トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『ベラミ』 モーパッサン: 史上最強の色男

[Bel Ami]

100スーの銀貨を出した釣りを勘定台の女から受け取ると、ジョルジュ・デュロワはレストランの外へ出た。

押出の立派なこの男は、生まれつきと退役下士官のくせでぐっとそり身になったかと思うと、慣れた軍人式の手つきで口髭をひねり、それからまだ食卓に残っている連中の上に一わたり素早い一瞥を投げた。投網のように広がる、例の美貌に自信のある独身者の視線を。

という文章から始まる、『ベラミ』。

 Bel Ami、美しいお友達。なんて魅力的なタイトルなんだろう。日本語として発音してみても、凛とした美しさを示すラ行と、優しくまとわりつくようなマ行が、なんとも言えない余韻を残す気がするこの言葉。モーパッサンは長編も短編も面白いことはもちろん(長さによって作品の雰囲気はかなり変わるのだが)、タイトルのつけ方がどれも秀逸で思わず読んでみたくなる。

ベラミ〈上〉 (岩波文庫)

ベラミ〈上〉 (岩波文庫)

 
ベラミ〈下〉 (岩波文庫)

ベラミ〈下〉 (岩波文庫)

 

 『ベラミ』は、『女の一生』につぐモーパッサンの2作目の長編である。 退役下士官のジョルジュ・デュロワは、仕事のあてがなくパリをぶらぶらしていたところ、軍隊で一緒だったフォレスチェという男に偶然出会う。フォレスチェは「ラ・ヴィ・フランセーズ」の新聞記者として働いており、風格のあるいい男になっている。仕事がないことを正直に話すと、フォレスチェの下で働かせてくれるという。しかし文才のないデュロワにいい記事は書けず、フォレスチェの妻・マドレーヌに代筆してもらうはめに。デュロワはマドレーヌに惹かれつつも、その美貌で上流階級のマダムたちを次々と虜にする。パーティーで出会ったド・マレル夫人や、「ラ・ヴィ・フランセーズ」社長の愛人となり、彼女たちの権力を利用してのし上がっていく。もともと病弱だったフォレスチェが病死してしまうと、これ幸いとマドレーヌを口説き落とし再婚する。

 しかし、デュロワの書く記事が亡きフォレスチェの記事とそっくりだと評判になる。それもそのはず、どちらもマドレーヌが考えていたのだ。また、マドレーヌもデュロワを利用していたということが発覚し……。

 

 どれほど人を騙し、陥し入れ、悪に身をやつしても、変わらないのが彼の美貌。子どもから熟女まで、女という女を虜にし離さない悪魔のような男。じゃけんにされても、愛されていなくても、彼を失いたくないと必死になる女たち。「ベラミ」とは、その後愛人となるド・マレル夫人の幼い娘がデュロワにつけるあだ名だ。あまりに美しいから、「美しいお友達」と呼び始めるというエピソードである。

 どこまでも美しく、性格はとことんひん曲がっている主人公というのは、かなり珍しいのではないだろうか。ベラミ、ことデュロワには共感できる部分など一つもない。驚くような汚い真似をこれでもかとやってのけてくれるのだ。最後の最後まで、彼は報いを受けないし、世の中をしたい放題して渡っていくだけ。そこに美の恐ろしさを見た。愛人や妻となる女のタイプもそれぞれで、

  • デュロワの美しいところだけ、都合のいい時に味わいたい女
  • デュロワの全てを自分のものにしたい女
  • デュロワの愛を勝ち取りたい女
  • デュロワの美しさを利用したい女

などなど。十人十色の恋愛模様を垣間見ることができるのも面白い。

 しかしながら、これだけ女性がいても、デュロワに永遠の愛を与える女はいない。彼のためなら命を投げ出せるという人は、おそらく一人もいないだろう。みな、何らかの方法で彼を利用しているのだ。ここでは美と権力、もしくは金は交換される資産であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 世界で最初の「ジゴロ」は『ベラミ』という意見も何度か目にしたことがある。いくらフランス文学界でも、なかなかここまでの「魅力的なダメ男」というのは他に存在しないようだ。『赤と黒』のジュリアン・ソレルは、レナール夫人とマチルドという2人の女性を、自身の野心や欲望を満足させるために征服するが、そうは言いつつも激しく恋に落ちてしまうし。

赤と黒 (上) (新潮文庫)

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赤と黒 (下巻) (新潮文庫)

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 映画はまだ観ていないのですが、ロバート・パティンソンは物語から抜け出てきたような風貌をしていると思います!

ベラミ 愛を弄ぶ男 (字幕版)

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ベラミ 愛を弄ぶ男 [DVD]

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