トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

Sabrina / ニック・ドルナソ

(サブリナ)

ブッカー賞ロング・リスト入りして、「おっ!」と思ったのはこの作品。

グラフィックノベルがブッカー賞にノミネートされる日が来るなんて、誰が想像しただろうか。

Sabrina

Sabrina

 

作者のニック・ドルナソは29歳の若きグラフィック・ノベリスト。デビュー作がBeverlyで、Sabrinaは2作目。シカゴ近郊のティーンエイジャーや彼らのゴシップを通して社会を風刺したというBeverlyとは一味違って、Sabrinaでは失踪した若い女性サブリナや彼女の家族・恋人を通して、現代アメリカが抱える矛盾が描かれている。 

 なにより、ゼイディー・スミスがこれだけ絶賛しているなんて、読まずにはいられない(下記がレビュー)。

Nick Drnaso's Sabrina is the best book--in any medium--I have read about our current moment. It is a masterpiece, beautifully written and drawn, possessing all the political power of polemic and yet simultaneously all the delicacy of truly great art. It scared me. I loved it.

 物語は、父母が旅行することになり、サブリナがシカゴ近郊の実家でキャットシッターをしている場面から始まる(猫がふわっふわで可愛い)。そこへ姉のサンドラが訪ねてくる。

春になれば、五大湖の周りを自転車でまわりたいというサンドラの話を聞いたり、一緒にクロスワードパズルをしたり。なんでもないいつもの夜は更けていき、サンドラは自分の家に帰る。

次の日、猫に朝ごはんをあげたサブリナも実家を去り、日常へ戻っていく。

と、そこで舞台は一転。空港のベンチに放心状態で腰掛けている、長髪男性が映し出される。カルヴィンという友人が迎えに来て、そこがコロラドで、長髪男性はテディという名前であることがわかる。テディはサブリナの恋人で、彼女と同棲していた。しかし、実家でキャットシッターをした二日後にサブリナは突然失踪し、数ヶ月が経った今も依然として行方不明のまま。憔悴しきったテディは、古い友人であるカルヴィンの家に居候しにやってきたのだった。

カルヴィンはアメリカ空軍で情報セキュリティ関連の仕事をしており、妻と幼い娘が先日出て行ったばかり。妻いわく「長らく存在を無視されて、耐えられなかった」そうで、カルヴィン自身はやり直したいと考えている。ともかくそういうわけで、家にはランディという猫以外誰もいないので、テディには気がすむまでいてもらってもいいのだ。

打ちひしがれているテディは食事もろくに取らず、家から一歩も出ることは無い。それでもカルヴィンは彼に干渉せず、話を聞きだすこともなく、いつも通り接する。

ところが、そんな生活が一変するビデオがマスコミに流出し…。

 

特徴的なのは、このグラフィックノベルが小説でいうところの完全な三人称で描かれているという点だろう。

登場人物たちの心の声や考えていることが聞こえてくることは無い。最小限の会話が、シンプルに綴られるだけ。セリフがないページすらいくつも出てくる。表情だって単純な線で描かれているのに、彼らの抱えている苦痛や葛藤がしっかり伝わる。

非常に文学的だと思った。

 

ちなみに、テディが空港でカルヴィンの迎えを待つ最初の場面も、1ページまるまるセリフが全く無いのだが、シンプルな絵ながらも周りの人の様子から一目で空港とわかる&何か重大なことが起こり傷ついているテディの様子が感じ取れるドルナソの画力に驚かされる。

最初はミステリーか、サスペンスか、と思って読み進んだのだがドルナソはそちらへは舵を取らない。不幸な事件が起こり、メディアはフェイクニュースを伝え、群衆は陰謀説を唱えたり被害者の家族を中傷したりする。9.11も、繰り返し起こる銃乱射事件も、同じことだ。悲劇を受け入れられない人間の業なのかもしれない。

関係者はテレビやラジオ、インターネットに傷つけられ、精神の安定を失っていく。

サブリナの家族とテディは決裂するし、元どおりになるものは一つも無いけれど、新しい一日を生きていかなければならない。

 

ともすれば読むのが苦しい物語だが、ドルナソのなんともいえないぽやんとした絵がストーリーの毒を良い具合に中和している。

彼の絵で素晴らしいと思うことは、漫画でよくあるような女性の描き方をしていないこと。男性も女性もほとんど同じ顔、同じ体型。女性が性的対象としてみなされることを避けているというか、登場人物すべてを「人間」として描いていることが心に残った。

(数ページは、Kindleのお試し読みはもちろん、下記の公式サイトでも確認可能。)

nickdrnaso.tumblr.com

 

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