トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Celestial Bodies / Jokha Alharthi: 変わりゆくオマーンの女性たち、男性たち

[سيدات القمر]

 2019年のブッカー国際賞を受賞した、オマーン人作家Jokha AlharthiによるCelestial Bodies(Marilyn Booth訳)。平塚らいてうの「原始、女性は太陽であった」という言葉をなんとなく思い出してしまう題名ではないですか。

 原題はSayyidat al-qamar("Ladies of the Moon")で、小説内には「天体」への言及も見られるものの、どちらかといえば「月」に関して登場人物たちが考えたり読んだり語り合ったりする場面の方が印象的だった。  

Celestial Bodies

Celestial Bodies

  • 作者:Alharthi, Jokha
  • 発売日: 2018/06/21
  • メディア: ペーパーバック
  

 2019年のブッカー国際賞に関する記事にも書いたけれど、ブッカー国際賞を受賞した時の、chief of judgesの言葉が心に残っていた。特に赤字にした部分。 

"Through the different tentacles of people’s lives and loves and losses we come to learn about this society – all its degrees, from the very poorest of the slave families working there to those making money through the advent of a new wealth in Oman and Muscat. It starts in a room and ends in a world.

We felt we were getting access to ideas and thoughts and experiences you aren’t normally given in English. It avoids every stereotype you might expect in its analysis of gender and race and social distinction and slavery. There are surprises throughout. We fell in love with it.”

 

 オマーンに暮らす三姉妹を中心として、その両親、奴隷、結婚相手、娘や息子などの数世代を描いた物語で、中でも、オマーンで石油の輸出が開始され(1967年)国が豊かになるとともに奴隷制が廃止される(世界でもかなり遅い方で、1970年)という変動期に焦点を置いている。ただし、その変化はダイレクトに感じられるわけではなく、日々の暮らしを営む登場人物たちのかげにうっすら見え隠れするようで、(姉妹云々だけではなく)そういうところも谷崎潤一郎の『細雪』を彷彿とさせる。

 Mayya、Asma、Khawlaはそれぞれ異なる個性を持った三姉妹だ。物静かなMayyaは裁縫が得意で、読書好きのAsmaは父親と詩について語り合い、美しいKhawlaはこっそり口紅を手に入れることや、鏡を見て時間を過ごすことに夢中になっている。

 性格や資質だけではない。結婚に対する考え方や姿勢が異なることにも注目したい。長女のMayyaはこっそり思っている人がいるものの、文句も言わずに両親が選んだ相手と結婚する。Asmaも申し込みがあった相手と結婚するが、相手は都会に住んでいるアーティストなので、Asma自身も大学へ通って勉強を続けることができるという自分の人生に対するメリットを見越した結婚である。一方Khawlaは、結婚の申し込みを拒否し、カナダへ移住した幼い頃の恋の相手を待ち続ける。ほんの数歳ずつしか離れていないにもかかわらず、恋愛や結婚に対する価値観が変わりつつあることを、姉妹を通して知ることができる。

 この小説は、1章ごとに登場人物が変わる群像劇だ。三姉妹それぞれの他に、Salima(三姉妹の母親)、Azzan and Qamar(三姉妹の父親と、ベドウィン族の愛人)、Zarifa(Mayyaの夫を母親がわりに育てた女性)、London(Mayyaの娘)など、およそ三世代にわたって物語が紡がれるのだが、一人だけ一人称で登場する人物がいる。

 意外なことに、それはMayyaの夫、Abdallahである。最初の章では他に好きな人がいるMayyaが、両親の言いつけに従いAbdallahと結婚する(させられる)姿が描かれており、「不運なMayya……」という視点で読んでしまうため、いきなりのAbdallahによる一人称の登場には少々びっくりさせられる。

 と同時に、彼自身も奴隷貿易で富を築いた父親の過度な期待に苦しみ、自由に生きることを夢見てきたのだと明かされる。家父長制によって虐げられているのは女性だけではないと明示するような場面がいくつもある。

 

 この小説がstereotypicalではないというのはそういう部分で、「アラブの女性の物語」といえば抑圧され、自分の意思に反してアバヤやブルカを着せられ、男の所有物として扱われ……と想像してしまいがちなものだが、周りの反対を押し切り我が子に「London」というキリスト教徒が多く住む街の名前をつけるMayya、「BMW買ってよ、医師であり名家の娘である私にふさわしい車が欲しいの」と父親にねだるLondon、奴隷主と恋愛関係になりその家の大黒柱のような存在にまでなるZarifaら女性が比較的のびのびと好きなように生きていることも印象的だ。

 オマーンが近代化されていくにつれ、人々の関係も変わっていく。奴隷主と奴隷、夫と妻と愛人、お金持ちと貧乏人。従来のパワーバランスはことごとく崩れ去る。と同時に、オマーンに満ち満ちていた呪術や魔法が消え去り、人間の近くに息づいていた「ジン」の存在も遠くなる(まるで妖怪が日本人の日常から遠ざかってしまったように)。Refreshingであるとともに、どこか物悲しい小説だった。

 

 リーディングチャレンジの記事にも書いたとおり、なんとか毎月1冊は読みたいぞと思って、今年はInstagramのRead the World系のreadalongに参加している。4月のテーマがArabiaだったのです。#aprilinarabia を見ていて、次に読みたいなと思った小説が2冊。最近はInstagramで、読みたい本を見つけることが増えてきた。

An Unnecessary Woman 

An Unnecessary Woman

An Unnecessary Woman

 

 こちらはレバノン系アメリカ人作家によって執筆された小説で、2014年の全米図書賞にもノミネートされていた。ベイルートに暮らす72歳の女性Aaliyaと、彼女がせっせと翻訳している文学作品(トルストイのアンナ・カレーニナ、イタロ・カルヴィーノなど)に関する物語。

 

Woman at Point Zero 

Woman at Point Zero

Woman at Point Zero

  • 作者:El Sadawi, Nawal
  • 発売日: 2015/11/15
  • メディア: ペーパーバック
 

 こちらはエジプト人作家による作品(アラビア語では1975年出版)。刑務所の殺人犯を主人公とし、家父長制の社会における女性の立ち位置に疑問を投げかける内容。