[The Third Man]
例えば飛行機や新幹線の移動、カフェでの時間つぶし、あるいは予定のない土曜日。
ぱっと数時間で読了できて、ストーリーも面白く、かつ文学的な小説が読みたいと思う日がある。変に感情移入してしまい泣いたり笑ったりしたくない、ただただ小説そのものを楽しみたいという日が。
こういう時には、グレアム・グリーンの『第三の男』はいかがですか?
文庫本にしてほんの200ページ程度、20世紀を代表する大作家と謳われるグリーンが書いたミステリー小説。同題の映画の脚本を頼まれたグリーンが、「まず小説にして書いてみないと脚本を書けない」と作り上げた作品である。
舞台は第二次世界大戦後、米・英・仏・ソの四カ国に共同管理されていた頃のウィーンというのが、プロデューサーによって決められていた。そして、グリーンの頭の中には「街を歩くハリーを見かけた。でも私は、ハリーの葬式に出席したばかりだった……」というふうな文章が長年寝かせてあった。
- 作者: グレアムグリーン,Graham Greene,小津次郎
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2001/05/01
- メディア: 文庫
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二杯飲むと、ロロ・マーティンズの心はいつも女のほうへ向くーー漠然と、センチメンタルに、ロマンチックに、異性という一般概念で考える。三杯目がすむと、狙いを定めようとして急降下する操縦士のように、ものになりそうな一人の女に焦点を絞ろうとする。もしクーラーが三杯目をすすめなかったら、おそらく彼はそれほどすぐにはアンナ・シュミットの家には行かなかったろう。
「三」というのはなんだか不思議な数字だ。
「三度目の正直」、「三年目の浮気」、「二度あることは三度ある」、"Three's a Crowd"……「三」という数字には、とりかえしのつかない何かが含まれている気がする。
タイトルにもなっている「第三の男」というのは、ハリー・ライムという男性が事故で死んだとされる現場にいた謎の男だ。当初ハリーの友人二人と運転手以外は誰も現場にいなかったとされていたが、実はもう一人いたということが明かされる。
ハリーが悪事を働いて、警察に追われていたことを知った幼い頃からの友人であり作家のロロ・マーティンズは、ハリーが何者かに消されたのではないかと疑い、一人ウィーンの街で調査を始める。
短い物語なのだけれど、ここにはグリーンらしい描写がいくつも現れ、とにかく読ませる。幼い頃からの友達への憧れ、喪失の悲しみ、どんよりとしたウィーンの街並み、欲望、秘密、同情。
映画のこと
ちなみに映画はまだ見たことがなくて、時間がある時に是非見たいなと思っている。登場人物の国籍や特徴、結末のちょっとしたエピソードなんかも違うらしいところが、監督のキャロル・リードの腕の見せ所だろうか。原作の序文からはグリーンがリードに並々ならぬ信頼を寄せていることもうかがえる。ちなみに、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』でもこの映画が言及されていた覚えがある。
これも読みたい
『第三の男』とくれば、第三の女も。
西村しのぶによる少女漫画はその名も『サードガール』。吉本ばななさんの愛読書でもあるとエッセイで読んだ記憶がある。舞台は1980年代、バブル真っ只中の神戸で、主人公は夜梨子という女の子。ある時街で出会った国公立大の工学部に通う涼に、その美貌の恋人かつ同級生の美也を巻き込み、恋愛とは何か? 嫉妬とは何か? 自立とは何か? を見せてくれるような作品。恋愛は結構な修羅場もあるけれど登場人物たちが皆大らかなのでそれほど大事にはならず、楽しめる。
この物語でいう「サードガール=第三の女」というのは、涼にとって本命(美也)でも浮気相手でもなく、天真爛漫に彼を慕い楽しくお茶する相手である夜梨子のことを意味しているのかと思うのだが、このタイトルにさほど意味はないのだとか。
同じくグレアム・グリーンによる『情事の終り』のレビューはこちらから。