トーキョーブックガール

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『恥さらし』パウリーナ・フローレス(松本健二・訳): こういうラテンアメリカ文学が読みたかったんだよ、わたし

[Qué Vergüenza]

 2021年の読みたいリストに入れていた1冊。

恥さらし (エクス・リブリス)

恥さらし (エクス・リブリス)

 

 恥さらし。なんて強い言葉。「恥」を「さらす」。

 恥さらしと聞いて思い浮かぶのは……寒さの厳しい地域出身の母親が息子を平手打ちして「この恥さらし!」とののしっている場面。「世間様に顔向けできない」と、息子につかみかかり、脅し、なじり、すすり泣く。息子はうなだれ、なされるがままになっている。その後、宿に戻った息子は机に向かって筆をとり、こう書き記す。「恥の多い生涯を送って来ました」。 

 なんとなく、本当になんとな〜く、「恥」という言葉を耳にしただけで、太宰治が思い浮かぶようになってしまっている不思議……笑。

人間失格

人間失格

  • 作者:太宰 治
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: Kindle版
 

 パウリーナ・フローレスの短編集の表題作、「恥さらし」に出てくるのは、おそらくまた別の種類の「恥」だ。「時は一九九六年、娘たちは九つと六つ。父は十九歳、失業中」。母からは「負け犬」「臆病者」「エゴイスト」とののしられる父のことを、九つのシモーナは大好きで、誰よりも理解していると自負し、ハンサムで才能あふれる存在だと考えている。そんな父を善意からの行動で深く傷つけてしまい、シモーナは「体がぶるぶる震え」るくらいの怒りと悲しみを感じる。シモーナにはまだわからずとも、それはおそらく、大好きな父親が自身に対して感じている怒りと悲しみと同じだ。経済状況が悪化する中で仕事をくびになり、新たな勤め先は探せども見つからず、思わぬことから武器だと思っていた若さや美しさを失いつつあるという事実を突きつけられた父は、これからどうやって生きていくのか。

「タルカワーノ」で描かれるのは、同じように貧しい地域で育った少年の思い出で、同じように仕事を失った彼の父親のことだ。サンティアゴで働くようになった彼がタルカワーノに戻ることはおそらく決してないだろう。それでも記憶から剥がれ落ちることのない「水揚げした魚の悪臭」について、誰かに語るときがくるだろうか。

「アメリカン・スピリッツ」は、TGIFでウェイトレスとしてアルバイトしていた経験を持つ語り手は、アルバイト仲間だったドロシーと再会する話。「横柄な理想主義者の小娘」だった語り手は当時大学生で、家族を支えるためフルタイムで働くドロシーをどこか下に見ていた。ところが今では、2人の立場は逆転し、夢を叶えられなかった語り手とは裏腹に、ドロシーはチリ銀行でキャリアを築き、息子2人と暮らしている。そして、実はアルバイト時代にとんでもないことをしでかしていたのだと打ち明ける。最後に語り手が思い出す別の記憶からも、人間の多面性や底知れなさが窺い知れる。

「ライカ」や「最後の休暇」、「よかったね、わたし」も、忌まわしい記憶にまつわる物語だ。少女だったホセファの光り輝くような思い出は、大人になってから振り返ると消し去りたい以外の何物でもないかもしれない。「よかったね、わたし」の誰かとの関係性が変わってしまう決定的な瞬間の描き方、その巧みさはどこかアリス・マンローにも似ている(と思ったら、訳者あとがきにフローレスのお気に入りの作家としてマンローの名が挙げられていた。すごくわかる)。

 この短編集に登場するのは現代(1990代〜)を生きる人々ばかりだ。どちらかといえば光が当たらない場所で生活を営んでいるが、普通の人ばかりである。舞台となっているのは著者の出身国であるチリだけれど、タルカワーノを日本のとある地方都市に、サンティアゴを東京に書き換えてみても、そのまま違和感なく読めそうな物語ばかり。こういうのがもっと読みたかったんだよ、とわたしは読みながら思う。ラテンアメリカ文学のお家芸とされるマジックリアリズムとか1960年代頃一世を風靡した作家ばかりではなくて(もちろん好きだけれど)、世界はつながっていると思えるような、普遍的な喜びや苦しみや気持ちの揺れがもっと読みたいのだと感じる今日この頃だ。

 そうそう! 去年たまたまInstituto Cervantesのインスタを見ていたら(下)著者のパウリーナ・フローレスが紹介されていた。きれいなピンク色の髪を見て、「わ〜! ちびうさちゃんみたいな色!!」と思っていたので、作品に『セーラームーン』が登場してめちゃくちゃびっくり! 「よかったね、わたし」では女の子2人がセーラー戦士の推しについて語る場面があります。マーキュリーとか、プルートとか。セーラームーン世代としては、もうこの情報だけで、女の子たちの性格がわかっちゃうよね。

 
 
 
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 原書はこちら。 

Flores, P: Qué vergueenza

Flores, P: Qué vergueenza

  • 作者:Flores, Paulina
  • 発売日: 2018/03/02
  • メディア: ペーパーバック
 

 英語訳はこちら。 

Humiliation (English Edition)

Humiliation (English Edition)