トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

月組の『グレート・ギャツビー』を観劇する前に読んだ&観た作品

月組『ギャツビー』も、後数日。千秋楽を観るのも楽しみにしています。

観劇前に読んだ&観た作品、いろいろ。

 

 

The Great Gatsbyと『グレート・ギャツビー(ギャッツビー)』(野崎孝、大貫三郎、村上春樹、小川高義・訳)

原書と、日本語訳4冊。

初めて読んだ少女の頃は、時間を戻せない切なさやギャツビーのひたむきな姿勢に胸が締め付けられたのをよく覚えているけれど、やっぱり大人になってから読むとこの物語はひたすら「お金」の話なのだなとわかる。

そして何より音が印象的で、弾けるような笑い声、甘やかなささやきが人を惹きつけるのだとされるデイジーの声に、ギャツビーとともに聴き入るニックが、シンバルの歌、宮殿に住まう王の娘……と想像をふくらませる場面はなんともアメリカらしい富に対する肯定的な考え方、華やかな時代の空気を感じさせる。

その一方で、「お金」は決して一種類なのではなく、この新しい国でさえオールド・マネーとニュー・マネーが区別され、決してギャツビーには手の届かない領域があるという哀しみや愚かさの物語でもある。

さて、小説ではこんなふうに描写されているジョーダン・ベイカー(↓)

I looked at Miss Baker, wondering what it was she "got done". I enjoyeod looking at her. She was a slender, small-breasted girl, with an erect carriage, which she accentuated by throwing her body backwards at the shoulders like a young cadet. Her grey sun-strained eyes looked back at me with polite reciprocal curiosity out of a wan, charming, disconnected face. It occurred to me now that I had seen her, or a picture of her, somewhere before.

 

 私もミス・ベイカーに目を向けていた。この人の場合、何がどうなるというのだろう。だが見た目には好ましい。まっすぐな立ち姿をしている。すらりとした起伏の少ない上半身で、士官候補生のように胸を貼っているから、なおさら姿勢が良く見える。日射しに負けそうなグレーの目が、こちらに向いた。どこか翳りのある美人の顔から、やんわりと好奇の視線を返されたようだ。これは、どこかで見た顔ではなかろうか。あるいは写真で見たのかもしれない。(小川高義・訳)

を主人公に据えたリテリングと、ジョーダン・デイジー・キャサリン(マートルの妹)が事件の真相について語るミステリも読みました。

 

The Chosen and the Beautiful / Nghi Vo

Beautiful Little Fools / Jillian Cantor

感想はこちらで。

www.tokyobookgirl.com

 

『サテュリコン ー古代ローマの風刺小説』ガイウス・ペトロニウス(国原吉之助・訳)

フィッツジェラルドが『ギャツビー』の着想を得たのが、本書の《トリマルキオンの饗宴》で、当初はタイトルも『トリマルキオ』にしようとしていたとのこと(ちなみに『グレート・ギャツビー』にしろと促したのは、デイジーという人物のモデルにもなったであろう妻のゼルダ)。

修辞学校に通うエンコルピウスという学生「ぼく」が語り手で、トリマルキオという解放奴隷が夜な夜な催す贅を尽くした饗宴へ出かけていく。

学生とか、あの歌とか、これのオマージュだったのか〜……。

 

『逸楽と飽食の古代ローマ 『トリマルキオの饗宴』を読む』青柳正規

岩波の『サテュリコン』は絶版になっているけれど、こちらは大丈夫!

『サテュリコン』でちょっとわかりにくかった箇所を懇切丁寧に説明してくれる、非常に頼もしい1冊でもある。

ピカレスク小説の先駆けとも言われる「トリマルキオの饗宴」に焦点を当て、作者のペトロニウスはどういう人物だったのか、当時の皇帝ネロとの関係とは、解放奴隷であることの意味などを、つぶさに解説。さらに、それぞれの場面から当時のローマ人の生活を浮き上がらせる。

ロバート・レッドフォードの方の映画『ギャツビー』では、室内プールに十二星座が描かれている場面が印象的だったのだが、「トリマルキオ」に登場するメインコースの黄道十二宮尽くしを意識していたのかな。

ちなみにトリマルキオは蟹座らしいのと、やたらと7月の日付が登場する夏の物語というところも、そのままギャツビーだ。

 

『マイ・アントニーア』ウィラ・ギャザー(佐藤宏子・訳)

『サテュリコン』と同じく、「ぼく」という語り手が別の人について語るという体の物語で、フィッツジェラルドにインスピレーションを与えたとされる。

ウィラ・ギャザーはフィッツジェラルドより二回りほど年上で、イーディス・ウォートン、エレン・グラスゴーと並び20世紀アメリカ文学を代表する女性作家。

こちらは開拓時代の中西部を舞台にした作品で、田舎から出ていった青年の「ぼく」(ジム)が幼なじみのアントニーアについて綴る。厳しくも美しい自然の描写が印象的で、ふたりの間に年月の隔たりができるものの、思い出はいつまでも共有されている。

アントニーアは友人らのように仕立てやホテル経営で成功することはなく、愛に生き、貧乏な生活の中で何人も子供を産む。

アメリカンドリームを実現したが、40代半ばにして成功の味気なさを実感している「ぼく」は、アントニーアに対して特別な感情を抱いていて、それは故郷に対する郷愁や過去に戻りたいと願う気持ちと一体になっている。けれども、そういう感情を呼び起こす彼女が移民で、その土地の出身ではないというところがまた面白いと思った。

原書では『My Ántonia』とアクセントがついているのも、同様の意味が込められているのかな。

アントニーアの生き方が『ギャツビー』のデイジーとは対照的なのが、なんとも言えない。

 

Save Me the Waltz / ゼルダ・フィッツジェラルド

久しぶりに再読。ゼルダの才能、決してフィッツジェラルドに与えられるばかりではなく、彼に授けたものも(インスピレーション以外にも)多くあったのだと感じる作品だ。

日本語訳には、短編も収録されている。

 

『「グレート・ギャツビー」を追え』ジョン・グリシャム(村上春樹・訳)

これを読んだのは去年なのでもう記憶が曖昧……。

プリンストン大学から、強盗団がフィッツジェラルドの原稿を盗み出す。スパイとして原稿の行方を追う女性、マーサーが主人公。どちらかというと、『夜はやさし』をなぞるような設定と展開がおもしろかった。

 

『華麗なるギャツビー』(2013年)

華麗なるギャツビー(字幕版)

華麗なるギャツビー(字幕版)

  • レオナルド・ディカプリオ
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劇場で観て以来、初めて再視聴。やっぱり音楽が効いている。ディカプリオの狂気。

この映画が公開された夏は、わたしの人生でも最もマジカルな夏だったので、なんだか印象が重なってしまいため息が漏れる。

 

『華麗なるギャツビー』(1974年)

華麗なるギャツビー (字幕版)

華麗なるギャツビー (字幕版)

  • ロバート・レッドフォード
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この作品は、小説にはないデイジーの「Because rich girls cannot marry poor boys, Jay Gatsby」というセリフがすべて。もうそれに尽きる。

そして、装いやインテリアが目に愉しい作品でもある。件の(↑『トリマルキオ』のところで書いた)ギャツビーとデイジーが室内プールで過ごす場面に登場する十二星座だが、ギャツビーは蠍座の前に座っている。

常々「この執念深さ、記憶力。ギャツビーは絶対蠍座だろうな」と思っていたので、やっぱり映画を制作した人もそう思っていたんだな……と感じてちょっと嬉しかった。

r100tokyo.com