トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

ブッカー賞 受賞作品一覧

 受賞作はもちろん選考方法などが高く評価されている英国の文学賞。ノミネートの対象となるのは、英語で書かれ、その年にイギリス連邦またはアイルランドで出版された長編小説。もともとは著者の国籍が限定されていた(英連邦[Commonwealth of Nations]、アイルランド、ジンバブエ)が、2014年には英語で書かれた作品すべてが対象となり、米国人作家の作品もノミネートされるようになった。初めてブッカー賞を受賞した米国人作家はポール・ビーティー(2016年、The Sellout)。

 

 

2021年: The Promise / Damon Galgut

 南アフリカの白人家庭を舞台に展開する物語。母さん、父さん、アストリッド、アントン(Ma, Pa, Astrid, Anton)のそれぞれに焦点が当てられる。母さんが亡くなり、南アフリカの情勢も変わりつつある。この家庭にはずっと住み込みで働いてくれていたサローム(Salome)という黒人女性がいるのだが、ずっと尽くしてくれた彼女に対して、引退時には家と土地を贈ろうと父さんと母さんは約束している。だがその約束は果たされないまま時が流れ……。

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2020年:『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート(黒原敏行・訳)

 スコットランド出身・ニューヨーク在住のダグラス・スチュアートのデビュー作。1980年代にグラスゴーの公営住宅で少年時代を過ごしたヒュー(シャギー)・ベインの物語。シャギーの母、アグネスは「灰色の人生」を受け入れることができず、底辺と呼ばれるような場所で生活していても、常に外見を美しく保つことで、自身のプライドを満足させようとする。シャギーの兄や姉は、じきにアルコール中毒となった母親を置いて独立していくのだが、まだ小さかったシャギーは母親と取り残される。労働者階級の生活を描き出した作品で、ハンヤ・ヤナギハラなどと比較されている。

 全体的に灰色という言葉がふさわしい、持たざる人たちが多く暮らす地区で物語が展開されるにもかかわらず、心に残るのは母・アグネスのピンク色のセーター、爪、美しくセットされた髪、決して手放さないハイヒール。そしてそんな母に対するシャギーの憧れの混じった愛。そしてシャギー自身のアイデンティティと、周りから押し付けられる男らしさとの違いに対する葛藤。辛い日々だったはずなのに、ファッション業界で成功した後に自伝的要素を取り入れて本作を執筆、発表したという著者が「子どもの頃に戻れるなら、戻りたい」(朝日新聞、2022年6月18日)と言っているのもわかるような気がするほど、不思議な魅力がある。

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2019年: Girl, Woman, Other / バーナーディン・エヴァリスト、『誓願』マーガレット・アトウッド(鴻巣友季子訳) 

 2019年は2作品が受賞。 

 ロンドンの街を歩き劇場へ向かう女性、アメリカ人女性と恋に落ちアメリカに渡った女性、結婚して裕福になった女性、少女時代にレイプされた女性。家族の歴史を知って欲しい母親、フェミニズム的な価値観を母親に押し付けられることを拒む娘、若くして子どもを抱え死に物狂いで働いてきた母親、そんな母親のことを少し恥ずかしいと思っている娘。

 イギリス出身の黒人の女性&ノンバイナリーの人の人生を垣間見ることのできる作品。

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 『侍女の物語』で描かれたギレアデ共和国はどのようにしてできたのか。以前はアメリカだった土地に共和国が誕生するのを目撃したリディア小母(『侍女の物語』にも登場)や、共和国誕生後に生まれ共和国や隣国のカナダで育った女性を描いた物語。

 置かれた立場や状況が異なる3人の人生を通して、『侍女の物語』においてジューン/オブフレッドを通して垣間見ることのできたギレアデ共和国の「以前の姿」や「その後」を知ることができる。もちろん、『侍女の物語』を読んでいなくてもアトウッドの巧みなストーリーテリングを十分に楽しめる。

 

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2018年: 『ミルクマン』アンナ・バーンズ(栩木玲子訳)

ミルクマン

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 アイルランド人作家による作品。とある町でのゴシップや噂話にまつわるディストピア小説。主人公は3人姉妹の真ん中で(名前はなく、ただmiddle sisterと呼ばれる)、ボーイフレンドのような存在の男の子と会っていることを母親に知られないように必死。

 ところがなぜか、主人公が41歳の牛乳配達人と付き合っているらしいという噂が立つ。「噂を立てられる」人物は"interesting"とされ、"interesting"とされると逮捕されることもある世の中。主人公は一生懸命、目立たないように努力するが……。

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2017年: 『リンカーンとさまよえる霊魂たち』ジョージ・ソーンダーズ(上岡伸雄訳)

 シラキュース大学でのスピーチ『人生で大切なたったひとつのこと』でも有名な短編作家ソーンダーズが書いた初めての長編小説。19世紀の幽霊(リンカーン大統領の11歳の息子)にまつわる物語。 

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2016年: The Sellout / ポール・ビーティー

Sellout

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2015年: 『七つの殺人に関する簡潔な記録』マーロン・ジェイムズ(旦敬介訳)

 

2014年: 『奥のほそ道』リチャード・フラナガン(渡辺佐智江訳) 

 

2013年: The Lunimaries / エレノア・カットン 

The Luminaries

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2012年: 『罪人を召し出せ』ヒラリー・マンテル(宇佐川晶子訳) 

 『ウルフ・ホール』から続く3部作の2作目。 

 

2011年: 『終わりの感覚』ジュリアン・バーンズ(土屋政雄訳) 

 

2010年: The Finkler Question / Howard Jacobson 

 

2009年: 『ウルフホール』ヒラリー・マンテル(宇佐川晶子訳) 

 3部作の1作目。

  

2008年: 『グローバリズム出づる処の殺人者より』アラヴィンド・アヴィガ(鈴木恵訳) 

 

2007年: The Gathering / アン・エンライト

 

2006年: 『喪失の響き』キラン・デサイ(谷崎由依訳)

 

2005年: 『海に帰る日』ジョン・バンヴィル(村松潔訳)

 

2004年: The Line of Beauty / アラン・ホリングハースト

 

2003年: 『ヴァーノン・ゴッド・リトルー死をめぐる21世紀の喜劇』D・B・C・ピエール(都甲幸治訳)

 

2002年: 『パイの物語』ヤン・マーテル(唐沢則幸訳)

 トラと漂流することになった少年を描いたもの。語り手はインドを訪れている作家で、とある人物に会うように助言される。その人物が語り始めたのは「インドで始まりカナダで終わる」サバイバルストーリーだった……。

 父親が外交官で、スペインで生まれ様々な国を転々としたカナダ人作家ヤン・マーテルらしく、広い世界を感じることのできる物語。

 

2001年: 『ケリー・ギャングの真実の歴史』ピーター・ケアリー(宮木陽子訳)

 

2000年: 『昏き目の暗殺者』マーガレット・アトウッド(鴻巣友季子訳) 

 現在、過去(主人公の回想)、作中作、作中作の登場人物による作中作と、入れ子方式の物語。 

 

1999年:『恥辱』J・M・クッツェー(鴻巣友季子訳)

 

1998年:『アムステルダム』イアン・マキューアン(小山太一訳)

 

1997年:『小さきものたちの神』アルンディタ・ロイ(工藤惺文訳)

 

1996年:『ラストオーダー』グレアム・スウィフト(真野泰訳)

 

1995年: The Ghost Road / パット・バーカー

 『Regeneration』3部作の3冊目。 

 

1994年: How Late It Was, How Late / ジェームズ・ケルマン

 

1993年:『パディ・クラーク ハハハ』ロディ・ドイル(実川元子訳)

 

1992年:『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ(土屋政雄訳)

 ブッカー賞の50周年を記念して2018年に行われた一般投票でも「ゴールデン・ブッカー賞」に選ばれた、ある意味ブッカー賞を代表するような作品。

 ハナの記憶の中で何度も蘇るトロントの夏の緑と心地よい木々の音、鳥の声。何年も後に、タクシーに乗り込む際Sikhを見かけ、イタリアで会った彼を思い出す父の友人。名前をなくす、アイデンティティを自分に問い直すというこのテーマは、多国籍都市だからこそかけた作品という気もする。ヘロドトスから、言葉が持つ強さ•言霊を感じる。

 

1991年:『満たされぬ道』ベン・オクリ(金原瑞人訳)

 

1990年:『抱擁』A・S・バイアット(栗原行雄訳)

 

1989年:『日の名残り』カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)

 カズオ・イシグロも、新作を出せば必ずショートリストまで残るというブッカー賞お気に入りの作家。

 静かな面白さがある。 雫が一滴落ちて、水に丸い波紋を描くような、じわりじわりとした面白さ。 由緒正しきDarlington Hallで長らく執事を務めた主人公、年老いたStevensはある日イギリスの田舎を巡る旅に出る。 田園風景や出会う人々を通して、これまでの人生、執事とは・品格とは、主人や同僚について回想する物語。 

 

1988年:『オスカーとルシンダ』ピーター・ケアリー(宮木陽子訳) 

 

1987年:『ムーンタイガー』ペネロピ・ライヴリー(鈴木和子訳)

 

1986年: The Old Devils / キングズリー・エイミス 

 

1985年: The Bone People / ケリ・ヒューム

 

1984年:『秋のホテル』アニータ・ブルックナー(小野寺健訳)

 

1983年:『マイケル・K』J・M・クッツェー(くぼたのぞみ訳)

 

1982年:『シンドラーズ・リストー1200人のユダヤ人を救ったドイツ人』トマス・キニーリー(幾野宏訳) 

 

1981年:『真夜中の子供たち』サルマン・ラシュディ(寺門泰彦訳)

 

1980年:『通過儀礼』ウィリアム・ゴールディング(伊藤豊治訳)  

 

1979年:『テムズ河の人々』ペネロピ・フィッツジェラルド(青木由紀子訳) 

 

1978年:『海よ、海』アイリス・マードック(蛭川久康訳)

 

1977年: Staying On / ポール・スコット

 

1976年:『サヴィルの青春』デイヴィッド・ストーリー(橋口稔訳)

 

1975年: Heat and Dust / ルース・プラワー・ジャブヴァーラ 

 映画『熱砂の日』の原作。映画もジャブヴァーラ自らが脚色を担当。

 

1974年: The Conversationist / ナディン・ゴーディマ 

 

1973年:『セポイの反乱』ジェイムズ・G・ファレル(岩元巌訳)

 

1972年:『G.』ジョン・バージャー(栗原行雄訳)

 

1971年:『自由の国で』V・S・ナイポール(安引宏訳)

 

1970年:『選ばれし者』バーニス・ルーベンス(鈴木和子訳)

選ばれし者 (バーニス・ルーベンス選集 3)

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1969年: Something to Answer For / P・H・ニュービィ