トーキョーブックガール

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『夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』 カズオ・イシグロ

[Nocturnes]

これも、『わたしたちが孤児だったころ』とともに読み返した一冊。

イシグロ唯一の短編集で、注目すべきは「短編集を書くと決意して書かれた」作品ということ。フィッツジェラルドのように金を稼ぐため書き散らしたわけでもなければ(既にブッカー賞を受賞していたので当然だが)、村上のように長編を生み出すきっかけとして書いたものでもない。 

夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

 

そう、音楽が好きだとか、最新作では「川」が重要なメタファーとなっている*1だとか、カズオ・イシグロと村上春樹の共通点はたくさんある。お二方も仲が良いらしく、会って話した時のエピソードがちょくちょくインタビューで言及されている。だが、唯一違う点としてはイシグロが基本的に長編作家であり、村上が「長編へつながるエピソードのブレインストーミングとして短編を書く作家」であることだろうか。

もともとはソングライター志望だったというイシグロは20代の時に自身の限界を感じ、小説家に転じたとか。

Whereas then I found I could if I wrote fiction. So I feel I made a natural evolution from writing songs to novels - and that style I've still got, which is very evident in the Nocturnes, is very pared down, like a songwriter.*2

でもフィクションは書けるのだと気付きました。だから作詞から小説の執筆へと、自分では自然な進化を遂げたと感じています。それに作詞のスタイルはそのままに小説を書いていることが『夜想曲』では非常によく分かると思います。ソングライターが書くような、とてもシンプルな作品です。

この音楽をモチーフとした短編集に共通するテーマは「音楽」、そして「男と女の不協和音」だ。

老歌手(Crooner)」では、ベネチアでジプシーのように様々なグループで演奏するギタリストがカムバックを図る往年の名歌手に出会い、彼の妻リンディ・ガードナーのために演奏することになるという話。野望を持った女を待ち受ける運命は苦いが、その後のリンディがタフでたくましく生きていく様は、新たな人生の始まりを描く「夜想曲(Nocturne)」で確認することができる。

降っても晴れても(Come Rain or Come Shine)」は学生の頃に好きだった曲にまつわる、とてもイシグロらしい「信頼できない語り手」の物語。「モールバンヒルズ(Malvern Hills)」は姉夫婦が経営するカフェで一夏働くギタリスト志望の青年が出会ったドイツ人夫婦の外からは分からない絶望。 

そして特に心に残ったのが最後の「チェリスト(Cellist)」。ハンガリー出身の若者ティボールは有名チェリストに師事したこともあり前途洋々。そんな彼の前に、チェロの大家だというアメリカ人女性エロイーズが現れる。ティボールの演奏をコテンパンにけなす彼女を最初こそ嫌悪したものの、次第にその指導に信頼を寄せ、陶酔するようになる。しかし彼女は決して自分からチェロを弾くことはない。

もしかして?でも、音楽を知らないのにこんなに的確な指示をできるはずがない。しかし…と揺れ動くティボールの描写がすさまじかった。

 

『わたしを離さないで』同様、『夜想曲集』も日本で舞台化されていたそうな(主演は東出昌大)。見てみたかったです。

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*1:

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

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騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

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騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

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*2:Decca Aitkenhead meets author Kazuo Ishiguro | Books | The Guardian