった人々の心を優しく包んでくれるようなローリーの言葉は、多くの犬好きさんたちが待ち望んでいたものなのだろう。
また、特筆すべきは、これが現代の人間と犬の関係を表した物語であるということだ。もともと人間のパートナーであるといわれた犬は、核家族化が叫ばれる時代の私たちの生活の中でその重要性を増している。 その関係はもはや「犬と飼い主」ではなく、「パパ/ママと娘/息子」だったり「犬とヒト(human/humans)」などと呼ばれることも非常に増えている。 つまりは、犬というよりは大切な家族の死と、残された者の再生の物語なのである。
Electric Literature に記載されている、ローリーのインタビュー。ちなみにローリーは、この作品が自伝的作品であることを明かしている(脳腫瘍でこの世を去った彼の愛犬の名もリリーだったという)。
*1:イラストは西川真以子さん。